過ぎたるは及ばざるが如し
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「二二〇!」
「二二一!」
舞台の幕に映し出されたシュペルノーヴァの鱗の上に表示される数字を、司会役の男性が拡声魔道具を使って読み上げる。
「あわわ……あわわわわわわ……」
その枚数が更新される度にキルシェの表情がどんどん引き攣っていく。
最初のうちはそんなキルシェを微笑ましく見ていた俺も、だんだん笑顔が引き攣り始めた。
何だ、この値段!? 俺の家より高くなってるぞ!?
「ふふふ……、オークションにシュペルノーヴァの鱗をねじ込んだ時に、支配人にオルタ・ポタニコのダンジョンの新エリアの話をしたんだ」
つり上がる値段に悪そうな笑みを浮かべるアベル。
あのダンジョンの新エリアって海底城……違う、一六階層のことか!!
つい先日までいた食材ダンジョンを思い出し、ハッとなった。
「あの砂海エリアか……」
「そっ」
あの明らかにやばそうな難度の砂海エリア。
砂の中を泳ぐように移動する高ランクの魔物もやばいが、灼熱の砂漠という環境もやばい。
砂海に棲息する魔物は魚のような形状のものが多いが、その属性は水ではなく土や火が多い。それに加えてあの暑さ。
高性能の火耐性の装備が命綱になると思われる。
そして新しく発見されたエリア、しかも難度が高いとなれば調査が終わり一般開放された直後は稼ぎ時である。
それに合わせて火耐性の装備を用意するパーティーも出てくるだろう。
しかもあのダンジョンでは未踏破だった一五階層にも新区画が見つかっている。
立ち入ることができるのはAランク以上ではあるが、立ち入れる者が限られるぶん競合も少なく儲けも増える。
しかもあの環境、あの階層で稼げるパーティーは限られているだろう。だからこそ儲けることができる。
王都には高ランクの冒険者が集中している。まだ発見されて間もないが、難度の高い新エリアとなればそちらに出稼ぎにいくパーティーも出てきそうだ。
厳しい階層での新発見はそのパーティーや冒険者の評価にも繋がるため、ダンジョンの新階層は人気があるのだ。
王都とオルタ領は馬車でいくと半月近くかかるが、足の速い騎獣なら十日程度、少々高いが転移魔法陣を使えば領都のオルタ・クルイローには即日でいくことができる。
そこからオルタ・ポタニコは足の速い騎獣なら一日あれば到着する。
冒険者向けの装備品を取り扱う商会を持っている者や、高ランクパーティーの後ろ盾になっている貴族なら、あそこの階層にアタックすることを考えて、圧倒的な火属性素材であるシュペルノーヴァの鱗を欲しがってもおかしくないな。
「砂海エリアが見つかった話はすでに冒険者ギルド経由から漏れてたみたいだけど、詳細まではまだみたいだったから、昨日支配人と話した時に世間話ついでに見て来たことを話しておいたんだ。砂海エリアの難度やばそうとか、その前の海底城エリアには火竜系の竜種がいるとか」
アベルから聞いた話を支配人さんが参加者に話したってことか。
そりゃそうだよな、手数料が落札価格と比例するから高値で落札された方がオークションの主催も儲かるわけだし。
出品者も儲かる、主催も儲かる。落札者も商売人や冒険者の後見人ならダンジョンが解放されれば元を取れる。多分、皆幸せ!!
いや、結構綺麗に磨き上げられているから、ただの古代竜マニアが欲しがってもおかしくないかも?
