路地裏を行く
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「ここはやはり、王都に詳しい俺が先に進むから君達は後ろに下がりたまえ」
「え? お貴族様は路地裏の道の歩き方なんて知らないでしょ? ここは庶民の俺に任せて、ついでに世間知らずの海エルフ君も後ろに下がって?」
「あぁん? 誰が世間知らずだぁ? 一番前は偉大な俺様が歩くべきだろ? ん? 今なんかぶつかったな? まぁ、偉大な俺様は細かいことは気にしない」
「いや、気にしろ!! 今、ガラの悪いおっさんをタックルで吹き飛ばしたよな!? まぁ、向こうからぶつかってこようとした気配があったから、スリか当たり屋か? 自業自得っぽいから問題ないか?」
「ふむ、この通りはやはり狭いな。これは防災の面から見ても非常によろしくないな。何か起こってからでは遅い……これを改善する費用より、放置して起こった時の損失の方が明らかに大きくなるな、戻ったら兄上に報告しておこう」
「いや、なんかすごくありがたい政の話のようですが、犬の尻尾を踏んじゃいましたよ!! ほら、怒ってめっちゃ追いかけて来てますよ!! ワンちゃんこれをあげるから、機嫌を直してお家に帰って?」
「む? 犬の放し飼いは危険だからやめるように指導しているのだが、やはりここの辺りまでは行き届いてないのか」
「そういう問題じゃなあああああああっと、植木鉢をひっくり返したーーーー!! ごめんなさい、今急いでるんで!! ていうかこの道で大人の男が横三列で走るのは無理があると思うんですよね!! あ、チンピラみたいなおじさん、ごめんなさい、思いっきり肩がぶつかっちゃった!! え? 詫びの気持ちは金でしか表せない? ごめん、今忙しいんだ! くらえ、かなりまろやかフラッシュボム!!」
「うお、眩しっ! てめぇ、こんなとこで変な爆弾を投げるなんて非常識な人間だろ!!」
「まろやかに超調整済みのちょっと眩しいだけ爆弾だから全く問題なっしん!!」
「無関係の人もいる場所で爆弾はちょっとまずいんじゃないかなぁ? あ、でもその閃光爆弾便利そうだから後で話聞かせて? 君、騎士団と取り引きしようか?」
「いやいや、今それどころじゃないですよね? ちょっと海エルフ君、さっきの話の続きお願い」
細い道を男三人が小走りに進む。横並びで。
せっまい道に成人男性三人並べば当たり前のように走りにくい。そんな場所で我先にと前に出ようとして、小走りをしているつもりがお互いぶつかり合って、少し早足くらいの速度になってしまっている。
キルシェと家出令嬢を探す俺と騎士さんに、謎の変テコチンピラ風海エルフが加わり狭い路地をどんどん奥へと進んでいる。
おい、俺を先に行かせろ! 足元に何か手がかりが残っているかもしれないだろ!?
あぁん? 鼻があるから大丈夫? それはそれ、これはこれ! 目に見える手がかりからしかわからないこともあるのだ!
ていうか、騎士さん特にやることないでしょ? 素直に後ろに下がって? え? 隊長が先頭を切るべき? 知らんがな!!
ぶつかり合っているのは俺達だけではなく、路上にはみ出ているものや民家の軒先にあるものにぶつかりまくっている。
男三人が横並びで移動するには狭すぎるよ!! えぇい、俺が先に行くっつってんだろ!! お上品なお貴族様も世間知らずの海エルフも大人しく後ろにすっこんでろ!!
