闇に金色
誤字報告、感想、ブックマーク、評価、いいね、ありがとうございます。
リュウノナリソコナイが登場したのもこの天井部分。ここからぶら下がるように舞台に現れた。
天井には金属製の骨組みが張り巡らされており、そこに照明や舞台装置が取り付けられ、人が通るための鉄板もその上に敷かれている。
今日はオークションだけなので照明しか使われていなかったが、演劇が催される時はこの天井の仕掛けが活用されるのだろう。
その仕掛けに使われる金属の天井が、俺達の上に落ちてきている。
本気の身体強化状態なら死ぬことはないかもしれないが、直撃すれば間違いなく重傷。当たり所によっては再起不能レベルの負傷になりそうだ。
それに痛い。痛いのは嫌だ。
逃げようと思えばまだ逃げられるのだが、舞台の上には白銀の騎士さん、そしてその部下さん達がいる。
白銀の騎士さんはその気になれば直撃を免れる位置。しかし舞台奥で作業をしている騎士さんや倒れている謎の男は確実に直撃コース。
がっつりとプレートアーマーで固めている騎士さん達も、あの装備で身体強化系のスキルや魔法が使えるのなら、防具を着けている分俺より軽傷で済むかもしれない。
あれ? かっこいいだけでペラッペラの服の俺が一番やばくない?
いや、それより謎のトカゲ男君。すでに虫の息なのに天井なんか落ちて来たらさすがにとどめになってしまいそう。
先ほどまではあれほど再生しまくっていたが、今の状態にそんな力があるようには思えない。死にかけているように見えて、実はまだ再生能力があったりする?
いや、そんなことを考えている暇はない。
落ちて来ている天井はもう目の前。
幸いなことに、天井がぶつかるとやばそうなモヤシ魔導士のアベルは舞台の下へ押し出した。
このまま直撃をくらっても危ないのはあの男だけだろうが、せっかく掘り起こしたのだしこのまま見捨てるのも……なんて思うよりも先に体が動いていた。
だって痛いのは嫌だし。
落ちてくる天井を見上げたその先に、人の気配とチクリとした視線を感じた。
迫る天井の隙間から見える照明の光の届かない天井の奥。そこに人の影が見えた気がする。
何かが明るく煌めいたのは身に着けているものの装飾か、それともアベルのようなキラキラとした色の髪の毛か。
それを見極める前に天井で視界が遮られた。
「うおおおおおおおおおっ! 根性おおおおおおおお!!」
身体強化を発動しながら落ちてきた天井に手を伸ばす。
もちろん金属の天井なんて受け止めるつもりはない。
触れることができればそれでいい。ただその瞬間に、落ちてくる重量物を受け止める衝撃はあるし、手袋を付けていない素手で金属の塊を受け止めることになる。
重いと痛いを軽減するための身体強化だ。
唸れ、俺の収納!! バハムートの津波を受け止めるより簡単だ!!
舞台の天井部分なのででかいものではあるが、バハムートの津波に比べれば小さい!! はっはー、ダンジョンの経験が役に立ったぞ!!
落ちてきた天井はほぼ全てが繋がった状態だ。つまりどこかに触れることができれば収納の中にごっそりと引き込めるということだ。
身体強化を最大まで発動し、落ちてくる天井に触れる。
大きさも重量もある落下物を手で受け止めた状態になり、ズシンとその重さが腕から肩そして腰、足へと伝わる。
日頃鍛えている体で身体強化を最大まで発動してもこの衝撃は大きい。しかも素手で金属の塊を受け止め、手のひらの皮膚が切れたような感覚がする。
しかし痛みを気にする暇などない。この衝撃に押し潰されてしまわないように踏ん張りながら、落ちて来た天井を収納に引き込んだ。
広い舞台のほぼ全面を覆うほどの金属の天井。それには照明器具や仕掛け用の機材が取り付けられており、ゴチャゴチャとしていて質量もある。
だが、俺の収納の前にはこの程度の大きさなんて余裕である。
金属の天井に機材各種……大丈夫、ちょろまかしたりしないから、ちゃんと返すから。これは緊急事態の危機回避のためなのだ!!
「赤毛君ナイスッ! ぅおっとぉ!」
天井の本体は俺の収納で回収したが、天井と繋がっていないもの――おそらくは上に置かれていただけのものや、落ちた天井の近くに置いてあり巻き込まれて落ちてきたもの、それらが遅れてバラバラと降ってきた。
天井ほどではないが、普通の人間なら十分致命傷になりかねない大きさだ。角が尖った四角い金属物体とか、当たり所が悪いと普通に致命傷になりそうだ。
謎のトカゲ男君は大丈夫かな? ああ、救命活動に向かった騎士さんがトカゲ君を庇っているな。さすがフルプレートアーマー、金属の塊が落ちてきても大丈夫!!
