概ね平和
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魔剣ナナシ――もとノー・ネームそして断罪の剣。
その性能はアベルが高性能鑑定で見抜いて教えてくれた。
俺の鑑定だとアライメント・ゼロという効果しかわからなかったけれど、さっすがチート鑑定だな。ありがたや、ありがたや。
アベル曰く、あの剣で生き物を斬ると、斬られた者が犯した罪への後悔や懺悔の念が斬った者に流れ込んでくるらしい。
なるほど、確かにリュウノナリソコナイを斬った時に、痛いほどの後悔や懺悔が聞こえてきた。
そしてそれはその念が大きければ大きいほど痛みを伴って斬った者に伝わってくる。心の痛みと体の痛みとして。
ああ、リュウノナリソコナイを斬った時は心も体もめちゃくちゃ痛かったからな。それほどあのリュウノナリソコナイが自身の犯した罪を後悔していたということか。
そして斬った者がその懺悔を受け止め許すことにより、斬られた者は罪と向き合いそしてそれを受け入れ無垢な魂としてやり直せるという。
要するにこの剣で斬ると相手の懺悔が聞こえてきてそれを受け入れると、斬られた者は死んだらスッキリ成仏できるってことだ。
死ななかったら、悔い改めて新しくやり直せるといったところだろうか。
なるほど、断罪の剣――罪を切り離す剣。
まぁ、斬られて気分はスッキリして心を改めても法的に罪が消えるわけではない。魂と法は別腹である。
「正確には善や悪にどちらかに偏りすぎた魂を中庸な状態に戻す剣だな。その過程で偏っていたことで生じた苦痛が吐き出され、剣の使用者に聞こえてくるのだ。それのほとんどが後悔や懺悔というだけだな。もちろん中庸な者を斬っても聞こえてくると思うぞ? 誰だって後悔や懺悔くらいあるだろう、その念で苦しめば苦しむほど誰かに打ち明けて許されたいとも思うだろう? そしてそれで斬られた者は身体的ダメージは追うが魂はスッキリして、斬った方は心も体も痛いという面倒くさい剣だ」
「恨み辛みに縛られて天国へ行けない方を斬ってあげると、気持ち良く天国に送ってあげられますねぇ。もちろんその方の恨み辛みを聞くことになりますがぁ」
「その剣で斬られたものは聖属性と沌属性が減少するから、沌属性で形を成しているアンデッドには大ダメージね。それから聖獣や神獣もよく斬れるわよ。まぁでも長生きしている生き物や、この世に未練のある生き物なんて後悔と懺悔だらけで反動がすごそうね。そうね聖遺物や呪われたものを粉砕するのなら、反動もなくて便利なんじゃないかしら?」
「後悔も懺悔もなく生きている者になら反動なくスパーッといけるのではないかしら? そういう者がいるかは知りませんが? いるとしたら純粋悪のような存在や絶対的な正義を持った存在ですかね」
ラトも三姉妹もこの剣のことを知っているようで、ナナシ君の詳細が次々と明かされる。
いつもゴロゴロしている番人だとか、キャッキャッウフフしている幼女だと思いがちだが、俺よりはるかにご長寿で物知りな存在なのだ。
それにしても聞けば聞くほど使いたくなくなる剣である。
うん、ダンジョンで聖属性沌属性のトラップを粉砕するのに使おう。後は反動の少なそうなアンデッドを斬るのには丁度いいかな?
カタカタ主張してもダメだぞ、でかいものは斬らない!! 痛いのはお断りだ!!
「あのうるさい声とそれに伴う痛みがなければ使ってもいいんだけどなぁ」
これさえなければかなり使いやすいのだが。
「未練や後悔、そのことへの懺悔を抱え込んだこれらの痛みを、受け止めてやるからこそ浄化されるのだ。誰かに愚痴るとスッキリするだろう? 負の感情を溜め込めば心が毒に犯されたようになるだろう? それと同じだ。吸い込んだ念を聞き届けることを拒めば、それは剣に溜まりいずれ剣が呪われた状態になるだろう。その剣を振るうなら苦痛までセットということだな」
言っている意味はわかるが、使い手が損をする剣だな?
もしかしなくても非常に面倒くさい剣に好かれて、買い取りをすることになったのでは? チクショウ!
俺には他人の苦痛を受け止めてまで、そいつの罪を許して成仏させようなんてお人好しな考えは無理だな。
勇者ならそれくらいできるものなのだろうか? するべきなのだろうか? 勇者って何だろうな?
もう何年も前から疑問に思い、日常の中で忘れてかけている疑問が頭の中を通り過ぎる。
コイツは何故俺を主人に選んだのだろうか? 昨日は成り行きで振るうことになった、俺が再び後悔と懺悔を抱えた誰かのためにこの剣を振るう日がくるのだろうか?
これまでのこの剣の持ち主はどういう気持ちでコイツを振るっていたのだろうか?
