秩序なき存在
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沌属性。
それは混沌として無秩序。あらゆる属性が入り交じり、その境界がない属性。全ての属性――いや、世界すらもここから始まったといわれている属性。
破壊と再生、生と死。それらすらも境界なく入り交じり、全ての枠組みを取り去ったような属性。
「うっわ……、また生えてきた」
「うおおお……どんだけ再生するんだ」
「カァ……」
目の前では、まさにその混沌と無秩序を絵に描いたようなことが起こっている。
前後の足と頭を切り落としたが、それで死ぬことはなくその切り口から無秩序に再生が始まってしまったリュウノナリソコナイ君。
再生能力を持った生き物だとしても、切り落とし続ければそのうち体力が尽きて再生が止まると思い、ひたすら足や尻尾、そして頭を切り落とし続けたが再生は止まることない。
切り落とされた部位の中にはもぞもぞと動き本体の方へと戻り、新たに生えてきた頭にバリバリと食べられているものもある。
頭を切り落としてもダメなら、当然のように心臓を潰してもダメ。いや、そもそも切り落とした部分も生きているかのような挙動。
何だこのやべー生命力!?
切り落としたところから足や尻尾、頭がいくつも生え、それを切り落とし、そしてまたそこからそれらが生えるを繰り返し、それ故にその大きさも出現時よりも肥大している。
その姿まさに異形。食材ダンジョンの十四階層にいた食べられる異形君達が可愛く思えてくる。
そして再生を繰り返しているうちに、俺の苦手な沌の魔力がどんどん濃くなり、胴体から無秩序に生えたたくさんの足や頭という姿と相まって、ゾワゾワ感が半端ない。
体は舞台の床と同じ色をしているが、あまりに異様な姿になりすぎてさすがにカモフラージュになっていない。ただやはり色味の関係で攻撃が非常に見づらく油断ができない。
「凍らせて砕いてバラバラにしちゃうから、少し時間を稼いで。グランもこんな素材はいらないよね?」
「こいつの正体は気になるが、さすがに素材にしたくないな……そいじゃちょっと時間を稼いでおくよ。カメ君は念のためアベルを守ってくれ、帰ったらカレーコロッケたくさん作るからね」
「カーーーッカッ!」
よくわからない相手。切り落としているうちに増えてしまったそいつの部位。その切り落としたものも動いているため何が起こるかわからない。
大きな魔法を使う前のアベルは無防備になる、俺が敵の攻撃を全て持てる状態なら心配ないのだが、こいつはどういう行動をしてくるか全く予測ができない。
よくわからない相手ではあるが、カメ君をアベルに付けておけばとりあえず安心だろう。
借り物の高そうな服はすっかり返り血まみれである。ここまで汚れるともう返り血も気にならない。開きなおって時間稼ぎのためにリュウノナリソコナイに攻撃を開始する。
床は流れ出した血で覆われ、切り落としたリュウノナリソコナイの体の一部が散らかっているため、足元は非常に悪い。ワックスで磨き上げられた木製の床の上にできた血溜まり、気を抜けばツルッといってしまう。
いつも履いている冒険者用のブーツならあまり気にしなくてもいいのだが、今履いているのはただのお洒落な革靴である。血溜まりの上に踏み込めば踏ん張りにくく、時間の経過と共に足の踏み場がなくなり、戦いにくくなってきている。
そしてその当のリュウノナリソコナイ君。当初から意思というものがあまり感じられず、動きも竜にしては洗練された感じもなく本能的な生き物のように見えたが、再生を繰り返すとそれが更に増し、今はドンと同じ場所に居座ったまま生えて来た足を振り回し、近づけば口を開けて噛みつこうとするだけだ。
その目は虚で生気というものが全く感じられず、動いてはいるが生きているといえるのかという疑問が頭の中をよぎる。
「ゲ……タイ…………イイイイイ……ゲ……ワィ……」
「ニ……イ……ゲゲ……ッ」
「タッ……タタタタタ……タイ……ワワワワワィ」
そして再生を繰り返すうちに増えた頭、そのそれぞれの口から呻き声のような鳴き声。
竜系というか爬虫類系の生き物っぽくない鳴き声が何故かすごく耳に残る。
あまりにゾワゾワする声なので頭を片っ端から落としてしまいたい。
その気持ちが強くなりすぎて、つい大雑把に踏み込んでしまった。
足はただの革靴、防具も全く着けていない状態で。
踏み込んだ先で血溜まりを踏みビチャリという音がしたのを、少し気にかけつつも斬り付けるために足に力を入れる。
足元も悪いのだが、剣を握る手も手袋を付けていないため、自分の汗とリュウノナリソコナイ君の返り血で手のひらがぬるぬるとして非常に戦いづらい状態だ。
そんな状態で強引に踏み込んで、再生を繰り返し無数の頭と足の生えた肉塊のようになっているリュウノナリソコナイの体から生える首の一つを斬り付けた。
剣がリュウノナリソコナイの肉に触れてグニュリとした嫌な感覚が手に伝わってきた直後。
ズルッ!
踏ん張っていた足が、磨き上げられた床の上に流れる血で滑る感覚があった。
そのままこけてしまわないように体勢を立て直しつつ、腕の力で強引にリュウノナリソコナイの首を切り落とそうとした。
スポンッ!
ああーーーっ!
汗と返り血でぬるぬるになった手から剣がすっぽ抜けてしまった。
音を立て俺の手から床へと落ちたロングソードが、血で濡れた床の上を回転しながら滑るように転がっていく。
咄嗟に右手を腰の後ろに回し、それが空を掴みハッとなる。いつもならショートソードを下げている場所。
ぐああああああああー!! 手癖って怖い!!
何もない腰に回してしまった右手。足を取られかけて崩れた体勢は立て直した後に、今度は自らで大きな隙を作ってしまった。
そこを狙ったのか、たまたま振り回していただけなのか、前足の一つがこちらに向かって振られた。
慌てて後ろに下がると、血で濡れた床でズルリと足が滑った。
振り回された前足はなんとか躱したものの、その後に長い尻尾が鞭のようにこちらに向かって振られ、足を滑らせた体勢からそれを避けるのは不可能で、諦めて顔と胸を守るように両腕を前で合わせてその攻撃をガードした。
崩れた体勢を立て直す前、悪い足元、防具を何も着けていない状態。
身体強化スキルを発動していたとしても、この状態で攻撃を受けとめきるのには無理があり、そのまま後ろにこけるような体勢で大きく弾き飛ばされ、血で濡れた床に左側で受け身を取るような体勢で落下した。
そしてその勢いで血の溜まる床の上を舞台端の方へと勢いよく滑っていってしまった。
ガンッ!!
「ぐえええっ!! んがっ!?」
リュウノナリソコナイの尻尾に叩かれただけでも痛かったのに、滑っていった先にあった台車にぶつかり更に痛い。更に頭の上に落ちてくる布。
布を払いながら体を起こし自分がぶつかった台車を見るとそこには、これから舞台に出る予定だったと思われる品。
ガラスケースの中に入った柄も刃も真っ黒な長剣。その横には"断罪の剣"と書かれた札が置かれている。
舞台の方で冷たい魔力を感じて振り返ると、アベルの放った氷魔法がリュウノナリソコナイの体を包んで凍らせ、そこにカメ君の強烈水鉄砲が炸裂して、リュウノナリソコナイの体が包んでいる氷ごと砕けるのが見えた。
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