増える心配事ちゃん
誤字報告、感想、ブックマーク、評価、いいね、ありがとうございます。
昼食は何故かアベルが奢ってくれるというので、ありがたくもりもりと食べてやった。
パリッと鹿肉ソーセージはハーブが利いて美味かったなぁ。昼間からエールが飲みたい気分になってしまった。
そして食事中、キラキラとした圧力笑顔のアベルに、今朝アベルと別れてから合流するまで何があったのか、俺とキルシェ両方に根掘り葉掘り聞かれた。
え? 少しだけならお酒を飲んでもいい? うーん、じゃあ一杯だけ!
そうそう、今日の話だったよね? 偶然白銀の騎士さんと出会って――変な海エルフと出会って――……あっ! カメ君、それ俺のリビングアーマーフライッ!!
気付いたら、キルシェと逸れていた間のことをだいたい話していたな。特に変な自白剤とか飲まされていないはずなのに、アベルは意外と聞き上手だな。
時々ふぅんとかへぇとか打つ相づちが何故か妙に意味ありげだった気がしないでもない。
キルシェと逸れてしまったのは俺のミスだが、その後必死で探したし、悪い奴らを叩きのめしてキルシェ達を無事に保護したし?
あ、はい、次からは 逸れないように気を付けます。
酒場で少し暴れたのは不可抗力だし、悪い奴らしか殴っていない。だから……ね?
そういえばキルシェと逸れる原因になった屋台の料理、結局そのまま収納の中に入っているな。昼飯を食ってお腹も満たされてしまったし、三姉妹のお土産にしようかな。
アベルに色々と聞かれながらの昼食を済ませた後は、アベルの親戚の貴族が所有するというタウンハウスへ。
いつもバーソルト商会へいく時にお世話になっているお屋敷だ。
今からここでオークションのために念入りにおめかしをされる。そしてオークションの後はここにお泊まりする予定である。
このお屋敷のメイドさん達、プロ意識がすごいというかパワフルというか、平民で平凡な俺をちょっといいとこの子息風に毎回仕上げてくれるのはありがたいのだが、何から何までやってくれて平民で思春期なお年頃の俺は心が折れそうになる。
お貴族様にとってはそれが普通なのかもしれないけれど、平民の俺にとっては風呂から肌の手入れ、着替えまで何から何まで若くて可愛い女性のメイドさんにやられるのはピュアな心に大ダメージすぎる。
えぇと……お風呂一人で入れます。自分で洗えるのでそっとしておいてもらえませんか? それに肌のお手入れいる?
え? 今日のオークションは上流階級の人が多いので、アベルの面子のためにも手を抜くわけにはいかない?
あのぉ……、ここに来る時は毎回綺麗に体を洗って来るようにしていたのですけれど、今日は下町を走り回ったせいで汚れているんですよ。汚いし汗臭いし、麗しいお姉様方に洗ってもらうのは申し訳ないので自分でー、え? やっぱダメ? 仕事? やらないとお姉さん達が怒られる? そうですか……。カメ君も一緒に風呂に入っていい? それならまぁいいか?
貴族の人達ってみんなこんな感じ? そのうち慣れる? いやいやいやいや、俺は平民ですから! たまにドレスコードがありそうな時にお世話になるだけですから!
初めてこのお屋敷でお着替えをした時はびっくりしすぎてパニック気味だった俺も、今ではこんな風にメイドさん達と世間話をするくらいになっている。
世間話をするくらいになっているけれど、やはり何から何までやってもらうのは恥ずかしいし、風呂は一人で入りたい。
あっ、今日は柑橘類の風呂? ああ、前回は薔薇風呂でドン引きしちゃったからね。薔薇より柑橘類の方が俺に似合いそうだと思った? うん、俺も薔薇より柑橘類の方がいいかな!?
