桁が違う
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「九五!」
「九六!」
「一〇〇!」
「一〇五!」
「一一〇!!」
「一五〇!!」
いや、無理。
手の届く値段だったら欲しかったけれど、世界が違いすぎる。
金貨だと思った? 残念、白金貨だよ!!
金貨の上に大金貨があって、その上が白金貨。
無理無理の無理ーーーーーーーー!!
もしかしたらほら、俺に突然すごい幸運が訪れて、あのクソ高そうな宝石化した竜の牙が安く買えるかなーーーーーーーーなんて、心の中で欲をかいていたけれど、現実は甘くない。
おチヨちゃん、ちょっとくらいならこっそりサービスしてくれてもいいのよ?
チラッ! チラッ!
あ、チョコレート菓子を食べるのに忙しい?
うん、そうだね。やっぱ、身の丈に合わないものを望んではならないよな!
べっ、べべべべべべべ別に絶対欲しいとかじゃなくて、全く買い手がいなくて超奇跡的な格安価格になったら買ったかなーーーーくらいだったので。
うん、元が竜の牙でこの大きさ、この色でこの値段なら高すぎる値段じゃないよね!! 俺には高すぎる値段だけど!!
舞台の上に照明の光を反射し、濃い虹色に光る宝石化した竜の牙。その大きさは司会者の男性の身長ほどある。
背後の幕に映し出される姿を見るまでもなく、俺のいる席からは実物をハッキリと見ることができる。
どんどん上がっていく値段を白目になりながら眺めている。
さすが上級貴族様達のオークション、世界が違いすぎる。
魔物の骨が宝石化したものはサイズの大きなものが多いため、普通の宝石に比べれば随分安いのだが、元が大型の竜系、そして虹色となると装備素材としても装飾品素材としても優秀である。
硬度は低めのため武器や防具には向かないが、付与素材としては非常に優秀で装飾品に加工すれば相当な利益が出そうだ。思わず商売の方面に思考がいったが、このままでも美術品や研究資料としての価値がありそうだ。
ぶっちゃけ欲しい。しかし先立つものがない。
庶民の俺にできるのは、跳ね上がる値段を眺めながら、ギリギリと歯ぎしりをするくらいだ。
いいもんいいもん、いつか自分でこれよりもすごい宝石化した魔物の骨を見つけてやるもん、ぷーん。
「いい値段がついているけど、元のやつはでかいだけであんまりランクの高いやつじゃなさそうだねぇ。どうせ亜竜ぽいし、無理に競るほどでもないかな?」
個室の窓から乗り出すようにしてオークションを見ている俺の後ろで、アベルは椅子に腰掛け優雅にワイングラスを傾けている。
え? 亜竜なんだ、じゃあいらなーい。さすが究理眼、離れた場所からでも正確鑑定。
俺の鑑定は触れたものしかわからないからな。遠目に出品物の外見を観察して、持てる知識や経験からその価値を推測していたが、やはりチートなアベル鑑定には敵わないな。
遠目に見た宝石化した牙という情報だけだと、竜種か亜竜種かまではわからない。
基本的に亜竜種より竜種の方がランクが高いものが多いのだが、亜竜でも上位のものになると下手な竜種よりも強かったりする。
竜やその仲間に分類される種族はたくさんあるが、そのほとんどが亜竜種といわれる竜種の亜種である。
竜種と呼ばれる種族は案外少なく、それらは前足と後ろ足があり、背中に翼を持ち、表面は鱗であるものに限られている。
先日、食材ダンジョンで戦ったレッサーレッドドラゴンがその竜種である。
そういえば、昨日見たシュペルノーヴァはいかにも正統派の竜といった姿だったな。
シュペルノーヴァの実物を見るのは初めてだったが、あまりに竜らしい竜の姿すぎて三姉妹に言われるまで、ただのでかいレッドドラゴンだと思ったほどだ。
ちなみに亜竜種は上級亜竜、低級亜竜、海竜、龍などに分類され、ものすごくたくさんの種類がいる。
亜竜は竜の親戚みたいなものかなぁ?
