閑話:王都の休日――とある商人の娘の場合・肆
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「キュッキュッキュッキュー?」
まるで歌うように鳴くエメラルドグリーンのフラワードラゴン。
箱の上から僕達を見下ろすその前足に握られているもの。
「赤いリボン!?」
「エク兄様に貰ったリボン!!」
「キュッキュキュ~~」
フラワードラゴンが持っていたのは、先ほど落としたはずのルナちゃんのリボン。
僕達を小馬鹿にするように鳴き、それをクルクルとマフラーのように自分の首に巻き付ける。
「わたくしのリボン! 返してくださいませ!!」
「キュウ?」
手を伸ばしたルナちゃんを挑発するように鳴き首を傾げた後、タタタッと路地の奥へと逃げ出すフラワードラゴン。そしてそれを追って走り出すルナちゃん。
ああああー、あまり動き回らない方がー、でもリボンーーー!!
どうしようと迷っても、ルナちゃんを見失うのは絶対ダメだと思い、彼女の後を追って僕も駆け出す。
走りながら、所々に小さな飴を置きながら。
カメさんが気付いて追いついてくれるように。一度迷ってしまって、更に現在進行形で迷ってしまっているので、せめてこれからは自分達が一度通った道がわかるように。
「ハァハァ……見失ってしまいましたわ。なんなの変なトカゲ! 珍妙な顔のトカゲの癖に無駄に素速い生き物ですわね!」
肩で息をしながらルナちゃんが悔しそうに地面を蹴っている。
ルナちゃんのリボンを持ったフラワードラゴンを追いかけたのだが、思ったより素速い上に体も小さいため、暫く走ったところで見失ってしまった。
そして更に現在地がよくわからないことになった。
おのれフラワードラゴン。幸運のドラゴンじゃなかったの? もしかすると王都のフラワードラゴンは不幸のドラゴンなのかもしれない。
建物と建物の距離が近く差し込む光が少ない路地裏の道に、建物の上から光が差し込み、昼に近い時間だと気付く。
その光に照らされ、ルナちゃんの眩しい金髪がキラキラと輝く。
貴族――特に階級の高い貴族ほど金や銀の輝かしい色や、混じりけの少ない綺麗な色の髪の毛の人が多い。
純粋に血筋のこともあるだろうが、高位の貴族なら髪は念入りに手入れされ平民なんかと比べものにならないほど綺麗だということもあるのだろう。
ルナちゃんの髪は、非常によく手入れされた全く痛んでいない髪。元から綺麗な金髪だったとしても、丁寧にそしてお金をかけて手入れされたものだというのが、平民の僕の目から見てもわかる。
リボンが解けて髪色が変わったのはリボンに髪色の変わる付与がしてあったのだろう。
グランさんもそういう髪飾りをよく作っていて、うちの店でもそれを取り扱っている。
こんな目立つ髪の毛をしているのなら、その色を隠していたのは正解だと思う。茶色だった時も可愛かったけれど、金髪になったルナちゃんはまさに女神のような美しさ、可愛さである。
グウウ……。
ルナちゃんの金髪に見とれているとお腹の鳴る音が聞こえた。それは僕じゃない。
「どうせ迷っちゃったから、帰り道を探す前に少し休憩しましょうか」
恥ずかしそうにお腹を押さえたルナちゃんに、できるだけ笑顔で提案した。
現在地がさっぱりわからないことも、変なおじさん達にまた絡まれるかもしれないということも不安だけれど、ただ不安に思っていても先には進めない。
まずはできること。
少し休んで、お腹にものを入れて、冷静になってから帰り道を探そう。食べている間にカメさんが追いついてくるかもしれないし。
道端に置いてある木箱の上に座り、持ち歩いている木製のコップを取り出して貰った葡萄ジュースをそれに注ぐ。
アベルさんや三姉妹ちゃん達に教えてもらって少しだけ氷魔法も使えるので、コップを手で包むように持ち葡萄ジュースを冷やす。
暑い日や喉が渇いている時の冷たい飲み物は美味しいし、食品を手軽に冷やすことのできる氷魔法はお金儲けのにおいがしたのでがんばって練習をしたのだ。
最初のうちは少し冷たい水魔法くらいだったけれど、練習を重ねて少しずつ氷を作れるようになって、氷が出せるようになったら今度は加減が難しくて色々凍らせまくっていたけれど、夏になる前になんとかコップに入った飲み物を冷やすことくらいならできるようになった。
「ふう、できた! はい、これはルナちゃんの分」
ひんやりとしたコップをルナちゃんの方に差し出す。
氷魔法は僕にとってはまだ難しい魔法で、コップ二つ分の飲み物を冷やすだけでも魔力を消費した時独特の疲れを感じるし、お腹も妙に空いてくる。
でもいつもより上手く冷やせた気がする。
「あ……ありがとうございます。キルシェさんは氷魔法も使えるのですね。わたくし魔法は苦手ですので羨ましいですわ。エク兄様も氷魔法が得意で、同じように飲み物を冷やしてくださいますの」
「へー、氷魔法ってやっぱりそういう使い方するものなんですね。お世話になっているすごい魔導士の方に指導していただいたのですが、氷魔法ってすごく便利ですよね。それと、この携帯食はお腹に溜まるのでよかったらどうぞ。でも味は微妙なので口直しに先ほど貰ったお菓子も食べちゃいましょうか」
魔物の肉や穀物をすり潰して混ぜ合わせて練り固めて燻製にした携帯食、あまり美味しくないけれど保存も利いて少量で腹持ちもいい。そして冒険者ギルドで安く売っている、駆け出し冒険者にとってもとてもありがたい食料なのだ。
味付けが保存目的の塩だけなのでグランさんの料理を知った後だと、とても微妙な味に感じるけれど。
うーん、甘酸っぱい葡萄ジュースと一緒なら少しはマシかも? 貰ったお菓子を最後に食べれば口の中はお菓子の味になるし?
