帰って来たバケツと送り盆栽
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今日は雨。
昨夜から降り始めた雨がしとしと……いや、ザーザーといまも降り続き窓を打っている。
こういう日は家で大人しくしているに限る。
アベルは今日は用事があると王都へと出かけ、ラトはいつもの森パトロール、カメ君も朝食の後にどこかへ出かけていった。
花の妖精のフローラちゃんは雨の日でも元気に外にいるのが見える。でも風が強くなってきたらテラスに避難しておくんだよ?
三姉妹達は先ほどまでリビングで本を読んでいたのだが、いつのまにかソファーの上で寝てしまっている。その横で毛玉ちゃんも一緒にスヤスヤしている。
雨が降っているせいで今日は肌寒いから、風邪をひかないように毛布をかけておこう。
昨日リリーさんのお店で打ち合わせをして、その時にやりたいことや試したいことをいろいろと思いついたのだが、今日は雨が降っているし最近ずっと忙しかったのもあってやる気のスイッチが入らない。
家のことが終わった後は、ちょこちょこと保存食を作ったり装備品を弄ったりしていたが、悪天候で薄暗いせいか気分が乗らずすぐに飽きてきてしまい、なんとなくキノコ君の箱庭を弄るなどしてだらだら過ごしていた。
最近ずっとバタバタ続きだったから、たまにはこういうだらだらとした過ごし方をするのもいいものだ。
キノコ君の箱庭は三姉妹とラトが弄り倒したせいでなんだかすごいことになっているし、食材ダンジョンから帰って来たらキノコ君夫妻に子供ができていた。
ちくしょう、俺には彼女すらいないっていうのに、キノコの癖に生意気な。
ギリギリと歯ぎしりをしたい気分になりながら、出産祝いに食材ダンジョンで手に入れた大豆や胡麻の種を渡した。
出産祝いといいながら自分の欲望に満ちた贈り物である。
箱のほぼ中央にはラトが植えたよくわからない神々しい樹がドーンと生えており、それが食材ダンジョンに行く前よりも成長して、箱庭に対するサイズ感がおかしなことになっている。
メチャクチャ聖なるオーラを出しているし、これ絶対ただの樹じゃないよな!?
……いいや、俺は何も悪くないし。
しかも箱庭の端っこに砂地と揺れる水場――いや、これは海岸と海の一部のように見えるのだが?
カメ君、もしかして俺の見ていないところで何かやった?
……まぁいい、これも俺が悪いわけじゃない。
箱庭の中は緑があふれ、キノコ君の畑も作物がたくさん実っている。
そうこれはおままごと。おままごとなのだ。
そうだ、海があるなら小さな船を作ってあげるか。
箱庭サイズの船ならすぐ作れそうだな。いや、チマチマした作業になりそうだから案外時間がかかるかな。
素材はエンシェントトレントでいいか、なんだか模型を作っているみたいで楽しいな。いつか手の込んだ帆船とか作ってみたいな。
おっと、船を作ったのなら小さくても桟橋も作った方がいいかなー、適当の木の破片でちょいちょいっと。
よっし、船を浮かべて、ロープで桟橋に繋いで完成!!
あまり大きな船じゃないから遠くまで行くなよ、って海は箱庭の端っこにちょこっとあるだけだから遠くまで漕ぎ出す心配はないか。
あまり遠くに行くのは危ないが、近場で海産物を手に入れてお裾分けをしてくれるのは大歓迎だぞ!!
そして船と桟橋のお礼なのか、キノコ君がいつものマジックボックスをこちらに渡してきて。
その中身は緑の植物の束、その束には緑の豆の鞘が。
それはまだ緑の大豆――枝豆だーーーーー!!!
いいぞ! でかしたぞ、キノコ君!!
枝豆のお礼にエールをあげよう、仕事が終わった後にグイッとするといいぞ!!
おう、ちょうど小さめの樽エールがあるな! これをあげよう、樽は好きに活用するといい!!
さぁって、俺も枝豆を湯がいてクイッとするかなぁ!!
気怠い雨の日だがやる気が出てきたぜ!!
もう昼飯時は過ぎているのだが、天気が悪く日差しが少ないためか三姉妹はソファーで爆睡をしている。毛布の中がほどよく暖かいのか毛玉ちゃんもスヤスヤモード。
大豆の木ごと渡されたので量が多そうに見えるが、その中の豆の部分はあまり多くないので三姉妹と毛玉ちゃんが寝ているうちにこっそりだな。
……寝ている子達を起こすのは可哀想なので、こっそり台所でクイッと。
ズルい?
