閑話:王都の休日――とある商人の娘の場合・壱
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「ああああああああああああ……、ここどこ!?」
「カァ……」
肩の上からカメさんのため息が聞こえた。
やっとの思いで人混みを抜け出すと、そこはグランさんを待っていたベンチのあった場所と似たような場所だったが、そこから見える光景は元の場所とは少し違った。
あああああーーー、僕の馬鹿ーーーーー!! やっぱり、大人しくグランさんを待っておくべきだったーーーー!!
今日、僕という迷子が誕生してしまったのはこの時だった。
今日の僕はグランさんに案内してもらう王都観光でとても浮かれていた。
グランさんと一緒に出かけるのも楽しみだったし、初めての王都も楽しみだった。そして予想通り、グランさんの話してくれる僕の知らない話はとても興味深くて面白くて、初めて見る王都は僕の住んでいるピエモンはもちろん、僕が知っている中で最も都会のソーリスなんかよりずっとずっと綺麗で大きくて、人も建物もいっぱいだった。
グランさんとやって来た、大きな広場にはいたる所に屋台が出ていてたくさんの人で溢れていた。
え? これでまだ少ない? これからもっと増える? ひえええええ、王都ってどれだけの人がいるのだろ!?
早起きしてアベルさんの転移魔法で王都に連れて来てもらい、検問の列に並んでその後暫く歩き回って少し疲れてきた頃、そんな僕を気遣ってくれたのかグランさんが屋台で売っている食べ物を買いにいってくれた。僕はベンチで座って待っていていいと、僕とカメさんを残して。
グランさんが並んでいる屋台は僕が座っているベンチから見える場所。ただ人気のある屋台なのか、ものすごく長い行列ができていたのを覚えている。
グランさんを待っているうちに疲れも取れてきて少し退屈になり始めた。その頃になると周囲に人が増え始め、僕の座っている場所とグランさんが並んでいる屋台の間に通っている道もたくさんの人が歩いていて、グランさんの姿が見えづらくなっていた。
だけどまだまだ列は進んでいなくて、グランさんが戻って来るまで時間はかかりそうだった。
ふと別の方向を見ると、少し離れた場所にあまり並んでいない屋台で飲み物を売っているのが見え、ちょうど喉も渇いてきたしグランさんが食べ物を買っている間に僕は飲み物を買ってこようって思ったんだ。
そんな遠くないしこの距離ならすぐ戻れるし?
そしてこの後、僕はこのことを非常に後悔することになった。
ベンチを立って飲み物屋の列の最後尾へと向かう僕。
「カッ!? カーッ!!」
カメ君が咎めるように僕の髪の毛を前足で掴んで引っ張る。
「大丈夫ですよ、ベンチから見える場所ですし飲み物を買ったらすぐ戻りますよ。ほら、カメさんのもちゃんと買いますから、安心してください」
「カッ!? カッカッカッ!!」
カメさんは僕の護衛なのでカメさんの分も合わせて三つ買うつもりだ。それを伝えるとカメさんは納得したように、僕の肩の上でうんうんと頷いた。
広場内の道を飲み物屋の列の方へと歩いていると、突然進行方向からものすごい人の集団が押し寄せてきた。
何!? あの人の集団!? ほとんどが女の人!? えぇ、すごい熱気と迫力!
