幸福を呼ぶ妖精
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「ふいい、だいたい片付いたな?」
パンパンと手を叩きながら周囲を見回す。
「裏にいた奴らは逃げたかもしれないね。まぁいいや、どうせ捕まえてもまとめ役と実行犯以外はたいした罪に問えないし、どうせ逃げた奴らもこの辺の住人だろうし探そうと思えば探せるな」
カウンター奥の出入り口を俺が封鎖したため、店の奥にいた奴らの一部は表に回って店の入り口から入ってきた者もいるが逃げた奴もいるようだ。
ちょーっと、店の中が大変なことになったが、踏み込んだだけで刃物を持ちだしたのはこいつらだし、理由は知らないがキルシェ達が店の奥から出てきたし、そしてキルシェの腕の中ですやすやと寝ている謎の妖精。
うむ、だいたいこのおっさんどもが悪いな!
勢いで叩きのめした奴らを縄で縛っていると、バタバタと複数の足音が店の外から聞こえて来た。
む? チンピラおじさんさん達の追加か!?
「騎士団だ! 大人しくしろ!!」
「この酒場でチンピラがケンカしていると聞いた!!」
店の扉を勢いよく開ける音と共に金属製の鎧のガシャガシャという音をさせて、灰銀色のフルプレートアーマーで固め、すっぽりとクローズドヘルムを被った騎士が三人、店の中に踏み込んできた。
これだけ大騒ぎをすれば近所の人が通報しますよね。
ケンカというか悪い奴を懲らしめてましたー! 詳細はそこのピカピカの騎士さんに聞いてくださーい! 俺は何も悪くないでーす!
「武器を置いてー……あっ! 隊長!? うっわ、どうしたんですかこれ?」
灰銀色の騎士さんの人が白銀の騎士さんに気付きビシッとした姿勢になりつつも、すっかりグチャグチャになった店内の光景に困惑した雰囲気になった。
ああ、やっぱこの白銀の騎士さん偉い人だったんだ。
「やっと来たね。セレは見つかったし、重要参考人達はもう片付いちゃったし、ついでに芋づるで色々出てきそうな店だったし、君達ちょっと来るの遅くなぁい? まぁいいや、そこに転がってる奴ら全部拘束して、それから店の奥に何かあると思うからそこの調査。それが終わったらそこの赤毛君と青髪のエルフ君から事情聴取、こちらの二人の聴取は俺がやっておくよ。って一人足りないけどどうしたの?」
隊長さんが店に入ってきた三人の騎士にテキパキと指示を出し始める。
うげ、事情聴取!! やべぇ、アベルとの約束に遅れる!!
時計をチラリと見ると、約束の時間まであと一時間ほど。オークションの開始の時間までは余裕があるが、アベルとの待ち合わせ時間には間に合わなくなりそうだ。
俺は付きそいだから鱗の持ち主であるキルシェだけでもアベルと合流できればいいのだが、キルシェは酒場で何があったか知る当事者だからなぁ。
「それは隊長が急に馬を置いて走っていくからですよ。一人は大通りで馬の番をしてますよ。あと、途中で弟君に会って協力してもらいました」
「ああ、そういえば馬を大通りに置きっぱなしだった。それより、エクシィが来てたの? ああ、そうだよね……なるほどそれで赤……。それでうちの可愛い弟は?」
部下さん達の苦労が垣間見えた気がする。
「その可愛い弟君でしたら、そこの通りに出た辺りで近所の住人にここでチンピラがケンカしているという話を聞いた時に、急用を思い出したって慌てて帰っていきましたよ。もしかしたら隊長の所業にお気付きになられて、後始末の準備に戻られたのかも? さすがすごく優秀で先読みのできる弟君ですね。それでこれを隊長に渡すようにと預かってきました」
「さすがエクシィ、気が利くなぁー、え? 手紙? 手紙なんて回りくどいことをしないで、お兄ちゃんに会ってから行けばいいのに。うちの可愛い弟は恥ずかしがり屋なんだからー……ふぉっ!?」
部下の騎士さんがピラリと出したメモのような紙を隊長さんが受け取り、緩い空気を醸し出しながらそれを見ている。
その雰囲気からして弟さんが会いに来なかった理由を察した気がする。この白銀の隊長さん、たぶん兄弟愛が重いタイプだ。
そして弟さんからのメモを受け取った隊長さんの空気が少し変わった。何か重大なことでも書いてあったのだろうか?
