閑話:王都の休日――とある家出令嬢の場合・弐
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「それでそのお方というのが、キルシェさんとおっしゃる商人のお嬢さんだったのですけどね。見た目も行動も、侍女が貸してくれた冒険小説の主人公みたいな素敵なお方でしたの。女性の方でしたが、その中性的なところがまたミステリアスで良いというか、うふふふふふふ。まぁ、色々ありましたけどキルシェさんとはお友達になれて、今後文通をすることになりましたの。って、聞いておりますの? リオ? リオ! ヘリオス!!」
「あ、ごめん、本に夢中になってた」
「もう、またスライムですの? ほんとスライムが好きですわね。部屋でスライムを飼育するのはやめてほしいって、侍女がブツブツいってましたよ」
「警備の隙間を縫って抜け出して町へ行って、兄上と母上にメチャクチャ怒られたセレよりはマシだと思うけど」
「く……、それは……次はもっと上手くやるつもりですわ!」
「そうじゃないんだよなぁ。まぁ、僕はそろそろ部屋に戻るよ、セレも今日は早く寝た方がいいよ。そうそう、平民の子と仲良くするなら素性がバレないようにしないと、知られると友達でいられるかわからないよ。あの偏屈エク兄さんですら、平民の友達と仲良くするために素性を隠してるんだから」
「わかっておりますわ。はぁ……今ならエク兄様のお気持ちが少しわかりますわね……。地位と義務……わかっていても、友達という存在は特別なものなのですね」
「ふぅん? よく一緒にお茶をしている親しい令嬢達とは違う感じ?」
「彼女達も親しいお友達ではありますが……そうですね、彼女達は友人でありながら、わたくしを支えてくれる部下であり、友人は友人でも戦友みたいなものですわ。キルシェさんはそれとはまた違う感じですかね、利害関係も上下関係もないというか、柵なく話せそうな気がするんです。エク兄様が冒険者のお友達の家に入り浸っている理由がわかりますわ。あぁ、わたくしも転移魔法が使えればキルシェさんの家に入り浸ってもっともっとお話がしたいですわ」
「エク兄のは仕事も兼ねてると思うけど――いや、仕事を理由に入り浸ってるだけかも。まぁいいや、でも兄上達を説得するなら、ごり押しじゃなくて少し頭を使った方がいいと思うよ。それじゃ、おやすみ」
ついこの間までわたくしと見分けのつかないくらいそっくりだった双子の兄ヘリオスが、読んでいた本を抱えて談話室から自室へと戻っていく。
談話室はわたくしの部屋とヘリオスの部屋の間にあり、談話室からそれぞれの部屋に繋がる扉がある。双子のわたくし達は子供の頃からよくここで一緒に過ごしている。
ヘリオスが部屋に帰り、わたくしも自分の部屋へと帰る。
わたくしが部屋に戻ると談話室ではメイド達が片付けを始める音が聞こえた。専属の侍女だけがわたくしに付き添い部屋まできて、寝支度を手伝ってくれる。
朝ここを抜け出して、昼すぎにノワ兄様に見つかって連れ戻され、夕食までお母様とディオ兄様に延々とお説教をされてしまった。
ディオ兄様はそのお立場もあっても厳しいお方。本当はとても優しい方だけれど、人々の手本となるお立場故自分にも他人にも非常に厳しい。それは全てわたくし達のため、そしてわたくし達の義務のためである。
それでも今日はいつも以上にお説教をされてしまった。お母様も加わって更に倍。
こういう時助けてくれるノワ兄様は、わたくしをディオ兄様のところに連れて行った後はお仕事に戻られてしまいましたし……むしろ、その道中でノワ兄様にも怒られてしまいましたわ。
冒険者のエク兄様ならわたくしの話を聞いてくれたかもしれませんが、エク兄様は戻っていらしていたみたいですけれど、今日はオークションに行かれてしまったようでお会いできませんでしたわ。
でもノワ兄様がディオ兄様にお口添えをして下さったのか、お説教の後は暫くの謹慎ということで済みましたし、わたくしが冒険者になりたいという件もエク兄様を交えて後日じっくり話すことになりました。