オークション参加者の安全を考えた仕組みだが、競り合っているのが誰かわからないのが残念だな。
「二二五! 現在、二二五です。これ以上はありませんか!? なければ二二五で決定です!!」
司会の男性がカンカンと木製のハンマーを打ち下ろす音がして、それが落札価格決定の合図となる。
うへぇ、予想していた四倍以上の値段がついたなぁ。
「ひええええ……にひゃくにじゅうご……」
キルシェはその金額に現実味がないのかポカンとした表情になっている。
「一〇〇を越えるくらいはいけると思ったけど、思ったより伸びたね。でもまぁ、あの大きさの鱗ならアクセサリーにすれば複数作れるし、この値段でも十分元が取れる値段だね」
値段が上がるように工作をした本人であるアベルもこの落札価格は予想以上だったらしい。
さすが幸運ギフト持ちのキルシェ。
いや――。
気になっておチヨちゃんの方を見る。その白い髪は相変わらずキラキラと光っている。
照明の光を反射して?
違う。
薄らとおチヨちゃんから上がる光の粒子。
「おチヨちゃん、何かやった?」
俺の問いにニパァと笑うおチヨちゃん。
その反応に少し困惑してしまう。これはどう説明するべきか……。
すぐ近くに違和感しかない魔力があるのに、オークションに夢中になってしまい鱗が落札されるまで気にもとまらなかった。
少し酒を飲みすぎたか? いや、これが運気を操る能力か?
その能力が発動している時は周囲もそのことに気付かないのか? それを含めて幸運というのだろうか?
しかも異常というほどではなく、運が良かったといえば運が良かったで済む範囲。
おチヨちゃんの存在を知らなければ俺も気付かなかっただろう運の良さ。
しかし気付いてしまえば――。
「こんなにすぐ近くにいたのに、すっかりオークションに夢中になって気付かなかったよ。いや、異常というほどでもないから偶然なのかもしれないけど」
シュペルノーヴァの鱗の競りが終わったところでアベルも気付いたようだ。
アベルが前髪をクシャクシャと掻き上げながらため息をついた。
「え? え?」
キルシェはよくわかっていないようだ。
カメ君はもしかしておチヨちゃんの能力自体には気付いていたのかもしれないが、カメ君もまた人の事情には疎い存在だ。
「やっちゃったものは仕方ないね。まぁ俺らは得をした方だから、ありがたいといえばありがたいんだけど」
アベルが複雑な表情でおチヨちゃんに話かけた。おチヨちゃんはキョトンとした顔でアベルの方をみつめている。
オークションという場でとんでも能力を使ったことにも問題があるが、その能力自体、そしてそれを気軽に使ってしまうおチヨちゃん自身が一番問題だ。
もしかるすとキルシェに昼間の恩返しのつもりだったのかもしれない。
「そうだな、おチヨちゃんの幸運をわけてくれたのならキルシェの夢がぐっと近づいたな」
そういうとおチヨちゃんは無邪気な笑顔を浮かべた。
「でもな、その能力は決して他人に知られてはいけないぞ。いや、あまり他人には使わない方がいいかもな。どんなに相手に悪意がなくて親切な人でもだ。いいかい? これは、おチヨちゃんのためでもあるんだ」
俺の言葉におチヨちゃんが不思議そうに首を傾げる。
「いいかい? 人間……いや、生き物は欲深い存在なんだ。どんなに優しくていい人だと思っても、欲により豹変することだってある。君のその幸運を呼ぶ能力は欲に駆られた者を引きつけてしまうだろう。欲は生き物を愚かにし残酷にする、特に人は欲に弱い存在だからね。友情や愛情より欲望を選択する者も決して少なくない。君の身と、そして心の安全のためにもその力はバレないようにするんだよ」
アベルが諭すようにおチヨちゃんに話す、それを不思議そうな顔で聞くおチヨちゃん。
妖精というその時の気分で自分のやりたいことを優先する性質の存在には、俺達が心配することそのものが理解できないのかもしれない。