箱の上に並んで座り、他愛のない話をしながらあまり美味しくない携帯食を葡萄ジュースで流し込む。
「く……、携帯食というのはなかなか独特の味ですね。しかし冒険者になるにはこれを乗り越えなければいけないのですね」
ルナちゃんは暫く悩んだ後、戸惑いながらも葡萄ジュースと携帯食を口に運び始め、その後ものすごく渋い表情になっている。
「美味しい料理を作れる腕と、その材料を持ち運ぶ術、もしくは料理を持ち運ぶ術があれば旅先で美味しいものを食べることができますけど」
グランさんの収納からは美味しいものがポンポンと出てくる。グランさんみたいな能力があればきっと冒険者の生活は通常の何倍も快適で楽しいものになりそうだ。
僕もいつか遠くに行く時、快適な旅になるように収納スキルと料理スキルを磨かないと。
「そういえばエク兄様は、冒険者仲間がものすごく料理が上手いから食には困ってないと言ってましたね。料理がお上手な人とパーティーを組むのもありなんですね。いえ、でもやっぱり冒険者になったらキルシェさんとパーティーを組みたいですわ」
「僕もルナちゃんとパーティーを組んでみたいな。一人で色々なところに行けるようになる頃には、外でも美味しい料理が作れるようにもっとがんばろ」
「わたくしお茶を淹れるのは得意ですけど、料理はしたことがありませんの」
「うふふ、じゃあいつか僕とルナちゃんが一人前の冒険者になってパーティーを組んだら、ルナちゃんがお茶を淹れて僕が料理をすればいいね。その時はもっと美味しいものを食べられるように料理を練習しておくよ」
「ええ、わたくしはキルシェさんの足を引っ張らないように真面目に剣を習って、もっと美味しいお茶を淹れられるようになっておきますわ!」
父ちゃんがいつも"いつかやまた今度はありそうでない"と言っている。
そう、先のわからないことへの返事、いつかやりたいと思っているだけになりやすい返事、全く信用できない返事。
"いつか"なんていつになるかわからない、現実になるかもわからない、不確かな期限。商人としては決して信じてはいけない言葉。
だけどいつか、ルナちゃんと一緒に遠くの町まで行ってみたい。平民と貴族、王都とピエモン、冷静に考えると一緒に冒険者として活動できる日なんてありえないだろう。
それでもやっぱりいつか一人前の商人そして冒険者になった時、もう一度ルナちゃんに会いたいなって、一緒に冒険者として活動をしてみたいなって思った。
「じゃあ"ユビキリ"しましょう」
「あ"ユビキリ"!! しましょう!!」
ユビキリとはアシユに出てくるおまじないで、お互いの小指を絡め約束を守るという誓いを立て最後にその小指を放す。
約束を守る誓いというより、不確かな約束が叶いますようにというおまじないみたいなものだ。
「ユビキリゲンマン」
「嘘ついたら、その身に剣千本立てる」
「「ユビキッタッ」」
まじないの言葉を交互に口にし、最後に合い言葉と共に指を放す。
物語の中だけの架空のおまじない。
だけど、願わくばいつか――。
「キューン」
小指を放した直後に高い音が聞こえてそちらを見ると、大きな犬がお座りをして鼻を鳴らしながらこちらを見上げている。
その視線の先にはルナちゃんが持っているお菓子。
食いしん坊なワンちゃんなのかな? でもそのお菓子はルナちゃんのだからね、さっき会ったワンちゃんにもあげた熊の干し肉をあげよう。
「お肉をあげるから、冒険者ギルドへ行く道を教えてほしいな」
「ワッフゥー」
干し肉をあげるとワンちゃんは口の両端を大きく上げた表情で返事をした。
道案内はワンちゃんがしてくれそうだ。しかし、カメさんと別れてしまいまだ合流できていない。
どうしよう、ずっと同じ場所にいるとまた変な奴らに絡まれるかもしれない。
うーん、うーん。とりあえず冒険者ギルドに行けばグランさんとは合流できるはずだ。無理に自分達だけで探すよりグランさんと合流してからカメさんを探す方が安全そうだ。
念のため、飴を置きながら進もう。カメさんが気付いて追いかけて来てくれるかもしれない。
