閑話:肝心なことは教えてくれない
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書籍化に伴いタイトルを変更しております。
新タイトルは「グラン&グルメ~器用貧乏な転生勇者が始める辺境スローライフ~」です。
今度もよろしくお願いいたします!!
「いい? 今日は色々あって疲れていると思うから、余計なことはしないで大人しく寝るんだよ? チビカメ、グランが変なことしないようにしっかり見張りを任せたよ。一般的な常識亀ならグランと一緒になって変なことをしたらダメだからね? それとその性悪剣がグランに何かしそうになったらお仕置きをしておいて。ちゃんとグランのお守りができたら、明日のお昼ご飯は美味しいお店に連れていってあげるからね」
「カッ!? カッカッカ!!」
「失礼だな、俺が何をすると思ってんだ? 今日は疲れてるからすぐに寝るよ」
何をするかわからないから言っているんだよ。
オークションでの騒動がだいたい片付いて事後処理はノワ兄さんに任せて、キルシェちゃん達と合流して今夜泊まる屋敷へと帰ってきた。
キルシェちゃんが出品していたシュペルノーヴァの鱗の手続きとかもあって、屋敷に戻ってきたのは予定の時間よりずっと遅い時間だった。
オークションを見ている時に紛れ込んでいた幸せを呼ぶという妖精、きっとあの妖精のおかげで迷子の妹も大事にならなかったのかもしれない。いや、あの妖精を引き当てたキルシェちゃんのおかげかもしれないな。
だからキルシェちゃんにも、あの不思議な妖精にもこっそりお礼をしたかったけれど、騒動が終わってキルシェちゃんと合流した時にはあの妖精はいなくなっていた。
キルシェちゃん曰く、俺達と別れた後護衛騎士について避難している途中にいつの間にかいなくなっていたそうだ。しかも護衛騎士は見事に妖精の術中に嵌まったようで、妖精のことを全く覚えていなかった。
あーあ、これはノワ兄さんに報告しておこうかなぁ? 町の中に妖精が紛れ込んでいることなんてよくあるから、妖精対策くらいしておこうね?
ノワ兄さんといえばちょうどいいところに来てくれたおかげで、事情聴取や現場検証で長時間拘束されずにすんでラッキーだったなー。
あのリュウノナリソコナイは変な敵だったし、グランは性悪剣に取り憑かれているし、変な羽を拾ってくるし……ねぇ、君? 何か知っているよね? ずっとそわそわ……いや、イライラしているよね?
そのイライラ、俺にも伝わっているからね? 俺もあの変な生き物や性悪剣、それから君が最も反応したあの黒い羽、俺も気になるからあれらが何か帰ったら教えてほしいな?
そんなわけでオークションの会場から屋敷に戻ってきて汚れを落とした後軽く食事をしたら、すっかり夜の遅い時間になっていた。
今夜はグランと同じ部屋に泊まって、グランが妙なことをしないか見張っておくつもりだったけれど予定変更。
俺の中にいる君に聞きたいことがたくさんあるから、グランはチビカメに任せて一人部屋で休む。
ねぇ、俺の中にいる君? いつもは見ているだけのくせに、今日は今にも飛び出しそうになっていたよね?
つい先日グランを助けた時のように。あのすごく嫌な感じのした黒い羽は何? あの羽に対する強い嫌悪感は君の感情だよね?
