ナンだったかなー!?
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本来なら一人で作業をすることを想定した空間。一人で作業をするにはゆとりがある造りで、整理もされている厨房だがそこに大人が三人入ればさすがに狭く感じる。
しかもうち二人はでかい男である。
そんな厨房に立って収納から炊きたての米が入った鍋と、できたてのカレーの入った鍋を取り出すとスパイシーで食欲を刺激する香りが広がる。
「ふあ!? これは!? これはこれはこれは……っ!? しっしっしっしぃ……しゅごいシュパイシーな香りでしゅね!? そちらの鍋はコッメエエエエ!?」
すっかり見慣れてしまった、金髪美女が動揺して豪快に噛んでしまうシーン。
その金髪美女とは商売人侯爵令嬢のリリーさん。
さすがにこのスパイス臭たっぷりのカレーは、お金持ちご令嬢のリリーさんも驚いたか。
昨日、カレーを使った料理を色々と試作してアベルを始めラト、三姉妹、カメ君、更に毛玉ちゃんとタルバまでやって来て、大賑わいの試食会になった。
カレーライスの他にカレーコロッケ、カレーパン、ドライカレーにスープカレー、カレードリア、カレーパイなどなど、色々なものにアレンジしてみた。うどんは時間が足らなかったし、服が汚れる人が続出しそうなので諦めた。
試食会というかカレーパーティー状態になってしまったため、前日の残りのカレーがほとんどなくなってしまい追加でカレーを作ることに。
しかもアベルの希望によりスパイス種類が多めのものと、最低限だけのものを甘口と中辛と鍋四つほど。
追加で作ったのはこの辺りでも手に入りやすいブラックバッファローの肉。グレートボアやコカトリスの肉のカレーも作りたいところだったが鍋も時間も足りなかった。
く……、結局昨日もなんだか忙しい一日だった。
そして一晩明けた今日、ピエモンの西に位置する町アルジネにある、リリーさんのお店リーパ・フルーミニスにアベル商会の立ち上げ会議のためにアベルと共にやって来た。
この打ち合わせのためリリーさんにはお店を休んでもらったので申し訳ない気持ちでいっぱいである。
手土産にお手製のシーサーペントやクラーケンの干物を持って来たから許して!
「ね、すごいでしょ? めちゃくちゃスパイスの香りがする贅沢料理。実際スパイスも結構たくさん使ってるんだよね?」
「ああ、そうだな。こっちの鍋二つはスパイスの種類は少なめ、あっちの二つは色々混ぜてあるよ。二つずつあるのは辛さが変えてあるんだ」
アベルがリリーさんに自慢するようにドヤ顔をしながら甘口のカレーを頬張り、俺の方を振り向いたので、それに答えて持ってきたカレーの簡単な説明をする。
「こ……これは、どう見てもカレーでは……」
ありゃ? リリーさんはカレーを知っている? さすがというかやはりカレーはすでにあったのか。
まぁ、世界のあちこちに俺やジュストと同郷の者の痕跡はあるし、カレーの材料も揃っているから作り方さえ知っていれば作れるよな。
むしろカレーのスパイスの配合は無限にある。味や形式は違えど似たような料理が世界のどこかにあってもおかしくない。
「あれ? リリーさんもカレーを知ってるんだ。グランがどっかの国の本で読んだレシピって言ってたけど、リリーさんならもしかしてどこの料理が知ってたりする?」
「え? ええ、ええっ!? ええ、そそそそそうですね、シランドルの中南部から南部の温暖な地域――スパイス系の植物が多い地域で、このようなスパイスをふんだんに使った料理がございますねねねねね。スパイスの配合はグランさんの作られたのとは違いますが、料理の感じとしてはかなり近いですかね。そちらはコメではなくて、リュという長いコメだったり、リュを原料にした麺類だったり、後はナ……ナナナナンって名前かは忘れましたが……スパイスの強い料理に合うパンの類を添えることもありますね。ペーストももう少し緩くて、スープ状の場合もありますねぇ」
相変わらずすごい噛みっぷりだが、リリーさんのいうカレーと俺の中にあるカレーのイメージはかなり近い。俺が作って来たのは前世で馴染みのある日本風のカレーだが、カレーに分類される料理の幅は非常に広かった記憶があり、その中にはリリーさんが上げたようなものも含まれていたのを覚えている。
ああ、ナンって名前だったなー? 前世でもあったよなー、ナンだったっけかなー?
