羊のように従順に
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「随分奥まで来てしまったな。赤毛君はこの辺りの地理に詳しいんだったね」
「え? 詳しいってほどではないっすね。もう暫く来てないし、この辺りまで来るとさすがにフィーリング? まぁ適当に歩いてれば帰れると思いますよ」
「賢い俺様は真実がわかるぞ。実は道がわからなくなってるだろ? 自覚はないが迷子ってやつだろ?」
「失礼だな。確かにこの辺りはもう全く知らない道だが、俺の探索スキルがあればきっとたぶんだいたい問題ない。まぁ、道なんて歩いてればどこかに繋がってるもんだし、ここまで来たんだから帰ることもできるだろうし、道は切り開くものでもある」
「物理的に切り開くのは問題しかないからね」
ぶっちゃけキルシェ達の痕跡を追うのに夢中で、よく知らない道に入り込んでしまった。まぁ、この辺りは入り組みすぎていて、もともと部外者は勘で歩くような場所だしな。いちいち細かいことを気にしていては、このゴミゴミとした場所ではきりがない。
ほらまた、ゴミ箱がひっくり返っているし、鶏が走り回っているし、ガラの悪い男がこちらにぶつかりにくるタイミングを狙っている。
それより飴の残りが少なくなってきたのか、その間隔が長くなってきたうえに、先ほどから足跡もあまり残ってなく海エルフ君の鼻頼りの追跡になっている。
その海エルフ君の嗅覚も、建物の密度が増し道が更に複雑になってきて、においの方向はわかるが、細かい位置までは掴めなくなってきて追跡速度は落ちていた。
「あっちの方向なのはだいたいわかるんだけどなぁ」
ぽりぽりと頭を掻きながら海エルフ君が指を差す方向には、お世辞にも綺麗とはいえない集合住宅がいくつもあり、その周辺には木箱や樽などが乱雑に積み上げられ視界も道も悪い。建物の隙間を通る細い道では住人達が作業をしていたり、ガラの悪い奴らがたむろしていたりする。
「その辺の人に聞いてみるかねぇ。聞き込みも騎士の仕事だからね」
「そう素直に答えてくれるかなぁ……」
俺の心配もよそに騎士さんはスタスタと目に付いた若者の集まりの方へと歩いて行く。
仕事上聞き込み作業に慣れているのだろうが、ここはお上品な表通りとは違い、貴族や役人に反抗的な奴らがほとんどの場所だ。
すぐに俺も騎士さんの後を追う。
「ねぇ、そこの君達、ここの辺りで女の子の二人組を見かけなかったかい? 片方は金髪ですごく目立つと思うんだけど?」
「もう片方はショートカットのボーイッシュな子だから男の子に見えたかも?」
乱雑に散らかった道の端に座り、怪しい葉っぱを丸めただけの煙草をふかすガラの悪い若者達に騎士さんが声をかけ、俺がそれに補足する。
「あぁん、何だおっさん? 人にものを聞く時はそれなりの礼ってやつがあるだろう?」
おっさんは俺ではなくてこの騎士さんのことだよな?
「ここはキラキラの騎士様の来るような場所じゃないぜー」
まぁそうだよな。ここは王都でも治安の悪い場所で衛兵や騎士も複数で来る場所だからなぁ。
「ふふふ、礼がなってないくそガキはどっちかなぁ? あぁ? 俺は今急いでるんだ、さっさと……」
この騎士さん話し方は穏やかだけれど、思ったより沸点が低いなぁ。ははは、路地裏の若造に少し煽られたくらいで……まぁ、その若造達はたぶん俺より年上だと思うけど?
俺は前世があるぶん精神年齢が高いだけで、リアル年齢はぴっちぴちの十代だからな。
騎士さんがうっかりこの若造達を斬り捨てる前に精神年齢の高い俺が、こいつらから話を聞こう。
「まぁまぁ、騎士さん落ち着いて……ここは俺に任せて。ほら、コレをやるからちょっと知ってることがあったら教えてくれないかな?」
マジックバッグから取り出すように見せかけ収納からお手製の煙草を取り出し、それをたむろしている若者達に一本ずつ渡した。
「うぇ、何だそれ、ものすごく甘いにおいがする……うっ」
俺の横で青エルフ君が微妙な顔をするが、肘で脇腹をつついて黙らせる。
「お? 気が利くじゃねーか。へぇ、紙巻きでフルーツ系のにおいで甘口か? なかなか、悪くないな」
俺が渡した煙草を若者の一人が口に咥え火を付けると、周囲に爽やかで甘い香りが広がる。
その香りに釣られて他の若者達も俺が渡した煙草に火を点け始める。
煙草が嗜好品であるのは今世でも同じで、値段もそれなりにするため質の良いものは金持ちが吸っているくらいだが、たまにこいつらのようにそれを真似て乾燥させた植物の葉を丸めただけのものに火を点けて吸う者もいる。
だいたいちょっと気持ちの良くなる効果のある妙な薬草系のものだが、中には麻薬に近いものもある。
前世のように葉を小さく刻んで紙で巻いた煙草は値段が高く、こんな場所で暮らしているような者は吸うことはない。
俺が取り出したのも正確には煙草ではなく、乾燥させて細かく刻んだ羊草という薬草を紙で巻いただけのものだ。
羊草――白い短い毛が生えたフカフカの葉で甘い香りのする薬草。その名はその効果から来ている。
強いリラックス効果で思考を鈍らせ、どこまでも従順な羊のように、他人の指示に素直に従いたくなる効果。自白や洗脳用の薬の材料になる薬草だ。
うちの裏の森に生えているからつい採ってきてしまって、何かに使えるかと思って煙草状にしてみたけれど、効果が物騒すぎて使い道に困ってたんだよね。
物騒な薬草だがポーションではなく煙草なら意志の強い者には効かないし、そこまで強力な強制力もないから、自然な流れの誘導ができる程度の効果だ。
ちょっと気分良く素直にお話ししてもらいたい時に役に立つお煙草だ。
いやー、役に立ってよかったよかった。
「それでさ、黒髪のボーイッシュな子と金髪のお嬢様っぽい二人組は見なかったかな?」
俺が渡した煙草を機嫌良さそうに吸っている若者に尋ねる。その目はすでに少し眠そうにトロンとしている。
「ああ、どれくらい前かな、そこの道を入って行ったよ」
「そうそう、金髪の子が可愛かったから声をかけようと思ったんだ。一緒にいたガキは弱そうだったし?」
ははは、人を見た目で判断してはいけないぞぉ? キルシェは小柄で弱そうに見えても魔法も収納スキルも使えるからな。それにカメ君が一緒だから舐めてかかると痛い目をみるぞぉ?