なんて感じでメイドさん達との話に夢中になっていると、気付けば服を剥ぎ取られて風呂の中に放り込まれていた。可愛い顔して風呂の世話慣れしているメイドさん達怖い。
そしていつものように丸洗いをされて、めちゃくちゃマッサージをされてー……、あぁ~、マッサージ気持ちよすぎてついうとうとしてしまった。風呂はご遠慮したいけれど、このマッサージなら大歓迎。
カメ君も俺の横に転がって甲羅をシャカシャカと磨かれており、それが気持ちいいのか尻尾がユラユラとしている。
何だかんだで毎日のように筋肉を酷使しているので、美容のためのマッサージでも体をほぐされるのはすごく気持ちいい。
ああ、足の裏とかふくらはぎとかのマッサージ最高に気持ちい……いだだだだだだだだだだっ!! 足の裏っ!! そこめっちゃ痛い!! 何それ、何のツボ!? お姉さん意外とパワフル!! イダッ! イダダダダダダッ! でもギモヂイイイイーーー!!!
マッサージが終わって高そうな服を着せられ、髪の毛をカッチリとセットされ、ここまでですでに疲れ切ってしまい、げっそりとした顔で玄関ホールへ案内されて向かうと、すでに準備の終わったアベルが待っていた。
カメ君もスカーフのように綺麗な布を首に巻いてもらい、それに合わせて帽子とリュックは一度外して収めている。そしてメイドさん達に綺麗に磨かれたせいか、いつもより甲羅がピカピカと輝いている。
俺達の支度は終わったがキルシェはまだのようだ。やはり女の子の身支度は俺達より時間がかかるらしい。
時計を見ればオークションの開始時刻である十七時は過ぎているのだが、アベルは気にした様子ではない。
「時間を過ぎてるけど大丈夫なのか?」
「うん、最初はどうせ後援者のしょうもない話があるから、実際オークションが始まるのは十八時くらいかな? 最初の方はどうせいいものなさそうだったし? 俺達は出品側だし席も確保されているからゆっくりで大丈夫だよ。一応出品物のリストあるけど見る?」
「ああ、見せてくれ。キルシェの番がいつなのかも気になるしな」
アベルに尋ねると、この答え。とりあえずオークションの出品リストを見ながらキルシェを待つとしよう。
パッと見た感じ最初の方は確かにあまり面白そうなものはないな。キルシェの出品しているシュペルノーヴァの鱗は中盤の少し後の辺りだ。
時間的に中だるみする頃だなー。出品物の価値として考えると少し微妙なタイミングだが、ギリギリでねじ込んだって言っていたから仕方ないか。
うーん、リストを見た感じ骨董品やダンジョン産の装備品の出品が多いなぁ。
骨董品には興味がないし、オークションに出品されるようなダンジョン産の装備品は、めちゃくちゃ強かったり特殊な効果が付いていたりするけれど、そういうものは現役冒険者以外にもコレクターが欲しがるから値段が跳ね上がるんだよな。
お? これは大型の竜種の牙が宝石化したものか。綺麗な上に付与素材としてもすごく優秀なんだよなぁ。欲しいけれどお高くなりそうだなぁ。
大昔の魔物の化石が宝石のように変化したもの、魔力が非常に濃い場所で死んだ生き物の骨が時間をかけ魔石化したもの、呪いや特殊な魔法で宝石に変えられてしまったなど、生き物が宝石化した素材は、元の形状を留めているほど高く取り引きされ、また生前強い力を持つものだった場合は非常に優秀な付与素材にもなる。
冒険者をしていてもあまり手に入ることはなく、見た目と能力を兼ね備えているため、オークションに出されて高額で落札されることが多い。
うう~、大型の竜の牙か……実物を見てみないとわからないけれど、弄くってみたいなぁ……欲しいなぁ……いや、下手したら俺の家より高いかもしれないから見ているだけにしよう。
ん? これはズィムリア魔法国初期のネックレス? ダンジョン出土品? ズィムリア魔法国初期のものはダンジョンでもあまり出土がない。歴史はあまり詳しくないけれど、あの国の初期の頃は血で血を洗う戦乱期、下剋上と簒奪の時期だったためか、当時の装飾品って曰く付きのものが多い。つまり呪い付き。
呪い付きで落札者がいなくてお手頃価格なら買ってもいいな。
目玉商品は――これもズィムリア魔法国のものか、こちらは後期のものだな。ふむふむ、断罪の剣? また物騒な名前だな。
ズィムリア魔法国後期は国の安定期だったためか、他の時代に比べ通常の遺跡から出土する数も、ダンジョンで出土する数も多い。
しかもこの時期のものには優秀な装備品や魔道具が多く、コレクターにも冒険者にも魔道具技師達にも人気があり、オークションでやべー値段が付くやつだ。
物騒な名前の剣だし、めちゃくちゃ高値が付きそうだし俺には無縁だな。
オークションの出品リストを眺めていると、玄関ホールに近い階段の上から複数の人の気配がした。
ああ、メイドさん達とキルシェの気配だな。キルシェも支度ができたか。
ほへ!?
