閑話:王都の休日――とある家出令嬢の場合・壱
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ねぇ、鏡さん? この世で一番美しいのだぁれ?
そんなことを尋ねてもこの間読んだ物語のように鏡は答えてくれない。
でもわたくしはそれが誰か知っている。
この世で一番美しく、そして格好いいのはわたくしのエク兄様ですわ。
一番上の兄様は顔はいいけれど性格が悪くてダメ、二番目のお兄様は顔も性格もそこまで悪くないけれど暑苦しくて面倒くさくてダメ。
三番目のエク兄様は顔もいいし、少し意地悪な時はあるけれど基本的に優しいし、二番目のお兄様みたいに暑苦しくないし、いつも外の世界の話をしてくれて、遠くのお土産を買ってきてくれる。
生まれ育ったこの場所からほとんど出たことのないわたくしにとってエク兄様は、外の世界のことを教えてくれる魔法使い。
実際、エク兄様はたくさんの魔法を使いこなすすごい魔法使いだ。そしてその能力を生かして冒険者として世界中を飛び回っている、すごいお兄様なのです。
四番目の兄? ああ、わたくしの双子の片割れですわ。まぁ、わたくしよりほんの少しだけ先に生まれただけなので兄だなんて思えませんわね。
図書館に籠もって本ばかり読んでいるくせに、エク兄様と妙に仲が良いのも少し気に入りませんわね。
そんなエク兄様は、一番上と二番目の兄様の母と折り合いが悪く、わたくし達がまだ子供の頃に家を出てそのまま冒険者に。そして何年も戻られることはなかったのですが、戻って来られた時にはユーラティア有数の魔導士になられておりました。
そして今でも一番上の兄様に仕事を押しつけられながら、冒険者として世界中のあちこちを飛び回っている。
そんなエク兄様はわたくしの憧れで、わたくしもいつかエク兄様のような魔法使いになって、自分の力で生き方を変えて、自分の力で色々な場所へ行ってみたいと思っていましたの。
そうですわね、エク兄様のように冒険者にもなってみたいですわね。
と思ったのですが、わたくしは魔法の才能があまりないようでエク兄様みたいに指一つで色々な魔法を使うなんていうことはできませんでしたの。
エク兄様曰く、わたくしは遠い場所まで効果のある魔法ではなく、自分やその周辺に作用する魔法の方が向いていそうだとおっしゃっていました。
つまり二番目のお兄様が得意な、自分を強化したり、自分の武器を強くしたり、魔力を武器の形に具現化したりというような魔力の使い方が向いているのではないかということ。
そこでわたくし、不本意ながら剣を嗜むことにしましたの。
二番目のお兄様――ノワ兄様は少し暑苦しいですが、剣の扱いは騎士団でも上から数えた方が早いくらいといわれている方なので、ノワ兄様にご指導していただくことにしました。
そうしたら、思ったより楽しくて……ええ、なんとなく身体強化や武器に一時的に属性を与えることもできるようになりましたわ! まだノワ兄様みたいに魔力で剣や弓を作ることはできませんが、そのうちできるようになる気がしますわ!
そんなことができるようになれば、ここから外に出て自分の力で遠くに行ってみたい。
いえ、今の状態でも外を散歩するくらいなら一人でも大丈夫なのでは?
そう思うと、外の世界への憧れは更に膨らんでいった。
わたくし今まで住んでいる場所の外にはほとんど出たことはあまりございませんが、来年――十五の年から貴族学園へ入学することが決まっておりまして、そうなると少し自由な時間ができるかもしれませんの。
貴族学園は授業に参加せずとも、試験さえ合格すれば単位を貰えて卒業することができ、高位の貴族達は幼少期から専属で教師を付け学園卒業レベルの学力をすでに持っているのが当然なのです。
わたくしもその例に漏れず、学園での授業内容はほぼ習得済みで学園には同世代の方々との交流のために通うようなもの。
でしたらその時間で冒険者をやってみたいなと思い、一番上の兄様とお母様に相談したら猛反対をされ、ノワ兄様とエク兄様からも微妙なお返事しか頂けず冒険者になることは却下されてしまいました。
それでもやはり冒険者というものに興味があったわたくしは、その日双子の兄の服を拝借、エク兄様に貰った髪の毛の色が変わるリボンを付け、エク兄様に貰った剣を持って冒険者ギルドへと行ってみることにしましたの。
ふふふ、先日新入りの騎士が警備の配置表をわたくしの部屋に落としていきましたの。
双子の片割れのリオとはよく服を取り替えて遊んでおりましたからね。今日もリオの服を着ると言ったらメイド達は素直に着せてくれましたわ。
ノワ兄様のご指導の下、気配を消す術を身に着けておりましたので、騎士が落としていった配置表を参考にこっそりと業者の荷馬車に乗り込み、空箱の中に身を潜め、警備の者に見つかることもなく町に出ることに成功。
町の地図はちゃんと予習して頭の中に入っているので、荷馬車から抜け出た後は冒険者ギルドへと向かいました。
ホホホ、わたくしこう見えても記憶力に自信がありますの、記憶にある地図と町の要所を目印に冒険者ギルドまで問題なく到着しましたわ! 早速冒険者登録をしますわ!