「先に冒険者ギルドへ向かいましょう。そこでグランさんと合流してからカメさんを探すことにします。念のため目印を残しながら進みますね」
「わかりました。またさっきの奴らが来たら困りますしね」
「じゃあ、行きましょうか。ワンちゃん、冒険者ギルドへ行く道を教えてください」
僕の言葉にワンと応えてくれたワンちゃんの後ろをついて僕らは歩き出した。
ワンちゃんは僕らを優しそうなおばさんのところまで案内してくれた。
そのおばさんに冒険者ギルドの道を尋ねると、今いる場所からだと冒険者ギルドの裏手に出る道があるのでそちらから行くと近いとのこと。
でもそこまでは道が複雑なのでその途中で道を聞くようにと、わかりやすい目印になる建物をいくつか教えてもらって先に進んだ。
おばさんに教えられた通り移動して、近くの人で優しそうな人を見つけて道を聞く。そしてわかりやすい場所まで移動をして、また優しそうな人を選んで道を聞く。
そうやって、複雑な旧市街地の中を進んでいった。
進めば進むほど道が複雑になり不安になるが、近くの人に聞くとこちらであっていると言われ、その先の道を尋ねると快く教えてくれる。
道は狭くて色々な物が転がっている。
うひゃー、道の真ん中にスコップとか危ないなー。
あちらでは汚物処理用のスライムのゼリーを採取して肥料にする作業をしている人がいて、周囲に肥料の臭いが充満している。臭いのがうつると嫌だからさっさと抜けてしまおう。
うわ、上からパラパラと泥が落ちてきたと思ったら、建物のベランダに置いてある植木鉢で猫が遊んでいる。そのうち落ちて来そうで怖い。
あれ? 後ろの方で何かがひっくり返った音がしたけれど、僕らじゃないよね? ああ、おじさんが運んでいた木の実の入った木箱の底が抜けたのか。
後から来る人が踏んづけたら滑ってこけちゃいそう。
たまに明らかに怖そうなおじさんがウロウロしているので、できるだけ視界に入らないように念のため物陰に隠れてそのおじさん達が通り過ぎていくのを待ってから進むようにした。
時々道端に座り混んでいるお兄さん達もいるが、こちらをチラチラ見られるだけであまり実害はない。
ルナちゃんが可愛いから仕方ないけれど、見られて減るとか思うなら目くらましのポーションを投げるけれどどうする? 投げなくて大丈夫?
そうやって進んだ先に、今までの道より遥かに整備された綺麗で広い道に出た。
道の両端に商店が並び、今までの細い道より歩いている人の目につく数も多い明るい道。
細くてぐちゃぐちゃした道を歩いていた時の不安が一気に消し飛んでいく。
「ああー、これが冒険者ギルドの裏手に出る道ですかね」
「多分そうですわね。わたくしの記憶にある地図では、この道はこの旧市街地区の外側に近い通りですね。この道から冒険者ギルドの方へ行く道に繋がっていたのは確かですが、どこかで一度左に曲がらないといけなかった記憶があります」
「あー、そういえば道を聞いた時にそんなことを言われた気がします。違う道を曲がってしまうとまた路地の中で迷いそうなので、近くのお店で道を聞きましょう」
お店なら客商売だし変な人はいないと思う。
「そうですね。あそこの料理屋はどうでしょう。看板が逆さまになっていて妙に目立ってますわ」
ルナちゃんが指差したのは看板が上下逆に取り付けられている、料理屋さん。看板のせいで一度目が行くと、気になって仕方がない。
店の扉は開かれたままだし入りやすそうな気がする。
さっきは残念携帯食を囓っただけだったから、道を聞くついでに何か持ち帰れるものを頼んで、冒険者ギルドに向かって歩きながら食べてもいいかもしれない。
ついでにグランさんとカメさんにお詫びを兼ねて何か買っていこう。
「じゃあ、あそこのお店で道を聞きましょう」
そうして僕達は看板が上下逆の店に足を踏み入れてしまった。
そこがあの男達の溜まり場だとも知らずに。
お読みいただき、ありがとうございました。
今日中にキルシェ視点最後の話更新予定です!!