手にしていたリストから目を離し、キルシェの気配のする階段の方を見て思わずポカンとしてしまった。
視線を向けた先には、メイドさん達の手でおめかしをされたキルシェ。
ドレスではなく男の子用の礼服に。
「やっぱりおかしいです?」
少し恥ずかしそうにこちらを見る。
フリル付きのシャツにスカーフ。黒いジャケットに膝より少し上までの丈の黒いズボン。ジャケットが揺れるとズボンを吊っているサスペンダーがチラチラと見える。
そしてズボンの丈に合わせた黒いハイソックスなのだが、微妙な絶対領域がっ!!
顔はよく見ないとわからない程度の自然な化粧、髪の毛は邪魔にならないように可愛いピンで留めてある。
その姿はどう見ても儚い美少年。どうしてこうなった!?
若かりし頃のアベルも女の子みたいな儚さのある美少年だった記憶があるが、それとはまた違う方向性の中性的美少年状態。
「いや、似合いすぎてる。しかし何故ドレスかワンピースにしなかったんだ?」
アベルもきっとドレスかワンピースを着せるように、使用人さんに指示をしていたんじゃないかな?
「えぇと、スカートを履き慣れなくてドレスで歩ける気がしなかったのと、ドレスよりこういう服を着てみたかったので?」
「うん、似合ってるから問題ないよ。というかドレスは着慣れてないと締め付けもキツイし、足元も不安定だから、そのスタイルの方がいいかもね。それよりドレスを着たくなかったの? せっかくだからドレスを着たかったんじゃないの」
「うーん、興味はありますがこういう服の方が好きですねぇ。今日会ったルナちゃんが着ていた男の子の服がすごく似合っていたの見たからかも?」
心底ドレスに興味がなさそうなキルシェ。女の子ならドレスーって思うのは男の思い込みなのだろうか?
しかしこれはこれですごく似合っているから問題ないな。いや、このパッと見美少年は別の意味で問題あるかもしれない。
ボーイッシュであっても女の子、そして顔も整っている。日頃から男の子の恰好をしなれたキルシェの雰囲気とその顔立ち、体型を活かした中性的な美少年に仕上がっている。
活かされすぎて、少年らしさの中に女性的な部分が垣間見え、そして子供と大人の狭間という年頃の危うい魅力がバリバリに出ている。
正直、似合いすぎてやばい。
使用人さん達いい仕事しすぎて、保護者のお兄さんの心配事が増えちゃったよ!!
何がやばいって、この状況で人前に出ると絶対変な虫が寄ってくる。
オークション会場なんて、ハゲ散らかした変態成金おじさんや、下半身の躾けがなっていない何でも来いの貴族子息が紛れ込んでいてもおかしくない。そして当然のように少年好きのご婦人や、年頃のお嬢様まで釣り上げてしまいそうだ。
特殊性癖野郎どもも、既婚者も、お嬢様もまずい。
ダメだ、これは俺がしっかり悪い虫をプチッと潰しながら、肉食系女性からもガードしなければ。もちろん俺だけではなくアベルやカメ君にも協力してもらわないと。
もしもに備えて馬車の中で護身グッズをキルシェに渡しておこう。
「それじゃ、馬車を待たせているからいくよ」
アベルに促されて玄関から出ると、家紋は付いていないが妙に豪華な馬車が待っていた。
そういえば王都でおめかしする時はいつもここのお屋敷でお世話になっているけれど、何ていう貴族さんなのだろう。
まぁ、家名を聞いても多分わからないから気にしなくていいか。
帰る前にしっかりお礼をして帰ろう。
お読みいただき、ありがとうございました。