シランドルの中南部から南部といえばスパイスの産地だな。長い米のような穀物リュを見つけたのものシランドルの南部である。
そうかリュだ。シランドルで見つけた長い米リュ。シランドルならチリパーハよりは距離が近いからリュにすれば運送コストは抑えられそうだ。
その辺りの料理を参考にすればいい案も浮かびそうだな。一度あの辺に食い歩き……食の現地調査に行ってみるのもいいな。
そういえばレイヴン達と会ったのもその辺りだな。レイヴン達が住んでいる森から近い場所には、リリーさんが関わっているコーヒー村があるし、なるほど俺よりずっとあの辺りの食文化に詳しそうだな。
カレーのレシピについてアベルに聞かれた時に、いつものように適当にどこかの本で読んだと答えたが、リリーさんのおかげでいい感じに裏付けができたのはラッキーだった。
「とりあえず今日は使っているスパイスの種類が最低限のものと、少し種類を増やしたものをそれぞれ辛めと甘めで用意してきたよ。それと、それを使ったアレンジ料理も色々作って来たんだ。たくさんスパイスを使うことになるから値段が気になるけど、どうにかカレーを売り出せないかなって」
「そうなんだよね、スパイスを使う量が多いとどうしても値段のことがあるから、素直に高級品として貴族向けに売り出すのがいいかなって俺は思うな。まぁ、冷める前にとりあえず試食しようか」
アベルは昨日すでに試食済みだよな!?
「は、はいっ! ぜひ、ぜひぜひぜひぜひ、試食させていただきます!! はぁ、これが噂の……っ!」
「え? 噂って何?」
噂って何だ噂って!?
「あ、いえ、いえいえいえいえ、ほらこういう商売をしてますと時々冒険者さん達の噂が耳に入るんですよ。以前王都ギルドに赤い髪をした料理人冒険者がいたと……これってグランさんのことですよね、ホホホホホ……」
「ああ、それは間違いなくグランのことだね。ロビーで料理を広げてお腹の減るにおいを撒き散らしてたからね。ホント迷惑だし、それで寄って来た冒険者をどんどん飯で釣り上げるというか底引き網漁状態だし、まったく困ったグランだよ!」
ええー、ロビーで精算待ちの時間退屈だし、依頼から帰って来た後は腹も減っているし? においを撒き散らしたのは申し訳ないと思ったからちゃんとお裾分けしたし?
「そ、そんなことより、今はカレーの試食だ試食!」
俺の過去の話なんてどうでもいい。自分のお店を持っているうえに、シランドル方面の食文化や産業についても詳しいリリーさんに、俺のカレー計画をジャッジしてもらうことの方が重要だ。
「そうですわね、でしたらわたくしは飲み物をご用意いたしますので、グランさんは料理の準備を。アベルさんは……えーと」
「アベルはお皿係だな」
「俺は試食係だけで十分なのに仕方ないね」
食べるだけじゃなくて皿くらい並べろ!
といっても試食品は昨日全部作って、できたてを収納にぶっ込んできたから皿に盛るだけなんだけどね。
たくさんの種類を食べてもらうため、試食用のメニューは全て小さめに作ってある。
アベルが出した皿に俺が料理を載せている間、リリーさんが飲み物を用意してくれている。
あれはヨーグルトかな? それとミルクにハチミツにレモン?
それからあれはミキサーか? 以前、俺がタルバに協力してもらって作ったものと外見は似ているが少し違う。
あれは風の魔石? 見た感じ刃も付いていないから、風系の付与で中のものを切り刻みながら混ぜるのかな?
それの中に先ほどの材料を入れて、塩を少し入れるのか……ああ、これはカレーに合う飲み物だーーー!!
出来上がったものをカップに注いで、最後にシナモンパウダーがパラリと振られてシナモン風味のラッシーだあああああああ!!
さっすがリリーさんわかってるううううう!!
辛いカレーを食べる時はラッシーで口の中をリセットすると、何度でも辛さが楽しめるんだよなぁ。
甘党のアベルならカレー関係なしにラッシーは好きそうだな。
レストランでカレーを出すならラッシーも欲しくなるな。ラッシーだけではなくスパイスの入ったミルクティーと選べる感じでも……いや、カレー以外にもスパイスを使うのは難しいか?
いかんいかん、また一人で考え込むところだった。
せっかくアベルとリリーさんがいるのだから、自分だけで考えないで二人に相談してみよう。
よぉし、俺の方も準備が終わったしスーパー試食タイムだ!!
お読みいただき、ありがとうございました。