「そ、そうだな。現場検証を優先するかなぁ。キルシェちゃんだっけ、ここでは簡単に事情を聞くだけにして……そうだね、明日! 明日の午前中ちょっとだけ確認させてもらうことにしようかなぁ。赤毛君もキルシェちゃんを探してただけみたいだし、一緒に明日かな!? うんうん、冒険者ギルドに問い合わせれば君達のことはわかるよね?」
「あ、はい。俺は今の所属はピエモンですが、元王都なのでギルドに問い合わせてもらえればわかるかと。キルシェもピエモン所属です。明日まで滞在予定なので明日の午前中に、騎士団の事務所の方へお伺いします」
何だかわからないけれど今日はすぐ帰らせてもらえるらしいぞ。
よかったよかった……いや、よくない!!
チラリとキルシェの方を見ると、キルシェが抱えている白髪おかっぱ妖精が少しだけ目を開けこちらを見た気がした。
ヒッ!? この妖精起きてる!?
いや、それより先ほどから気になっていること――カメ君どこ!?
「赤毛君達は明日また詳しい話を聞くとして、暇そうな海エルフ君は――あれ? あの変な海エルフどこ行った?」
カメ君がいないのが気になって周囲に視線を走らせていたのだが、隊長さんの声で青エルフ君がいつの間にかいなくなっていることに気付いた。
「あらぁ? ついさっきまで色々お話をしてくれてたのですけど、どこに行かれたのでしょう?」
セレお嬢様がぽわんとした口調で首を傾げているが、あのチンピラ海エルフ逃げやがったな!?
変態臭とストーカー臭のするエルフだったのでお話を聞いておきたかったのだがちくしょう!
「ちくしょう、逃げたか! やはり怪しい海エルフめっ! くそ、外にもいない!! 逃げ足の速い奴め、だがあんな目立つ奴なんて探せばすぐ見つかるだろう……ふふふ、見つけ出してこってりと絞り上げてやるからね」
「カメェ?」
店の入り口から外に顔を出して悔しそうに床を蹴っている隊長さんの背中を見ていると、聞き慣れた声がして隊長さんの足元を縫うように、青い小さな亀がチョコチョコと店内に入って来た。
「カメさん!」
「カメ君!」
俺とキルシェの声がハモった。
「よかった! 途中で逸れちゃって心配してたんですよ。追いつけるように目印の飴を置いてたのがわかったのかな?」
「カメェ……」
カメ君が申し訳なさそうに長い首をションボリと下に下げる。その頭には帽子はない。
置いてあった飴はそういうことか……キルシェと一緒にカメ君がいるからと安心していたが危なかったな。
しかし無事に合流できたことを喜ぶべきか。
「お帰り、カメ君。カメ君も無事でよかった。帽子なら取り返したよ」
「カッ!? カカッ!!」
収納から帽子を取り出ししゃがんでカメ君の頭の上に載せてやると、驚いたような声を出しながら前足で帽子を触ってその存在を確かめ、キュッキュッと帽子のポジションを調整するカメ君。
尻尾がブンブンと上下に揺れているので嬉しいのかな?
帽子が戻って来て納得したのか、カメ君は機嫌良さそうな表情でいつものポジション、俺の肩の上にピョコンと飛び乗った。
キルシェとは逸れてしまったようだが、みんな無事だったしカメ君は帽子を気に入ってくれているようだし、これはこれでよしとしよう。
キルシェ達は無事に保護できた、カメ君も逸れていたようだが無事に合流した、残る問題は……。
「キルシェ、その妖精らしき子供は?」
幼い子供の姿をしているが子供かどうかも怪しい。
「えぇと、道に迷ってこのお店で道を聞こうとして入ったら店にいた人達に捕まって閉じ込められて、そこにこの子も閉じ込められていて一緒に逃げて来たんです。フラワードラゴン達は逃げる時に助けてくれたんです」
どうしてよりによってピンポイントでこの店で道を聞いてしまったんだ!?
しかもそこで謎の妖精を見つけて一緒に連れてくる辺り、キルシェらしいというか、キルシェのギフトのせいなのか……。帰ったら妖精の恐ろしさについて少し教えておいた方がいいかもしれない。
キルシェの腕の中ですやすやと眠っているように見えるこの妖精も、実はやばい妖精かもしれない。
海エルフ君は幸運を運ぶ妖精とか言っていたな。これもまたキルシェのギフトが引きつけた……いや、この妖精が幸運系のギフトを持っているキルシェを呼んだのかもしれない。
キルシェの周りにはチョロチョロといる数匹のフラワードラゴン、店の棚の陰から様子を窺っているのもいる。こんな数のフラワードラゴンを見るのは、キルシェがいる時にピンクのフラワードラゴンに遭遇した時以来である。
このフラワードラゴン達ももしかするとこの妖精が――。
「キルシェ、とりあえずその妖精をこっちに。もしもどこからか連れて来られたのなら、元の場所に戻してあげないといけないからな」
妖精だから自分で去っていかないのなら、一旦冒険者ギルド預かりになるかなぁ。
「そうだね、遠くから連れてこられて自力で帰れないというのなら、こちらでその場所に戻れるようにしてあげないとね。あの海エルフ君は幸運を呼ぶ妖精と言っていたが、妖精の力なんて人間が無理矢理どうこうできるものじゃないからね。意思疎通ができるのなら話を聞きたいところだが――」
カッ!!
