なり損ないの竜
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※若干グロ系描写気味なので苦手な方はご注意ください※
先ほどまでは個室から優雅に眺めていた場所。そこへアベルの転移魔法ワープで降り立った。
突然現れた謎の生物に混乱する会場、我先にと逃げようとする客を警備員が順番に誘導している光景がここからよく見える。
そして観客席からも俺達の姿はよく見える。
舞台上に現れた俺達に気付いた客の視線がいくつもこちらへ向くのが感じられた。
注目されることに慣れていないので恥ずかちぃ。
「魔物処理部隊が来るまではAランク冒険者の俺達が引き受けるから、君達は黙って客の避難を優先して。司会の君もそこにいると巻き込んじゃうからさっさと逃げて」
舞台上に移動してすぐにアベルが、リュウノナリソコナイに弾き飛ばされた警備員と司会者に指示を出し、客席の方に一瞬気を取られた俺もその声でリュウノナリソコナイという謎の生物の方へ集中した。
大きさは頭部から尻尾まで入れると三メートルを少し超えるくらい。四足歩行のトカゲのような形状をしており、竜という名を持つものにしては小型の部類。それは竜ではなくなり損ないだからか?
それよりなり損ないなんて種族がいるのだろうか?
こいつから感じる魔力は然程強くなく、強めに見てもD~Cランク程度の魔物のそれである。
だが、ここまでのこいつの行動を思い返すと油断はできない。
周囲に同化する能力、気配を感じさせない能力、首に剣を刺されても死なない生命力どれも厄介で、この場で討ち逃すと見つけるのは困難になり逃げた先で人的被害が出る可能性が高い。
そして僅かに感じる沌の魔力のせいか、ザワザワとした胸騒ぎのような嫌な感じがする。
とにかく早く始末した方がいい。収納からミスリルのロングソードを取り出し構えた。
高そうな服なので返り血など浴びたくないが、こいつの生命力を考えると弓や投擲武器で戦うと逃がしてしまう危険がある。
先ほど俺が投げつけた石がめり込んだ箇所、警備員が斬り付けた箇所――特に首はかなり深い傷があるのだが、それらから赤い血を流しながら周囲の肉と皮膚がボコボコと動いて傷が塞がりつつある。
石がめり込んでいる箇所はその石を体内に取り込むように傷口が塞がり、その部分がボコリと盛り上がって胴体の形を歪にしている。
再生能力――リジェネレーションともいわれる現象及び能力。
竜やその仲間に分類されるものは非常に生命力が高く、部位の欠損も再生するという特徴がある。そして強力な竜になるほどその再生速度は速くなる。
古代竜クラスになると、足や翼などの欠損でも即座に回復することができるともいわれている。
先日まで籠もっていた食材ダンジョンでは、レッサーつまり劣るという名を付けられたレッサーレッドドラゴンに、恐ろしい生命力で苦戦を強いられて酷い目にあった。
下級の亜竜は俺らのランクならその身体能力を体感する前に倒してしまうことがほとんどで忘れがちだが、竜という種族は強靱な肉体と身体性能を持っている生き物で決して油断してはならない相手なのだ。
そして目の前にいるのは、その竜の名を持つ正体不明の生き物。
「ゲ……ッゲゲ……ニッ」
嗚咽のような鳴き声を漏らすリュウノナリソコナイと向かい合う。
その体の色と模様は舞台の床そっくりに変化し、気を緩めると床と同化した状態から繰り出される攻撃への反応が遅れそうだ。
床そっくりの体色に変化した体の中でギョロリとした目だけは目立つ。その目から決して自分の目を逸らされないように、リュウノナリソコナイの動きに注意をしつつ攻撃の機会を窺う。
びっくりするほど隙だらけに見える。
俺の方を警戒してはいると思うのだが俺の目を見ることはなく、ギョロギョロとせわしなく動く眼球。口からはダラダラとよだれが垂れ、鋭い牙がチラチラと見えている。
長い尻尾のある生き物なら何らかの形で警戒心が尻尾に現れるものが多いのだが、その尻尾もダラリと床に垂らされている。
あまり知能というものは感じられない。ついでに可愛さもない。
う、う~ん……未知の生物で警戒するべきなのだが、この隙だらけの状態に何も考えずに攻撃したくなる。
いや、これはもしかして俺の攻撃を誘っている罠か?