そんな人の塊を見るのは初めてで思わず足が竦んでしまい、集団を避けないとと思った時にはすでにその集団に巻き込まれ、まるで急な川の流れに流されるように人の波に流されてしまった。
そして漸く人の激流から抜け出したと思ったら、元いた場所と似てはいるけれど違う場所。周囲は人だらけで視界も悪く、グランさんの姿を見つけられないどころか、元いた場所を見つけることもできない。
初めての王都に浮かれすぎた僕は、大都会の人の波の恐ろしさを身を以て知るはめになってしまった。
やっぱりベンチで大人しく待っておくべきだった。カメ君の警告を聞いておくべきだった。
そう後悔してもすでに手遅れで、暫く元の場所を探してうろうろとしたものの現在地すらわからず途方に暮れるしかなかった。
「素直に冒険者ギルドに向かう方がよさそうですね」
「カカッ!」
これは無闇に動き回るより、逸れた時の待ち合わせ場所に向かう方がよさそうだと思い広場の出口を探して冒険者ギルドに向かうことに。
広場内の大きな道は人で溢れているので、外周付近の細いけれど人の少ない道を見つけてそちらに移動。広場とその外を仕切っている植え込み沿いに歩けば出口に着くはずだ。
こちらは道が細く日陰で少し暗いけれど人は少なくて歩きやすい。
「カメさんごめんね。今日はちょっと暑いから喉は渇いてない? お腹は空いてない?」
「カッ! カカカッ!」
問いかけるとカメさんが後ろ足で立ち上がり前足を僕の顔の前に差し出したので、収納に入っていた小さなリンゴを取り出してカメさんに渡した。
カメさんはうんうんと頷いてそれを受け取り、尻尾でペチペチと僕の肩を叩いた。
それはまるで僕を励ましてくれているようでとても嬉しかった。そしてなんだかわからない安心感があった。
グランさんがダンジョンから連れて帰って来た綺麗なカメさん。
三姉妹ちゃんの水鏡の魔法でグランさん達がダンジョンにいる時の光景を覗いた時にも時々映っていたのを覚えている。
小さいカメさんなのにグランさん達と一緒にすごく強そうなダンジョン生物と戦っていた。あのアベルさんに水鉄砲を当てまくっていた。
小さいけれどきっとすごいカメさんに違いない。
「グランさん、心配してそうだなぁ。冒険者ギルドまで行って合流できたら、まずグランさんに謝らないといけませんね。カメさん、よろしくお願いします」
「カカッ!」
声をかけるとリンゴを囓るのを一旦やめて、片方の前足を挙げて応えてくれた。
大通りに出る出口を探して人通りの少ない広場の外周の植え込みに沿って続いている道を歩いていると、少し大きめの木が植えてあり視界のよくない場所でガラの悪い男の人が三人ほど固まっているのが見え、その会話が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、可愛いお嬢ちゃん貴族の子でしょ? 一人で何してるの? もしかして迷子?」
「お兄さん達が一緒に連れの人を探してあげようか?」
「あっちのお店でゆっくりお話ししない? その間に家族の人を探してあげるよ?」
言葉だけ聞くと男達は迷子の子を保護しようとしているようにも聞こえるけれど、その雰囲気は威圧感があり迷子の子を安心させるような話し方ではない。
冒険者になった僕にはわかる。あの男の人達は強くはないけれど威圧スキルを使っている。
だけどその男達があまり訓練していないだけなのか、それとも無意識に使っていて弱い威圧なだけなのかはわからないけれど、何度か見たことのあるグランさんの威圧スキルに比べると獅子と子猫くらいの差がある。
「いいえ、結構です。それにわたくしは迷子ではございません。わたくしは広場の催しものを見て、今は休憩をしているだけです」
男達の誘いをキッパリと断る、強い口調の高い声が聞こえてきた。だがその声の主の姿は男達の陰に隠れ見えない。
もしかすると、道からは見えないように囲んでいるのだろうか。
「催しものを見に来たの? じゃあ俺達と一緒に回ろうよ」
「疲れてるならいい休憩場所も知ってるよ」
「一人で回るより俺達と回った方が楽しいって」
男達が"可愛いお嬢ちゃん"に話しかける声を聞きなら、そのお嬢ちゃんの姿が見える場所に移動する。
ミルクの入った甘いお茶のような、優しい薄茶の長い髪を赤いリボンでポニーテールに結っためちゃくちゃ可愛い小柄の女の子。
見るからに貴族のような雰囲気――ものすごく高そうな服を身に着けている。お金持ちの女の子が好んで着るような、物語の中の貴族の女の子が着ているようなドレスやワンピースではなく、男の子が着るようなスラックスにジャケットのスタイル。
腰にはシンプルだが上品なデザインの細長い武器の鞘。アレはレイピアという武器かな?
その上品な鞘と白の多い生地に金色の糸の細かい刺繍、それに加え金色の縁取りのある服装という出で立ちが、どっからどう見てもお金持ちの貴族の子という雰囲気を醸し出している
まるで絵本の中に出てくる貴族のお嬢様みたいな女の子。
田舎育ちで貴族をほとんど見たことのない僕でもわかる。間違いなくお金持ちの貴族のお嬢様だ。
貴族のことはよく知らないけれど、こんなお金持ちそうな貴族のお嬢様が保護者も護衛もなしに一人で出歩くものなのだろうか?