「うお!?」
キルシェから白髪おかっぱ妖精を引き取ろうと手を伸ばしたら、突然妖精が目を大きく開き反射的に手を引っ込めた。
ヒッ!? もしかしてキルシェがいいの!? 幸運のギフト持ちだから相性がいいのかな!?
「あっ」
俺が手を引っ込めた直後、キルシェの腕の中からおかっぱ妖精ちゃんがピョンと床に飛び降り、キルシェが小さな声を上げた。
床に降りたことによりその妖精の全身を見ることができるようになった。
見た目は人間の子供とほぼ変わらず、人間にすれば三歳くらいだろうか。小さな子供のようだが耳の部分だけ蝶の羽、そして身に着けている服はユーラティアではあまり見ない服、どちらかというとシランドル系だろうか。
ボタンなどはなく太い帯で縛る形の服で、帯は後ろで大きな蝶結びになっている。そして切れ長の目とあまり彫りの深くない顔立ち、パツンと切りそろえられた髪の毛は、その身に着けている服と相まってなんとなく懐かしい印象を受けた。
床に降りた白髪妖精ちゃんはキルシェの方へ向いて深く一礼、そしてセレお嬢様の方を向いてまた一礼、俺と白銀の隊長さんにも一礼をして、最後に笑顔でヒラヒラと手を振った。
直後、妖精ちゃんの輪郭がわさわさと崩れて無数の蝶になり宙に舞った。
その蝶から虹色に光る鱗粉が飛び散り、乱闘でめちゃくちゃになった店内が一瞬で幻想的な光景に変わった。
「キュキュキュキュー」
フラワードラゴン達の高い鳴き声が聞こえて、パタパタと小さな足音と共にどこかに走り去っていく気配がする。
だが、そんなことより蝶が舞い降り注ぐ虹色の光から目を離せずにいた。
その光が消えると、おかっぱの妖精が変化した蝶も、周囲にいたフラワードラゴン達も全て姿を消しており、手の中には七色の筋が入った飴のような小さな石が残っていた。
鑑定してみたが俺の鑑定スキルが足りないのか、いまいちよくわからない内容だ。
【チョウピラコのお守り】
レアリティ:A
素材:???
品質:特上
属性:聖
効果:災い転じて福となす
感じからして幸運系のお守りなのだろうか? おかっぱ妖精ちゃんのお礼なのかな?
見ればキルシェとセレお嬢様、そして白銀の隊長さんも、俺と同じような石を貰ったようだ。
その中でもキルシェとセレお嬢様のが大きいのは彼女達があの妖精を助け出したからなのだろうか?
「カァ?」
カメ君の声がしてそちらを見ると、何故かカメ君も同じように石を貰っていた。
逸れている間カメ君も妖精にお礼をされるようなことをしたのかな?
「あああああー、証拠の妖精がっ! いや、目撃者はこれだけいるから問題ないかな? この石も証拠になるかな?」
店内に飛び交っていた蝶が消え、我に返った隊長さんが叫んだ。
あ、そっか、何の妖精かわからないからそっち方面の捜査ができないのか。騎士さんも大変だなー。
「自分は東の方の出身ですが、そっちの方では白髪で蝶の羽の形をした耳を持つ子供の妖精はまったく戦闘力はないのですが、住み着いた家に幸福を呼び込む妖精だとか、その妖精が去るとその家は衰退するとか、その昔口減らしで殺された子供が妖精になったものだとかって話がありますね。その子供の間引き方というのが臼で――」
一人の騎士さんはボソボソと低い声で話し始めた。
おい、その先は間違いなく怖い話だろ!?
バタンッ!!
騎士さんのほの暗い口調で思わず他の者が無言になり微妙な空気が漂い始めた時、突然入り口の扉が音を立てて閉まり、口から内臓が飛び出すんじゃないかってくらいびっくりした。
これからキルシェ達に詳しい話を聞かないといけないのに、背中がゾクゾクするような気分になった。
お読みいただき、ありがとうございました。