いや、これはここ最近忙しく働いている俺へのご褒美でもあるのだ。
ありがとう、キノコ君!!
ソファーでスヤスヤしている三姉妹と毛玉ちゃんを起こさずにそぉっと台所へと移動。
音を立てないように、念には念を入れて隠密スキルで気配を消してそぉっと。
そぉっと台所へと滑り込み、あまり音を立てないように注意を払いながら枝豆を茹でる準備を始める。
枝豆の木から豆を外して、豆の鞘の両端をパチンパチンとハサミで切り落とす。
少し手間はかかるが、豆が木に生ったまま渡してくれたキノコ君はわかるキノコだな!
枝豆はとれたて新鮮が一番!
そして枝豆を茹でる上で重要なのは水と塩の比率と茹で時間!
ええと、どのくらいだったかな、教えて転生開花先生。
ダイズサヤムシガーーー!!
違う、そうじゃねえええ!! これから枝豆を食べようって時にその情報はいらねええええ!!
えっと、水一リットルに対して塩が大さじ二杯ね。そうそう、最初からそれを思い出させてくれよ。
茹で時間は四、五分な。ありがとう、転生開花先生。
あ、枝豆といえばズンダアアアアー!!
ずんだ餅も食べたくなってきた……って余計な情報を思い出させるんじゃねえ!!
今日はど定番の塩茹ででエールをクイッとするの!!
キノコ君がまた枝豆をくれたらずんだ餅を作ってみんなで食べような。
その前に今日は枝豆の安全を確かめるために、俺が身を挺して試食をするのだ。そうそう、大豆はアレルギーってやつもあるからな。
「プチッ! フォッ! エンダアアアアアマメェーーーー!!!」
茹で上がってまだ温かさのある枝豆を一つ摘まんで口の前でプチッとして味見。
はーーーーーーー、枝豆!! ほどよい塩味が最・高!!
あーーーーーーー、もう昼間っからエール飲んじゃうっ!!
枝豆を茹で始める前に冷蔵用の箱の中に入れておいたグラスを取り出す。
少しだけひんやりしたグラスは、常温のエールを温すぎず冷たすぎずの口当たりにしてくれる。
収納からゴロンとエールの樽を出して作業台の上に置き、そこからグラスにエールを注ごうとした時、ものすごくわかりやすく騒がしい気配が玄関まで迫っていることに気付いた。
うおおおおおお、枝豆に夢中で全く気付かなかった!! くっそおおお、このタイミングはやめろよおおおおおお!!!
気付かなかったのはザーザーと降る雨のせいだ! そうだ、だいたい雨が悪い!!
エールを注ぐ直前だったグラスを冷蔵箱に戻し、エールの樽は収納の中へ。おっと、枝豆も隠しておかないと。
鍋や豆を外した枝豆の木も片付けないと見つかった時にいろいろ勘付かれてしまいそうだが、やべぇ時間が足りない!!
そうしている間にも騒がしい気配は玄関の前に。
くそ、なんでそこにいるだけで何もしていないのに、気配はこんなに騒がしいんだよ!!
騒がしい気配が玄関の前に到着すると共に、室内まで聞こえる雨音の中、ガチャリと玄関が開く音がやたらハッキリと聞こえた。
「たっだいまああああああああああ!!!」
うるせえええええええ!! 三姉妹と毛玉ちゃんが起きちまうだろおおおおお!!
やたらうるさい陽気な声と共に、ガシャガシャという鎧の音。
おいこら、この雨で絶対びしょ濡れだろ! 玄関を水浸しにするんじゃねーぞ! ていうか濡れたまま中に入ってくるんじゃねーぞ!!
「おかえりなさいませー」
「あ、バケツだわ! なんだラトも一緒なの?」
「すごい雨ですけど、ラトが一緒だったから濡れなかったのですねぇ」
「ホッホッ」
玄関へ向かう三姉妹の足音と毛玉ちゃんの鳴き声、そして聞こえてくる会話。
あまり寝起きといった感じではないので、すでに起きていたのだろうか?