まぁ彼は今回の騒動の重要参考人だし、それがせっかく生きているのに死なれると困るの騎士団だろうしな。
謎のトカゲ男君は騎士さんに任せて、俺は天井が落ちてきた舞台の上を見上げる。
舞台用の仕掛けが施された天井がなくなってその上の空間が見えるようになり、舞台端の上辺りに天井の上へと入るための通路があるのが見えた。
天井が落ちて来た時、人の気配を感じた場所だ。
「ちょっと上を見てくる」
身体強化を維持したままピョンと元天井があった先に見える通路に跳び乗った。
下からアベルが何か叫んでいる声が聞こえるが、また後で。
そのアベルは、舞台の上に戻って来たところで白銀の騎士さんに腕を掴まれ引き留められているようだ。うん、そのままアベルを引き留めておいてくれ。大丈夫、俺も深追いをする気はない。
跳び乗った通路の先には、その通路に入るための入り口、その先には薄暗い照明の細い廊下。
周囲に人の気配は全くないが、廊下の突き当たりにある窓が大きく開かれているのが目に入りそこへと走る。
そこから窓の外を見ると、まだ月が出ていない星の光だけの暗い夜の闇の中、この建物の庭園の道をふわふわと歩いている人影が見えた。
闇の中に浮かび上がる長い金髪だけがやたら印象的で、それに目が釘付けになった瞬間。
ユラリ。
まるで夜の闇に溶けるように消えた。
距離が離れて見えなくなったのではない。足の方からスウッと暗い夜の闇に溶けるように、真っ黒な闇になるように消えたのだ。
その姿が完全に消える直前、右側の肩越しにチラリとこちらを振り返った顔には、右目から右の頬にかけてを覆う仮面が付けられていた。
あれは天井を落とした犯人? いや、そのわりには随分のんびり歩いているように見えたな?
追いかけるか? いや、すでに消えた後だな。あれは転移魔法の類か?
ここは舞台の天井より高い場所、建物の四階部分。もしそこから飛び降りて外に逃げたというのなら、相手もそれなりの実力がある奴ということだ。
この暗い夜、今から追いかけても見つけられる気はしないし、もし見つけることができても装備は万全ではないし、厚かましい魔剣に魔力をかなりチューチューされてお疲れモードだ。
それに転移魔法で逃げられたのなら、痕跡を探すのは俺の仕事ではない。
「無理か……」
落ちてきた天井を素手で受け止めた痛みを今頃になって感じ、悔しさが込み上げてきてぐっと拳を握った。
そして気付く、足元に落ちている黒い鳥の羽。
「んあ? カラスの羽か? いや違うな……沌と闇の魔力を感じるな」
【価値のない羽】
レアリティ:???
品質:特上
属性:沌/闇
価値がないというくせにレアリティが不明で品質も特上である。
魔力はそこそこあるが、特に効果もないのか?
なるほど無価値。一応証拠品になるかもしれないから騎士さんに渡すか。とりあえず収納にポイッ。
なんかすごく釈然としない気分なのだが、俺は今日は一般人としてここに来ているのだ。
一般人。そう、何も知らない一般人! お客様! よっし、深く考えるのはやめよう!!
なんで貴族様向けのオークション会場に魔物が……いや、竜になり損ねた男がいたのか?
ただ偶然に侵入してきただけ? それとも何か目的があったのか?
目的があるとしたら会場には高額品がたくさんあるから窃盗目的? それとも会場にいる貴族の誰かが狙われた?
逃げた奴は竜になり損ねた男の仲間なのか?
天井を落としたのは竜になり損ねた男を始末するため?
そうだな、リュウノナリソコナイの状態ならともかく、今の状態なら喋ることはできるかもしれない。
いや、俺は一般人だから、こういうことの捜査は騎士団や治安部隊の仕事!!
よっし、考えるのはやめやめ! それより、問題はこの変な魔剣!!
腰でカタカタ震えて存在アピールをしてもお買い上げはしねーぞ!!
ピョンとジャンプして登った舞台の天井口からピョンとジャンプして舞台へと戻ると、ものすごくものすごくものすごーーーーく怖い顔をしたアベルが待っていた。
あ? 突き飛ばしたの怒ってる? ごめんごめん、だってアベルはモヤシッ子だから天井が直撃したら危ないだろぉ?
え? そうじゃない? ん? 俺? 大丈夫、大丈夫、ほら全然無傷……ああーーーー!! 必死で気にしてなかった!!
天井を素手でキャッチしたから手のひらが少し切れたな……え? 少しじゃない? まぁ、少し血が出ているだけだしヘーキヘーキ……イテッ!
なんで氷をぶつけるんだよ! イテッ! ヒヤッ! カメ君までなんで水鉄砲!?
やっぱ突き飛ばしたの怒ってる? イテッ! ヒヤッ! ヒヤイイテエエエエエエッ!!
お読みいただき、ありがとうございました。