古代竜は古代竜という種族で、個体によって姿は大きく違い、その姿は長寿の個体ほど、そして純粋な血筋の古代竜ほど竜らしい姿をしているといわれている。
つまりレッドドラゴンと見分けがつかないほど、竜らしい竜の姿をしているシュペルノーヴァは、古代竜の中でも長寿で純粋な血筋の個体だということだ。
そして始祖竜。古代竜以外の竜の原種といわれる原初の竜。
大きくても体長三メートルほどで、四足歩行のトカゲのような体に小さな翼。飛ぶのは苦手であまり強くなく、性格もおとなしくて臆病だ。
こいつは古代竜と同じ時代からいたともいわれ、古代竜以外の竜はこの始祖竜から進化したという。
古い遺跡や古くて深い森、陸から離れた孤島、険しい山の上、活動が活発な火山、氷に閉ざされた場所など人間があまり近寄らないような場所にひっそりと暮らしており、臆病でなかなか姿を見せないため、冒険者をしていてもあまり見かけることがない。
「ひ、ひえぇ~……金額が未知の領域過ぎて想像できません」
「カ? カメェ~?」
キルシェがポカンとした顔をしているすぐ横のテーブルの上で、カメ君がブドウを囓りながら自分の甲羅と舞台の上の宝石の牙を見比べている。
カメ君の甲羅の方が圧倒的に綺麗だけどそれはプライスレスだから、妙な考えを起こすのは絶対にやめるんだぞぉ!?
「白金二〇〇!! 二〇〇以上はいませんか!? いなければ二〇〇で決定です!!」
司会者の声の後、カンカンという木槌の音が競りの終わりを告げる。
うへぇ~、今日見た中で最高値だなぁ。予定表にあった、この後の"断罪の剣"とかいうズィムリア魔法国時代ものらしき剣が本命だと思っていたのだが、この牙が本命だったか?
いや、もしかするとこの後の断罪の剣にはもっとすごい値段がつくかもしれない。
競り落とされた宝石の牙に紫の布がかけられ、舞台から下げられていく。
次はいよいよ、すごく物騒な名前で予定表の中で悪目立ちをしていた"断罪の剣"だ。
いったいどんな剣が出てくるのだろう。ワクワクする気持ちの反面、なんとなくザワザワするのは何かの魔力の気配だろうか?
まだ舞台に上がってきていない断罪の剣だが、舞台の近くで待機している気配なのか?
上級貴族向けのオークションにかけられるだけあって特殊な剣なのだろうか、少し妙な魔力を感じる。俺が苦手な沌の魔力。
ザワザワとした感じがあるのはこの沌の魔力のせいか?
アベルもこのザワザワを感じているのか、落ち着かない様子で髪の毛の先を指でクルクルと弄んでいる。
このザワザワする感じは舞台の方から。
ん? 舞台の方?
先ほどの宝石化した竜の牙が下げられた後、舞台にはまだ何も出てきていない。
なのに舞台の方から沌の魔力?
どこから?
ほんの少しだけ感じる沌の魔力を辿ってみる。
薄い薄い煙が宙を漂うように、生き物が吐いた吐息が空気中に広がるように、薄く広く会場内に漏れ出し散っている沌の魔力。
その源は――舞台の上?
舞台の上?
何故そんなところに?
という疑問より先に、舞台天井の付近に張られている短い幕へと目がいった。
舞台上部の照明器具や仕掛けなど、客席に見せたくないものを目隠しをするためにある幕。
その辺りにユラリとした魔力――いや、気配を感じた。
幕から影が見えた? 幕が揺れて影も揺れている? 舞台床まで垂れている幕ではなく天井付近の短い幕が? あの辺りだけ風が吹いている?
いや、他の幕は揺れていない。
埃。
目を凝らすと、天井から落ち宙を舞う埃が照明の光に照らされてハッキリと目に入り、それと同時に気付く――一部だけ妙に埃の密度が高い。
その光景に既視感を覚えると同時に、自分達のいる個室席の窓に足をかけていた。
「グラン?」
不思議そうなアベルの声。
「舞台の天井に何かがいる!! キルシェ達を頼む!!」
そういって身体強化を発動するのとほぼ同時に、天井の幕の陰から黒くて長い何かがぶら下がるようにズルリと姿を現したのが見えた。
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