なり損ないの慟哭
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リュウノナリソコナイ――竜のなり損ない。
なり損ない、つまりなり損なったということ。
何が?
いや、まさか。しかしどうして?
悍ましい答えが思い浮かび、耳鳴りだと思っていたあの音の正体を思い出して頭の芯が痛くなった。
複数の生物が入り交じった姿の生物はたくさんいる。
一部がヒトの形をしていても全く意思疎通ができない存在だってたくさんいる。
こいつも世間には知られていないそういう生き物の可能性はある。
思い浮かんだ悍ましい答えを否定するように頭を横に振る。
しかし耳の奥には先ほどの叫び声のような音がこびりつき、記憶には斬った時に感じた懺悔と後悔のような感情が漠然と残っている。
まるで誰かの嘆きが反動として俺の中に流れ込んできたような感覚。
「その剣の反動がキツイなら無理しないで。いざとなったら燃やして灰にしちゃえばいいでしょ、チビカメもいるから消火は問題ないよね? 少し時間が作れるなら、魔力消費は大きいけど時間魔法で朽ちさせることもできるかも」
「カメッ!!」
魔剣の反動で怯んでしまった俺の様子に、アベルとその肩の上にいるカメ君が今にもリュウノナリソコナイを消し去ってしまいそうな剣幕になっている。
「大丈夫だ、反動が予想外で少し混乱しただけだ。カメ君が消火してくれるなら大事にはならなさそうだが、それでも建物の中に人がいるから火は危険だ。時間魔法も竜の寿命やあの再生能力を考えるとアベルの負担がやばいだろ。反動があるといっても一瞬だけだしこの剣でサクッと斬ってしまうのがいい」
反動はちょっとした痛みと不快感だけだ。肉体面よりメンタル面の問題。気にしなければなんとでもなる範囲。しかし乱用しすぎてはいけないと本能的にわかる。
これは、繰り返していると俺の心にくる。
俺がこのまま引き下がってアベルとカメ君に任せれば、多少時間がかかったとしてもアレを駆逐することはできるだろう。
それでもその声を聞いてしまったから。
リュウノナリソコナイを斬った時に流れ込んできた後悔と懺悔の念、そして苦しみの感情の中に埋もれた助けを求める声が耳にこびりついて離れない。
ただ生命活動をしているだけの竜になれなかったナニカの慟哭?
何をそんなに後悔し、懺悔しているのかわからない。全く理性を感じないあの状態、殺しても死なない状況にとって助けとは何か?
竜のなり損ない――何かの生物が竜になり損なったのだとしたら。
本体をこの魔剣で斬れば今みたいに……元の生物のパーツが生えてくる? 生えて来てどうなる? 竜になり損なう前の姿に戻る? 戻らない?
トカゲを押し固めたような肉塊から飛び出し、ゆさゆさと揺れる腕を目に、その元の生物について考えることを無意識に頭が拒否する。
「……イイ……イサイ……メサ……イイアイアイイイイ……」
「タイタイ……ニ……タイ……ゲゲッゲ……タイ……」
「シ……テシテシテテテッテッテ……ユシ……テテテテ――――」
聞こえて来る呻き声は言葉とは思えないが、一度あの声を聞いてしまったせいで、それが何かを必死で訴えているように聞こえしまう。
斬れば元の生物のパーツが生えてくるかもしれないが、あの声を聞くことになるだろう。
もしこいつが何かの罪を後悔し懺悔しているというのなら、どれだけの罪を犯しこのような姿になって後悔しているのだろう。
先ほどの痛みと声を思い出す。
元に戻るも戻らないも、どうせこのままだと正体不明の魔物として処理されるだけだ。
だったら俺がやってやろうじゃないか。どうせ聞こえてくるのだから、ついにでにその後悔も懺悔も罪も聞き届けてやるよ。
剣を握る手に力を込め、リュウノナリソコナイの方へと踏み出した。
「グラン、無理そうならすぐに下がって。俺達でも何とかできるからね」
「カッ!」
「おう、やばかったら下がるよ! 一気にぶった切るから援護を頼む!」
先ほど反動にびびってでかい声を出してしまったせいで、アベルの心配性のスイッチが入ってしまっている。
舞台の上を駆け抜けリュウノナリソコナイへと迫る。
こちらに向かって振るわれる尻尾、伸びてくる首、口を開く頭、それらをアベルとカメ君が氷魔法で凍らせ動きを封じる。