妖精は欲望のままに生きる気質の存在だから。人が欲のままに行動してもそれは自然なことだと思っているかもしれない。俺達がその結果を気にしてしまう方がおチヨちゃんからしたら異質かもしれない。
だけどこの無邪気なおチヨちゃんが辛い思いをしないために。
妖精だってきっと心を許した相手に裏切られるのは辛いと思ったから。
「君が昼間に捕まっていたのも、その力に気付いた奴が君を捕まえたのだろう?」
俺の問いにおチヨちゃんがコクコクと首を縦に振る。
それを見ながら俺は言葉を続ける。
「悪い奴は悪いことをしようと近づいてくる奴だけじゃない。友達だったり仲間だったり、親切にしてくれた人、助けてくれた人、悪い人とは思えない人。元は悪くない人……いや、親切な人達。誰しも欲に負けて悪いことをしてしまう可能性があるんだ。大きすぎる幸福は人の欲を掻き立て狂わせる時もある。おチヨちゃんの能力を知った俺達が欲に目が眩んで、無理矢理おチヨちゃんを連れ去って閉じ込める可能性だってあるんだ。大きすぎる幸運は矮小な人間には過ぎたものだから」
おチヨちゃんの能力を考えるとその能力を見せる相手すらも幸運に選ばれた相手、おチヨちゃんの利になる相手なのかもしれないが。
冷静に考えれば幸運を呼ぶ能力というのは、能力の持ち主を中心としているだろうし、外部が無理矢理どうこうできるものではない。
幸運にあやかろうとする者の幸運が、幸運を呼ぶ者の幸運とは限らないから。
それに気付けば、無闇に手を出してはならない非常に恐ろしい能力であることがわかる。
だから、過ぎたる幸福という不幸を呼ばないために。
「いいかい、人間には悪い奴がたーーーーっくさんいるからね。どんないい人でも欲に負ける時があるからね。君が辛い思いをしないために、君が心を許した人と良い関係を保てるために、その能力は知られちゃダメだよ? こっそり使うんだよ? いいね?」
「"過ぎたるは及ばざるが如し"って言葉が遠い国にあるんだ。多すぎるのは足りないのと同じ、控えめくらいの方が多すぎるよりいいって意味なんだ。君の恩返しはとても嬉しいことだけど、張り切りすぎなくていいってことだな。ほら張り切りすぎたら疲れるだろ?」
能力を使ったせいか、少し髪の毛の艶がなくなったように見える。
テーブルの上のチョコレート菓子を摘まんでおチヨちゃんの小さな手の上にちょこんと置く。
俺とアベルの伝えたいことは伝わっただろうか?
おチヨちゃんがニコリと笑ってチョコレート菓子を口の中に入れた。
幸せを呼ぶ妖精。
この小さな子がその能力で辛い思いをしないように。
幸せを呼ぶはずが、心ない者のせいで災いを呼ぶことにならないように。
「過ぎたるは及ばざるが如しねぇ。どこの国の言葉? っていうか、グランの収集癖のためのような言葉だね?」
「え? 俺の収集癖は過ぎても及びまくってっから。大は小を兼ねてるから。あとどこの国の言葉だったかは忘れたな~」
やべー、余計なこと言っちゃった。アベルが目を細めてこちらを見ている。
「過ぎたるは及ばざるが如しですかー。何となくわかるようなわからないような? ああー、料理をする時に火が強すぎて失敗するみたいな感じです? 時々やるんですよね、強火でやると調理時間が短くできるかなーってやって大失敗するの」
キルシェのそれはだいたいあっているかな?
「カッカーッ!」
カメ君は何で胸を張っているんだ?
「"でっかいことはいいことだカメ"? 何言ってんの、チビカメの癖に……イタッ! この野郎! リンゴの芯を投げつけやがったな!?」
あー、いつものアベルとカメ君のじゃれ合いが始まりそう。
あまり騒ぐと警備の騎士さんにノックされるぞぉ?
「こういうくだらないことで皆が笑ってて楽しいことも幸せってやつなんだよ」
おチヨちゃんにだけ聞こえるように囁くと、おチヨちゃんがニパァと笑った。
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