「通り過ぎた後、後ろから声をかけようとしたら、ほらそこの立てかけてある梯子があるだろ? あれが突然倒れてきて、こっちの木箱に当たってひっくり返って、その下にある鶏小屋の扉があいて鶏が逃げ出して、その騒ぎで近くのおばちゃんが出てきて俺達がやったと思われて怒られるし?」
「そっそ、それを直しているうちにもう姿が見えなくなってたんだよな」
これは幸運ギフトの恩恵か? ともあれ変に手をだして反撃されなくてよかったな。そう思うとこいつらも運がいいな?
すらすらと答えてくれる若者達に続けて質問をする。
「彼女達は誰かに追われているような感じはなかったか?」
「んー? 普通に歩いてたと思うけど?」
「あ、でもその子達が通り過ぎてそこを片付け終わった後に、ガラの悪いおっさん達がウロウロしてて同じ道へ進んで行ったおっさんもいたな」
ガラの悪いおっさんか……やはり騎士さんが言っていた誘拐組織とかいうのに目を付けらているのか?
しかし歩いているということは、キルシェ達はただ迷っているだけか?
どちらにせよ、早く追いついた方がいいだろう。
「情報助かったよ。煙草を吸い終わったら、この飴でも舐めておくといい。煙草臭い息は女の子に嫌われるぞぉ。それから火の始末には気を付けろよ、この辺りは建物が密集しているから火事になると大変だからな」
「お、飴までくれるのか? そうだなー火事はこえーし、煙草くせーと女の子にも逃げられるし、あれ? 煙草っていいことねーな?」
このまま羊草の効果が残っていると危険なので、ニュン草で作った覚醒作用のある飴を解毒用に渡しておく。
「ははは、煙草じゃなくて薬草でも吸った方が体にいいぞ」
「なるほど、悪くねーな? かーちゃんの植木鉢で薬草でも育てるか」
羊草の効果でものすごく素直な青年と化しているな。
「なんか煙草も貰って、飴も貰って気分がいいから、お礼にいいこと教えてやるよ。さっきウロウロしていたおっさん達は、貴族連中を強請って金を稼いでる奴らだよ。でもその元締めも貴族なんだ」
羊草の煙草をふかしている男の一人が小声で言った。
「おい、いいのかよ?」
若者の一人が眉を寄せる。
「いいよいいよ、あいつらここいらの住人に高利で金貸しして、それを形に脅してやっすい報酬で汚ぇ仕事させてるし、お貴族様と繋がりがあるからって威張り散らしてるし、そもそもその借金もあいつらの賭博場が原因だしな。まぁ借金するほど賭博する方も悪いけどぉ? そういうこったから、さっきの子達探してるなら早くいってやんな。ちなみに奴らの溜まり場は、その子達の入った道をずっと進んだ先の通りにある看板が上下逆になっている酒場だよ」
羊草のせいなのか、元からそう悪い奴ではないのか、追加で情報をくれた。
なるほど、何かあったらそこに殴り込みに行けばいいんだな?
「へぇ、面白い話だね……。お兄さんやる気が出てきたよ。今日はちょっと忙しいからこのまま行くけど、その元締め貴族とやらを締め上げることができたら、お礼にくるからね、ふふふふふふ。それにしても俺の部下はまだ追いついてこないなぁ、これは給料査定にマイナスを付けないといけないねぇ……」
若者の情報に反応したのは騎士さん。素顔の見えないヘルムの中から貴族特有のどす黒い空気が漏れている気がする。
こわ、気にせんとこ。いつかこの騎士さんのおかげでこの辺りの悪が一つ滅びる日がくるかもしれない。
若者達にお礼を言って、キルシェ達が進んだ方向へと向かいながら騎士さんに羊草の煙草のことを根掘り葉掘り聞かれた。
騎士団に納品しないかと言われたけれど羊草の在庫があまりなくて一人で大量生産はむりだし、紙巻き煙草なら紙も使うしで、一旦保留にしてアベルに相談してから連絡をすることにして連絡先を聞いておいた。
そして――。
「看板が上下逆の酒場だ」
「あれが誘拐組織のアジトだね」
「あの建物の中から例の飴のにおいがするな。嬢ちゃん達のにおいも同じ方向だ」
教えてもらった道を進んだ先に、集合住宅の一階部分に上下逆の看板の酒場を見つけた。
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