なんだか、冒険者の方々や職員さん達にチラチラ見られている気がしますね。
あら、手続きが終わるのを待っているうちに、なんだか職員さん達が少し騒がしくなってきましたわ。申し込みの書類に本名を書いたのはまずかったかしら?
次からは気を付けて仮の名を使いましょう。そうですわ、ミドルネームのルナと名乗りましょう。これなら嘘ではないからうっかり間違えることはないでしょう。
エク兄様も普段はミドルネームのアベルという名を名乗っていますからね。うふふ、エク兄様とお揃いみたいでなんだか嬉しいですわ。
あらぁ? 今受付に入ってこられた職員の方、どこかで見たことあるような……ああ、どこぞの侯爵家の親戚の方ですわね。デビュタントの場で挨拶をしたような記憶がありますわ。
えっとたしか役職は……ギルド長!!
あ、やばい、これはバレたかも!! 一旦冒険者登録は諦めて逃げましょう!!
エク兄様がよく言っておりましたわ、戦略的撤退は早めに速やかにと!!
危なかった。せっかく町に出てきたのですから、素性がバレて連れ戻されるのは嫌ですわ。せっかくなのでもう少し……もう少しだけわたくしの知らない世界を見てみたいのです。
この先決められた道を歩むことが決まっているわたくしですから、その覚悟もできております。しかしその前に少しだけ、知ることのできない世界を覗いてみたいのです。
少しだけ、ほんの少しだけでいいから、決められた道から外れた場所へ行ってみたいのです。
冒険者ギルドを出たわたくしは、冒険者登録はまた日を改めることにしブラブラと町を見て回ることにした。
今まで馬車の中からしか見たことのなかった町の景色。間近で見れば、知識として漠然としか知らなかった人々の暮らしが、その表情がハッキリと見える。
そんな町の様子を眺めながら、自分の住んでいる場所とは逆方向に大通りを歩いていった。
ユーラティア王国の首都ロンブスブルクは長らく戦場となったことはない。しかし防衛の都合で城下町の中枢の通りはまっすぐではない。
大通り周辺は綺麗に整えられている新市街地地区、そこから奥の通りに入っていけば古く細い通りの旧市街地地区になる。
新市街地地区の地図はしっかりと頭に入れているが、旧市街地地区の奥の方は入り組んでおり、頻繁に小さな建物ができたり壊されたりで細かい道は変わっていくようで、わたくしの持っている地図には詳細は記されていなかった。
ノワ兄様はあの辺りの治安が良くないのは、ごちゃごちゃと密集する建物のせいでもあると言っていた。エク兄様はあのごちゃごちゃした町も意外と面白いと言っていた。
怖いもの見たさで少し覗いてみたい気もするけれど、一人では少し怖いかも。
裏通りには入らず大通り沿いに進んで、大きな広場の前へと到着した。
この広場は町で一番大きな広場で、毎週神の日は何らかの催し物が行われ多くの人々が集まる場所なのは、行政の授業で習ったので知っている。
広場の前には看板が出ており、今日の催し物のタイトルが書かれていた。
『演劇:暁の獅子と白夜の竜は黄昏れに見ゆ』
こ……これは、わたくしの好きな小説では!?
"暁の獅子と白夜の竜は黄昏れに見ゆ"こと"アシユ"は剣士と魔法使いの冒険譚で、将来のため勉学に追われているわたくしの息抜きにと、専属侍女が貸してくれたのをきっかけで読み始めた小説だ。
庶民向けの小説故か軽い文体で読みやすく、硬い言い回しの小説や論文ばかり読んでいたわたくしにはとても新鮮で、瞬く間にアシユに嵌まってしまった。
それに……それに……内容も非常に尊いのです。あぁ……剣士と魔法使いの二人の主人公が織りなす冒険の物語が……。
そのアシユの演劇があるというのなら見てみたいと広場に足を踏み入れたものの、あまりの人の多さに驚いて人のいない場所に避難してしまいましたの。
今日のところはアシユの演劇は一旦諦めて、日を改めて……そうですわ、お兄様にお願いしてうちにアシユの役者を呼んで演じてもらいましょう、そうしましょう。
今日のところはアシユの劇は諦めて、人の少ない場所で休んでおりましたら変な男に絡まれてしまいまして、あまりにしつこいのでそろそろ張り倒してやろうかと思い始めた頃――。
わたくし、運命のお方に出会いましたの。
お読みいただき、ありがとうございました。