その代わりそれまでの間、今日の騒ぎの罰として謹慎とたくさんの課題を言い渡されましたわ。この課題を終わらせることができたら、冒険者登録について考えてくれるらしいですわ。
……うぐ、薬草学に環境学、生物学もありますわね……このあたりはヘリオスが好きな学問ですわ。ほほほほ、わたくしは経済学とか語学とか地理の方が得意ですの。
く、わたくしの苦手な分野ばかりですわね、でも確かに冒険者には必要そうな知識ですから頑張って勉強をいたしますわ。
あとはディオ兄様とお母様をどうやって説得をするか考えないと。
今日一人でこっそりと町へ出て、色々あった。今まで見ることもなった庶民の生活を間近で見ることができ、少しだけ怖い思いもした。
きっと今日、ここを抜け出していなければ一生会うことがなかっただろう。お兄様やお母様にはものすごく怒られたけれど、それでも外に出たことは後悔していない。
町で出会ったわたくしのヒーロー――キルシェさん。
素敵な殿方かと思いましたが女性の方でしたわ。いえ、女性の方だったので一日でこれほどまでに仲良くなれ、そしてお兄様達にも深く追求されずに済みましたわ。
思えば一緒に町の中を歩き回っただけですが、決められた場所にしか行くことのないわたくしにとっては知らない世界。与えられた資料でしか見たことのない世界。
わたくしにとってはまさに冒険でしたの。
ちょっと変な男達に絡まれたりもしましたが、それもまたキルシェさんと一緒なら楽しかったですわ。楽しすぎて思わず張り切ってしまいましたが。
変な男に絡まれて逃げる時キルシェさんがわたくしの手を引いて走り、それがまるで物語の一場面のように思えて胸が高鳴りましたの。
ああ、昼間のことを思い出すとまた胸が高鳴り始めましたわ。
まさにこれは運命の出会い、キルシェさんこそわたくしの運命の友人!!
エク兄様もよくおっしゃっていますわ。
とある冒険者のご友人に出会われて、自分自身が大きく変わったと。そういう友人にもし出会えたなら大切にしろ、絶対逃がすなと。
まだ漠然としかわかりませんが、キルシェさんと出会いわたくしの中で何かが変わった気がします。そしてこれからキルシェさんとの縁が更にわたくしを変えてくれるような気がしますの。
ふふふ……キルシェさんとは末永く仲良くいたしたいものですわ。
ずっと義務と責任に押し潰されそうになりながら、誰かが示した道へ進むことしかできず、それは自分の将来の相手までも。
それを受け入れなければならないことを納得をしているものの、ただそれに対する漠然とした不満と不安を抱えて、この不安と不満から解放されたいと願い祈るだけだったわたくし。
何が変わったのかまではわかりませんが、義務と責任、柵からは決して抜け出せないのはわかっていても、それでもその中で自分を押し殺さずに生きていく方法を探してみようと思いましたの。
そうしようと思う目標ができたといいましょうか。
謹慎は大変ですし苦手な分野の勉強も面倒くさいですけれど、いつかキルシェさんと一緒に冒険者活動をするために――一度でもいいので、もう一度だけでもいいので、外の世界を自分の力で歩き回る日が来るように、わたくしにできることを一つずつ。
ディオ兄様とお母様も必ず説得してみせますわよ!
寝支度を終え、侍女が部屋から出ていき部屋にはわたくし一人。
未来への決意を固めながらベッドへと向かい、ベッドの上に腰を下ろしベッド横のチェストの引き出しを開けた。そこには、昼間に助けた女の人に貰ったキルシェちゃんとお揃いの小さな匂い袋がしまってある。
それを摘まみ上げ、スゥッとにおいを嗅ぐと少し甘さのある爽やかな香りがした。
また、キルシェさんに会えますように。
いいえ、願うだけ祈るだけのわたくしはやめるのです。
わたくしはわたくしの力でキルシェさんに会いに行くのです。
匂い袋をチェストの中に戻してベッドへと入る。
初めてのことばかりだった一日が、わたくしが変わるきっかけになった一日が終わろうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございました。