それだけでなく本体から飛び出して、うぞうぞと動いている部位も凍らせたり、水の縄で絡めたりして動きを封じてくれた。
「タッタタ…………ケッケケ……テッテッテッテ……ス」
「タイタイタイタイ……エリ……タ……タタ」
「サイ…………サイ……、ナイ……ナイナイナイ」
動きを封じられても口からは、声が漏れ出している。
魔剣ナナシを両手で握り大きく振りかぶって――。
「いいぜ、聞いてやる」
振り下ろした。
――ゴメゴメゴゴゴゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイササササイサイサイサイサイイイイイゴゴゴゴメゴメゴメゴメイイイイイイイイイイイイゴゴゴゴタタタイタイタイタタイタイニゲタイカエリタイニゲタイタイタイタイカエリタイゴメンナサイサイサイサイナイナイナワルワルワルイイイイイイワルイコトコトコトワルイゴメメメンナナナナサイシシシシニシニニニニニシニシニシニタクナイナイナイナイイイイイイイイユイユユユルユルユルユルシテイタイタイイタイイレバイレレレレイレバイレバレレレゴメンナサイカッタカッタッタッタッタフツウニナリタカッタダケフツウ……フツウ……フツウニイキレタララッララララ……ゴメンナサイ。
上から下へと肉塊を両断するように剣を振り下ろすと、予想していた通り耳の奥に懺悔の声が響き、どうしようもない後悔と悔しさ、やるせなさ、そして怒りや嫉妬や羨望、まるで自分自身の全てを呪うような感情が剣を通して俺の中に流れ込んできた。
「ぬあぁ……、いってぇ……」
精神的な痛みがそのまま肉体の痛みになっているような感覚。
それに耐えながら手に力を入れ、リュウノナリソコナイの体を上から下へと切り裂いていく。
「何をそんなに後悔して謝ってんのか知らねーけど、その謝罪は最後まで聞き届けてやるぞ。誰に謝りたいのか、謝って許してもらえるものなのかはわからねーけど、お前が謝っているのだけは覚えておいてやる、つかこんだけ痛いと忘れようがないな。謝っても届かねーし、許されないこともあるけれど、悔い改めることはできるぞ」
竜になり損なったこの生き物をこの状態から助けることはできるとは思えない。こいつに悔い改めて罪を償いやり直す機会が訪れることはないだろう。
だけどその声は俺が聞いた。こんだけ痛けりゃ忘れることもないだろう。仕方ねーから覚えておいてやる。
「こんなに後悔することも、謝り倒さないといけなくなるようなことも、もうするんじゃねーぞ」
――シシナシナナナシシナイシナイナナナナユルユルユルユルシユルシテユルシテテテテテワルイワルイワルワルワルワルイヤヤヤヤヤイヤイヤイヤイイキキキキルイキイキル――イキラレタラ……イキテタ……タ……ゴ……メンナサイ。
肉塊と化し、大きさも最初の黒いトカゲだった時よりずっと大きくなっているにも関わらず、柔らかい果物でも切っているかのように抵抗なく剣が肉を引き裂いた。
そしてリュウノナリソコナイの体の上から下まで剣を振り切る頃には、その声はだんだん小さくなって聞こえなくなっていた。
「ああ、生きられたらいいな」
俺にできるのは気休めの言葉を吐くだけ。
こいつが今までどう生きてきた生き物なのかは知らないが、その後悔ももう終わりだ。
悔い改めたら、その先はもうこんなに悔やむような生き方をするんじゃねーぞ。
床付近まで剣を振り下ろし、自分の方へと引き戻すとほぼ同時に、縦に切り裂かれたリュウノナリソコナイの体が左右に割れながらドシャリと地面に崩れ落ち、その肉がボコボコと溶けるように赤い液体へと変化し始めた。
お読みいただき、ありがとうございました。
当作品がKADOKAWA様より書籍化して頂けることになりました!!
榊原瑞紀様にイラストを描いていただいてます。めちゃくちゃかっこいい&美しいです!!
ホビー書籍部様のツイッターにてグランとアベルのビジュアルが掲載されておりますのでよろしければご覧下さい
詳細は改めて、活動報告でお知らせ致します
これに伴いタイトルを「グラン&グルメ~器用貧乏な転生勇者が始める辺境スローライフ~」に変更を予定しております。
※明日の更新はお休みさせていただきます、日曜から再開予定で!