「グランが嫌ならそんな剣、無理に振るわなくていいよ。昨日みたいに必要なら振るえばいい、誰かの苦痛を無理に受け止める必要はないよ」
マイペースで自己中なアベルの言葉がありがたい。
「そうだなぁ、こういう性能だから必要な時だけだな」
アピールしても知らねーぞ、お前は肝心な時の一撃必殺用だ!
そう、いざという時の秘密兵器! 最終手段!!
そそ、真打ちは最後までとっておくものなのだよ。どうだ、かっこいいだろう? 納得した? よっし、納得したな!!
「てかさ、そんな性悪剣の話より今夜の夕飯の話をしようよ」
「ああ、もうそんな時間か」
帰ってきたのが午後のおやつタイムくらいの時間で、それからだらだらとリビングで話していたらそろそろ夕食の準備に取りかからないといけない時間だ。
「今日は何にしようかなぁ」
「カッ!」
毛玉ちゃんと遊んでいたカメ君がこちらを振り返り前足を上げてアピールする。
そうかカレーを作る約束だったな。
「カレーは時間がかかるから明日だな。よぉし、今日は基本に戻ってコカトリスのもも肉の唐揚げかな」
「カラアゲ! そうだね、カラアゲはいつでも食べたいよね! じゃあついでに揚げ芋も欲しいな」
そうだなぁ、フライドポテトは主食兼デザート兼おつまみだしなぁ。
「カメッ!」
カメ君のこのアピールはコロッケかな? カメ君はコロッケが好きだもんな。
まぁ、揚げ物の日にその種類が増えるのはたいして変わりないから問題ないな。
「私は海の魚のフライを希望する」
「わたくしはエビのフライがいいですわ」
「私はクラーケンってやつ!」
「私は貝のフライがいいですぅ」
ラトや三姉妹から更に追加の揚げ物リクエスト。
今日は揚げ物パーティーだな!
じゃあ、俺の食べたいものも混ぜてやろう。そうだなぁ……タマネギを輪切りにして揚げるか!
フライドオニオンリングもフライドポテト同様シンプルなおいしさで延々と食べてしまう悪魔の揚げ物だ。
「毛玉ちゃんも夕食を食べていくかい? 毛玉ちゃんは何かリクエストはあるかなぁ」
「ホッホッホッ!」
羽を大きく広げて足踏みをしながら、毛玉ちゃんがアピールをするその視線の先には、おやつの残りのパウンドケーキ。
毛玉ちゃんはパウンドケーキが好きだったな。
「じゃあパウンドケーキは食後のデザートかな? 果物をたくさん飾った豪華なパウンドケーキにしようか」
「ホッホッ!!」
そう言うと毛玉ちゃんのテンションが更に上がった。
「ふふふ、性悪剣は無機物だからグランの料理は食べられないね、ざまあみろだよ! いたっ!」
あー、アベルが煽るからナナシ君がまた留め具を飛ばしている。
アベルに留め具をぶつけて遊ぶのは構わないが、飯が食えないからといってやけくそのように俺の魔力を吸うのはやめろ!!
あんま魔力をチューチューしているとベルトを外してその辺に放置するぞ!!
そうそう、良い子にしていたらたまに魔力も吸わせてやるし、綺麗に磨いてやるぞぉ。
「よぉし、じゃあたくさん揚げるから、手伝ってくれたらデザートをおまけしちゃう。あ、アベルはナナシ君の面倒を見てて? カメ君と毛玉ちゃんは畑に夕方の水遣りをしてくれたら嬉しいな」
「カッカッ!」
「ホッ!」
「えー、この性悪剣の相手? 仕方ないなー、桃のコンポートを所望する」
「ではわたくし達は料理のお手伝いをしましょう」
「材料を切るのは任せて」
「揚げ物なら私はころもを付けますよぉ」
「む、私のやることがないな……」
「ラトはおやつで使った食器を片付けておいてくれ」
カメ君が毛玉ちゃんの背中の上にピョンと飛び乗ると、毛玉ちゃんがソファーから飛び立ち窓から畑の方へと飛んでいく。
カメ君と毛玉ちゃんはすっかり打ち解けて仲良しである。
その姿を見ながらソファーから立ち上がり、ナナシが張り付いているベルトを外してソファーの上にポイッと投げる。
油を使っている時にゴソゴソされるのは怖いからお前はリビングでお留守番だ。
夕飯の支度に向かう俺の後ろを三姉妹達がパタパタと足音をさせながら着いて来る。
その後ろからラトが食器を片付けているカチャカチャという音と、アベルがナナシを煽っている声が聞こえる。
王都に行って変な剣が憑いてきてしまったが、概ね平和なスローライフに戻ってきたと思う。
お読みいただき、ありがとうございました。
明日と明後日の更新はお休みさせて頂きます。土曜日再開予定になります。