「はっは、すごい雨だなぁー。天気が悪いから近くまで送ってもらって、そこでちょうど主様に会って一緒に戻ってきたからほとんど濡れてないな」
「うむ、森が急に騒がしくなったから様子を見に行ったからな」
なんだラトも一緒だったのか、相変わらずラトの気配はさっぱりわからない。
「カリュオンもラトもお帰り。三姉妹と毛玉ちゃんは起きてたのか」
やべぇ、枝豆に夢中で昼飯を作ってねぇ。
できるだけ笑顔で何をしていたか悟られないよう、台所から顔を出して雨の中帰って来たカリュオンとラトを出迎える。
「お、グラン、ちょっと何か美味そうなものはないか? そこまで送ってもらった礼をしておきたいんだ、ちょっとした肉っぽいものか、おやつがいいかな?」
「んあ? カレーパンとかカレーパイでいいか」
ちょうど連日の試食会の残りが収納の中に入っている。
送ってもらったって何にだ? というか玄関まで付いてきているの? 何者!?!?
まぁ森の中だからいろいろな精霊や妖精がいるだろう。それらに送ってもらったのなら、お礼をしておいた方が後にまた力を貸してくれる。
礼には礼で好意には好意で悪意には悪意で返してくる彼らだ。直接世話になったのがカリュオンでも、俺がその礼に力を貸せば俺にも好意で返してくれる。
森の中にたくさん棲んでいる妖精や精霊達。森のほとりに住んでいる俺にとってよき隣人であってほしい。
「お、ありがた! グランの好きそうな土産をたくさん持ってきたから、それでチャラにしてくれ。ほら、グランのお手製の――何かわからないけどすごい料理だ! 送ってくれてありがとうございました!」
俺からカレーパンを受け取ったカリュオンが玄関の外に向かってそれを差し出しながら、送ってもらったお礼を言っている。
「どうも、カリュオンがお世話になりました」
あまり広くない玄関にカリュオンとラトがいるので外の様子はよく見えないのだが、ラトはすごく複雑な表情をしているように見える。
この様子だとラトの苦手な系の妖精だか精霊と一緒に戻ってきたのか?
カリュオンの視線の先を目で追うと、玄関の外の地面付近でサワサワと動く半円形の緑の塊――小さな植木のようなものがもごもごと動いていた。
植木というか盆栽? 前世にあった盆栽……いや、苔玉というやつの方が近いかも。
そんななんとなく可愛らしさのある植物のような生き物――それがカリュオンを送ってくれたのかな。
まぁ、妖精や精霊なんて体の大きさで強さが計れる存在ではない。
俺の声が聞こえたのか、カレーパンとカレーパイを受け取った苔玉妖精ちゃんはモコモコと返事をするように動いた後、ズサササササササーッとすごい勢いで森の方へと走っていき、そのままその勢いでピョーーーンと空へと舞い上がって森の上空へと消えていった。
空飛ぶ苔玉――可愛いけれどシュールな生き物だな!?
「おっと、すぐに昼飯の支度をするからちょっと待っててくれ」
苔玉が森へ帰り、玄関からリビングへ向かうカリュオンとラトを迎えながら声をかける。
全く準備をしていないから簡単なものをパパッと作ろう。
枝豆は夜……いや、誰もいない日にこっそりだな。
「あら? 先ほどキノコに貰った豆がたくさん付いた植物を持ってキッチンへ行ったのは、お食事の支度ではなかったのですか?」
寝ていたと思ったらウルは起きていたのか。
「変な叫び声がして目が覚めたのよね。グラン、何か隠してない?」
ヴェルが鋭い。
ああ、枝豆が美味すぎてうっかり叫んだせいで三姉妹が起きてしまったのか。
くそ、しくじったな。
「キノコさんに貰った豆を私達に隠れてこっそり食べるつもりですねぇ」
ははははははは、クルのその予想は気のせいじゃないかな?
「あっるぇ~、グランの目が泳いでるぞぉ~」
「うむ、これは怪しいな。少し素直になるキノコの胞子でもばら撒くか?」
「ホォー……」
おい、カリュオン空気読め。
ラト、家の中で妙なキノコを出すんじゃない!!
助けて毛玉ちゃん!! ラトからその怪しいキノコをとりあげぇ……ああー、胞子いいい!!
やめろ、おい! 枝豆は俺のだ!! アッ! エダアーーーーーーッ!!
結局昼飯の後、みんなで仲良く枝豆を分けることになり、食べ終わった頃にアベルとカメ君が戻って来て更にもうひと揉めすることになったとかなんとか。
お読みいただき、ありがとうございました。