「ボーッとしてるけど、どした? まぁ、今日は変なのと戦って疲れたしなー、さっさと寝るかなぁ。それじゃ、アベルもキルシェもおやすみ」
「はい、おやすみなさい!」
「うん、おやすみ」
俺とグランの部屋は隣同士、キルシェちゃんの部屋も同じ階にある。グランが何かやっても、キルシェちゃんが何かを引き当ててもすぐに駆けつけることができる。
ここは俺の弟と妹――双子の母、俺にとっては義母にあたる女性の実家が所有するゲストハウスだ。
義母といっても上の兄上二人の母とは違う。あっちは正室、こっちの義母上は側室だ。非常にさっぱりとした性格の方で、幼少期から敵の多かった俺の数少ない味方だ。
優しい方なのだが怒らせると一番上の兄上より怖いし、恐ろしく計算高く、礼儀には厳しい人だが、庶民の生活には非常に理解のある方だ。
商談などでグランを着飾る時は、いつもここの屋敷を借りている。
なのだが、さすがにここでグランが何かやらかすのはまずいし、俺の責任になってしまうからね。しかも今日はキルシェちゃんもいるしチビカメもいるので、小さな出来事でもそれがきっかけでどんな大騒動に発展するか想像もできない。
今夜は大人しく寝ていてくれ。
グランは自分からやらかしていくタイプだけれど、キルシェちゃんは呼び寄せるタイプだとわかってきた。
キルシェちゃんの幸運ギフトは、キルシェちゃんにしか恩恵がないタイプだ。いや、本来は幸運というか商売に関わるギフトのようだが、そのついでに恐ろしく運が良くなっていると思われる。
最終的にキルシェちゃんが得をするように巡るギフトなのだろう。俺の妹のセレと縁が繋がったのもきっとキルシェちゃんのギフトの恩恵。そのおかげで世間知らずのセレが家出をしても大事に至らず戻って来ることができたのだと思う。
これはきっと幸運のギフトが繋いだセレにもキルシェちゃんにも良い縁なのだろう。
グランとキルシェちゃん、それからチビカメと別れて今夜泊まる部屋へ。
寝衣に着替えベッドの上へとドサリと腰を下ろし、部屋に用意されていたワインを開ける。
さぁ、教えてもらおうか。
じゃあ、まずリュウノナリソコナイって変な生き物。
うん、わかっているよ。君は俺が――この時代の人々が自らの力でできることには、最低限しか介入しないからね。答えを俺自身で見つけられるものは、ヒントしかくれないのは知っているよ。
そうだねぇ、リュウノナリソコナイつまり竜になり損なった生き物。
何が? 中から出てきたのは人間の男とトカゲを混ぜたような生き物。それもやっぱりリュウノナリソコナイ。
そのまま考えると人間かそれに近い種族が竜になり損なったってこと? なんで?
先天的にそういう種族? 今まであまり知られていなかった種族? それとも後天的に作られた生き物?
そうだね、人工的に複数の生き物を合成してキメラを作り出すこともできるね。技術としては不安定だから、生き物としては不完全で寿命も短いものがほとんどだけどね。
ふぅん、君の反応からして後天的にそうなった生き物だね? へぇ……あの無茶苦茶な再生能力は竜の再生能力だよね。でも生き物としては不完全としか言いようがない生き物だったよね。何かの実験? 被検体? なんで竜?
人よりずっと強靱な体に高い身体能力。そして種によっては長い寿命。まぁ、今日のは再生能力はすごかったけれど、それ以外の能力は低級の竜以下で知能もほとんどなかったね。
成功すれば人よりもずっと強い生き物に、寿命の長い生き物になっていた? だけれど失敗したってところかな?
そわそわしているね。ちょっと見えたよ。
そうだね、人間の命は短いからね。不老長寿、不老不死に憧れる者はたくさんいるね。君が俺の中に住んでいるせいか、不老不死なんてあんまいいものだとは思えないけれど。
それでも人は不死に憧れる。永遠の若さに憧れる。それは人を愚かに、残酷にする。そして、その結末はいつも空しく悲しい。
ああ、これは俺の感情ではなくて君の感情だね。君が出てくると俺の感情もそっちに引っ張られるからね、その気になれば俺の人格も飲み込んじゃえるんでしょ?
うん、あの生き物についてはなんとなくわかったよ。まぁ、あの男が回復したら、事情を聞きつつ専門機関で調査をすればハッキリとしたことがわかるかもね。それは俺の仕事じゃないけど。
次はあの性悪剣。
何あれ? 俺、アイツ嫌い。あ、これ君の感情だったりする?
それでもやっぱ俺もアイツは嫌いだな。絶対粘着質で性格の悪い厚かましい魔剣だよ。あ、君も納得しているね? やっぱあの剣のことをよく知っているんだね?
ズィムリア魔法国のクーデターに使われた剣って話だったから……そうだねぇ、あの国の体制が大きく変わった時期に使われたもの、例えば強引に玉座を奪うために使われたもの。
ふふ、怒らないでよ。君が素直に教えてくれないのが悪いんでしょ?
それより君、剣より魔法の方が得意だと思っていたけれど剣も使うの? 何? 自分は万能だといいたいの? ただの魔法が使える脳筋でしょ?