ここまで露骨に隙だらけな未知の生物は、考えなしに攻撃していいのか迷ってしまう。
……肩の上にはカメ君もいるし、すぐ傍にアベルも控えているのでやばかったらサポートをしてくれるだろう。
「先手必勝っ!!」
深く考えるのをやめた。
首を落とせば大概の生き物は死ぬはずなのだが、こいつは先ほど首に致命的な攻撃を受けても生きていた。
首を落としても万が一生きていて逃げられるとまずいので、まずはその動きを封じるために足を狙う。
身体強化状態で素速く踏み込み、体型のわりにひょろりとして細めの前足を切り落とす。
リュウノナリソコナイは俺の動きに気付き動こうとしたがその反応は鈍く、大きく動き出される前に左の前足を切り落とし、それでひるんだ隙に左の後ろ足を膝から下の辺りで切り落とした。
左側の前足と後ろ足を失ったリュウノナリソコナイが体勢を崩し左に倒れる。
そこをアベルの放った風の刃が通り過ぎ、残っていた右の前足と後ろ足を切り落としていく。
最後にカメ君の強烈な水鉄砲が、だらしなく開いたリュウノナリソコナイの口から後頭部を貫き、その体がゴロリと床に倒れた。
「やったかな?」
俺の後ろからアベルの声が聞こえた。
隙だらけに見えて実は誘っているだけかとも警戒したが、本当に隙だらけだったようで、俺達の攻撃は一方的にリュウノナリソコナイに全て当たった。
それは普通の生物ならどう見ても致命傷。仮にまだ生きていたとしても流れ出る血液で失血死をするだろう。そうでなくても四本の足全てを失いもう動くことはできない。
強力な再生能力があったとしても、それには膨大な体力、そして生命力が消費される。大幅な再生は命の前借りのようなもので、上位の竜のように次元の違う生命力と寿命の持ち主でなければ、その再生能力はすぐに限界を迎える。
この竜なのかそうではないのかわからない生き物が、そのような上位の竜にはとても見えない。仮にここから再生したとしても大きく消耗して、更に弱くなっているはずだ。
本来ならもう強い警戒はしなくていい状況なのだが、何故かザワザワとする。
沌の魔力の影響? それとも胸騒ぎ?
警戒を緩めたらいけない気がして、床に倒れているそいつから目が離せずにいた。
ビクッ!
だらしなく開いて、そこからデロンと垂れた舌が動いた。
やはりまだ生きている。
ビクッ! ビクビクビクッ!!
「ゲッ……ニ……ゲッ…………ワ……ワ……コワ……ワワワワワワ……」
リュウノナリソコナイの体が激しく痙攣し、口からは呻き声が漏れる。
「変な鳴き方の生き物だね。正体もわからないし気持ち悪っ。さっさと首を刎ねちゃおう、そうしたらさすがに動かなくなるかも」
「ああ、そうだな。だが、まだ油断をするな。挙動が読めなすぎるし、弱っているくせに沌の魔力だけは少し強くなった気が――うおお!?」
「うわっ!?」
「カメェ……」
このよくわからない生き物は弱っていっているはずなのに、何故かザワザワとした感覚が消えるどころか強くなっているのが気になり、警戒を強めていたところだった。
激しく痙攣していたリュウノナリソコナイが、痙攣を通り越してのたうち回り始め、傷口からダラダラと流れる血液が周囲に飛び散った。
反射的に血液が飛び散る範囲から離れると、同じくそいつと距離を取ったアベルが風の刃でその首を刎ね、ドスンと頭部が床に落ちた。
それと同時にリュウノナリソコナイが胴体と尾だけになった体を弓なりに大きく反らせ、そして――。
「むあぁぁ……」
「うわぁ……」
「カカァ……」
その光景に思わず声が漏れた。
バタンッ!!
大きく仰け反ったリュウノナリソコナイの体が舞台の床の上で跳ね、足や頭を失った切り口からビシャビシャと赤い血が飛び散る。
俺達が思わず声を出してしまったのはその先。
切り口から吹き出す血液ビチャビチャという音がいつの間にかグチャグチャという音に変わり、傷口の肉が盛り上がり始め、それがだんだんとはっきりとした形になった。
再生。
傷口から生えて来たのは、先ほど俺達が切り落とした前足や後ろ足、そして頭。
だがそれはあるべき場所、あるべき数ではなかった。
切り落とした場所から無秩序に複数の足が生えた。それは前後左右が入り交じった状態。
そして元は頭部があった場所からも足、足、足。
頭は?
それを探そうとした時、ボコリと左前足の部分から頭部が生えて来た。
無秩序な再生。
パーツは竜と呼ばれるものかもしれないが、その全体像はもはや竜とはいいがたいもの。
竜――のなり損ないというより竜ではないナニカ。無秩序な生き物がそこにいた。
お読みいただき、ありがとうございました。