僕の知っている貴族といえばアベルさんだけれど、アベルさんは例外中の例外だと思うので参考にならない。
アベルさんより本で読んだことの方が参考になるかもしれない。
僕が読んだことのある貴族が登場する本では、貴族のお嬢様は護衛や強い人と一緒に外出をしていた。そして、一人で外出するとまさに今目の前で起こっているようなトラブルに巻き込まれていた。
可愛くて非力なお嬢様に迫る悪者達、それを颯爽と助けるヒーロー。
周囲にはヒーローらしき人はいなさそうだけれど。
女の子は心底迷惑そうな表情だけれど気が強い子なのか、男三人に囲まれて怯む様子はない。
「いいえ、いりません。楽しいどころか、不愉快です」
女の子がキッパリと断る。
「そう言わずに」
男の一人が女の子に手を伸ばすのが見えた。
これはやばいやつかも。
その瞬間、女の子の手が腰の細剣の柄にかかるのが見えた。思ったより速いし、ものすごく慣れている。
でもこんな所で刃物沙汰はいかに貴族でもまずいのでは!?
だから咄嗟に叫んでしまった。
「騎士さーん! こっちですーー!! 女の子が男の人に囲まれてますー!!」
「騎士だと!?」
「え?」
王都に来て、金属製の全身鎧に顔の見えない兜を着けた騎士さんが町を警備しているのを何度も見た。特にこの広場周辺は催しものがあるせいか全身鎧の騎士さん、そしてチェインメイルの兵士さんがよく歩いている。
ここは人通りが少なく、騎士さんも兵士さんの姿もない。だけどとりあえず叫んでみた。
僕の声に反応して男達がキョロキョロと周囲を見回し、女の子から注意が逸れた。
女の子も細剣に手をかけたまま動きが止まり周囲を見回している。
「こっち!」
僕は女の子に手を伸ばし、その手を掴み引っ張って男達から彼女を引き離しそのまま走り始める。
「ホントは騎士さんはいないけど、今のうちに人の多い所まで逃げますよ」
「え? 騎士はいないの? え、ええ、ええ、逃げますわ」
掴んだ女の子の手が僕の手と違ってサラサラで柔らかくて、少しドキドキしてしまった。
貴族の女の子の手ってこんなに綺麗で柔らかいんだ……あ、でも小さな剣ダコみたいなのがある。やっぱり先ほどの剣に手をかけた動きは本物だったんだ。
咄嗟に手を握ってしまったけれど平民の僕なんかが貴族のお嬢様の手を握ってよかったのかな?
だけれど今はそんなことを考えている場合ではない、この子をあの男達から引き離さなくては。
「逃げたぞ!」
「追いかけろ!」
「待て!」
男達が後ろから追いかけて来る声が聞こえる。
「カッ!!」
カメさんの声がしてすぐ後ろでひんやりとした感覚がしたので振り返ると、大きな水球が僕達の背後に発生してパァンと弾けるのが見えた。
そしてその水しぶきを浴びた男達が足を止め、目を擦り始めた。水属性の幻影系目くらましの魔法だろうか。
「カメさんありがとう」
「カメッ!」
「あそこの植え込みの隙間、わたくし達なら抜けられますわ。あの男達には無理な幅だからあそこを抜けてしまいましょう」
植え込み沿いの道を人の多そうな場所を目指して走っていると、女の子が前方の下の方を指差した。その先に見えたのは高さ一メートル半程の植え込みの根元近くにあるあまり大きくない隙間。
確かにこのくらいの隙間なら小柄なこの子や僕ならくぐり抜けられる。
「そうだね、じゃあ先に行って。僕がアイツらが来ないか見ておくよ」
「あ、ありがとうございます」
女の子を先に行かせ、後ろを確認する。カメさんが魔法で足止めしてくれたおかげで男達との距離が開き、その姿は僕達の場所からは見えなくなっていた。
女の子が植え込みをくぐったのを確認して、僕は身体強化のスキルを使ってその植え込みを飛び越えた。
まだまだ練習中なのでたいした効果はないけれど、このくらいの高さの植え込みならなんとか飛び越えることはできる。
「キャッ!?」
植え込みをピョーンと飛び越え、女の子の横に着地する。
僕が飛び越えてくるとは思わなかったようで、驚かせてしまったようだ。
僕には出せないような可愛い悲鳴。なんだろう、同じくらいの年の女の子だと思うけれど、僕とは全く違う生き物に見えてしまう。
まぁ貴族と平民だからそれくらいの違いがあって当然かも?
「お待たせ。さっきの奴らはまだ来てなかったけど、もうちょっと離れた方がいいかも」
女の子を安心させようと思い、できるだけ笑顔で手を差し出した。
お読みいただき、ありがとうございました。