じゃあ、あの剣は君のじゃないんだ。隠しているみたいだけれど時々漏れているよ、君がもうこの世にはいない友人の面影をグランに重ねているのを。だからあの城でもグランを助けたんでしょ?
君の友達――なんとなくグランに似ている人、あの人の持ち物? だからあの剣はグランに懐いちゃったの?
理由はわかってもやっぱいけ好かない剣だよね。君もそう思うでしょ?
で、あの性悪剣、使うと反動がありそうだけれどグランが持っていて大丈夫なの? 大丈夫じゃなかったら壊しちゃうけど?
え? 壊すのはダメっぽい? とりあえず持っておけば役に立つこともありそう? 備えあれば憂いなし? なにグランみたいなこと思っているの!?
ふんっ、あの変な生き物を再生させなかったのも、なり損なう前の姿に近付けたのもあの剣の効果みたいだし、残しておけば何かの役に立つかもね。
それで、あの剣の能力は何?
へぇ、断罪――罪を断つから断罪。罪人を裁くと同時にその懺悔を聞く剣。なるほどそれが魔剣で生き物を斬った時の反動なんだね。
確かに生きていれば誰だって多かれ少なかれ罪を犯す、その罪を懺悔させる剣か。その懺悔が痛みとして使用者に? とんでもない魔剣だね、やっぱへし折っちゃおう?
え? ダメ? あの剣で斬られ、懺悔を受け入れられた者はどんな罪人でも、無垢な魂となり成仏できる? それだけ聞けば悪くない剣だけれど、その罪を斬った者が聞き届けるってわけね。
やっぱ、捨てた方がいいのでは? せっかく友達の形見が見つかったのだから残しておけ? 残しておくメリットはあるの?
え? あれに斬られた者は沌属性と聖属性が減少する? ガッツリ斬ればほぼなくなる? つまり、聖属性と沌属性どちらかに偏った者には特効効果になるのかな?
アンデッド系は沌の魔力が消えれば一緒に消滅するし、断罪の剣としての効果を考えると、対アンデッドにはめちゃくちゃ有効だね。でも反動がやっぱあれだから、グランには使わないようにいっておかないと。
……聖にも効くってことは、教会の胡散臭い爺どもを斬ればいいのか……ふふ、冗談だよ。
あっ、なるほど、そういうことか。やたら沌属性の魔力を撒き散らしていたリュウノナリソコナイ。
沌とは無秩序。あらゆるものの境界線がなくなる属性。沌属性の力で生き物の境界線をなくし、竜と元の生き物を混ぜたってことだよね?
うん、キメラ合成でも使われる技術だね。あのリュウノナリソコナイは随分グチャグチャに混ざっていたけれど。
つまりその無秩序に偏った状態から秩序のある状態に近付ける。ただし完全に秩序のある状態――聖属性の強い状態ではなくそのどちらでもない状態、だから完全に元には戻らず混ざった状態で止まったのだね。
いや、完全なる秩序の状態ならあの生き物はその場で死んでいたかもね。無秩序に他のものと混ざり合って、生き物として正しい姿とはいいがたいものだったしね。
そうだね、一度混ざったものを再び元のものにわけるのは難しいね。ミルクを混ぜた紅茶もミルクと紅茶には戻せない。
でも、よくあの状態で生きていたよね。
うん? 普通なら剣で斬られた時に死んでいるところだけれど、無駄に再生能力が高い竜と混ぜたみたいで、性悪剣で斬ったらいい感じに元の生物が再生した? 運が良かった? 今まで相当運が悪かったみたいだから、きっと乱数調整?
なるほど、まぁあの衰弱した状態から助かるかは微妙だね。まぁ、助かったら、色々話も聞けそうだしね、助かるといいね、ふふふふふ。
じゃあ最後、あの黒い羽。
ものすごく嫌な感じ、君の機嫌もすごく悪くなった。
あれは何?
あ、この野郎、ずるいぞ! 話したくないからって、無理矢理俺を眠らせる気だな?
……くそ、ねむ………………あ、ワインがまだ残ってる……俺の体で勝手に飲むつもり?
…………勝手に……空間魔法の中の……グランの料理……食べな………………。
お読みいただき、ありがとうございました。