なんて感じで移動していたら、時々チンピラにぶつかってケンカになりそうになるのだが、構っている暇がないので無視して進んでいく。暴力を振るわれそうになったら適当に正当防衛として物理的にあしらっておく。
なんかちょいちょいガラの悪いおっさん達を押しのけて進んでいる気がするけれど、ごめんね、俺達は急いでいるのだ。このくらいのいざこざは、ここら辺ならよくあることだから気にしない。
「お嬢ちゃん達がここに迷い込んだ時の詳しい話だったか? 広くて人間がたくさんいる場所で黒い嬢ちゃんが迷子になって? 金色の嬢ちゃんがさっきの男達に絡まれてるのを黒い嬢ちゃんが助けて? そのお礼に金色の嬢ちゃんが黒い嬢ちゃんを冒険者ギルドに案内するってなって? こっちからの方が近いからと、細い道に入ったけど迷って? 迷ってるうちにさっきの男達が追いかけてきて、なんかそいつらの仲間みたいなのも来て囲まれちまってたから、俺様が助けてやろうと思ったら樽が転がってきて男どもにぶつかった隙にお嬢ちゃん達は逃げて? 俺は追いかけてくる男をぱぱっとボコってからお嬢ちゃん達を追いかけようと思ったら、ボコってる最中にお気に入りのものを落っことしちまって、それを突然現れたフラワードラゴンが持って逃げやがって。男どもをボコってフラワードラゴンを追いかけたけど、フラワードラゴンも嬢ちゃん達も見失っちまった。金色の嬢ちゃんのリボンもその時だな。それでフラワードラゴンは一旦諦めて嬢ちゃん達を探してたら道に迷って? そしたらそこでさっきの男どもと会って今に至る? な? 俺様は悪くないだろ?」
と、キルシェとセレさんというお嬢様について、しどろもどろながら尊大に話す青い海エルフ。
ん? んんん?
「セレ……、町の道なんて詳しくないくせに何をやっているんだ……。ところで君、ずっと近くで見ていたみたいだけど、彼女達と一緒に行動してたのかい?」
俺が思ったことを騎士さんが口にした。
「え? ふぉ!? あ、ああああああ……いや、一緒じゃなくてたまたま、そうたまたま見かけて、彼女達が危なくないように陰からこっそり見守ってたんだ」
それはストーカーでは? ただの怪しい人では? どこからストーカーをしていたんだ?
「ちょっと君、女の子達を保護したら詳しいお話を聞かせてもらおうか」
あー、騎士さんも疑っているなぁ。怪しいもんなー。
「お、俺様はただの通りすがりの海エルフさんですよー、ただの正義の味方ですよー。あっ! お嬢ちゃん達はあっちの道かな!?」
何かすっとぼけるように分かれ道の先を指差しているところが更に怪しい。めちゃくちゃ怪しい。
「確かにこっちっぽいな。女性サイズの靴の後が二つ並んで進んでいるな。乱れてない足跡にこの歩幅は歩いている感じか? 男に絡まれたって言ってたけど、そいつらに追われてるわけではないのか?」
舗装されていない地面に薄らと残る足跡を見ながら海エルフ君に尋ねた。
「追われているというか、しつこく絡まれた感じか? そいつらがいない時は和気藹々として平和だったぜ。まぁ、狭い場所だから色々後ろでコロコロ倒れてた気はするけど? 樽が転がって来た時にいた奴らは一度あそこで全員ぶっとばしたけど、そこで嬢ちゃん達を見失っちまったから、その後はわからないな。あの時は少し手加減してぶっとばしたのだが思ったより頑丈だったみたいで、また嬢ちゃん達を探してるみたいだったから今度はしっかりぶっとばしておいたぞ」
「ああ、さっきの奴らか」
青エルフ君と出会った時に吹き飛ばされていた奴と、仲間らしき奴らがその近くで転がっていたな。急いでいたから放置してきたけれど、キルシェ達に絡んだ奴らなら一発くらい蹴飛ばしておけばよかった。
「む? それはよくやってくれたねぇ。そんな不届き者はもっと思いっきりぶっとばしても騎士のお兄さんが許してあげるから大丈夫だよ。それでそいつらはさっきの奴らで全部かい?」
「うーん、人間の顔を覚えるのは苦手なんだよなぁ。さっきの奴らみんな同じような体型に同じような髪の色で、同じように臭かったかなぁ……。人数はー……一、二、三……いっぱい? なんか、途中でぶつかった奴にそれっぽいのがいた気がしないでもないな?」
難しい顔をして同意を求めるようにこちらを見られても困る。つまり人数も顔も覚えていないと。
「む? ここ、女性の足跡の上に男の足跡が複数残っているな」
走りながら目に付いた足跡。キルシェ達の後から別の男が歩いたということだ。
キルシェ達の後を追っているのかどうかまではわからない。ただ男の足跡もキルシェ達と同じ方向へと向かっている。
「そうだね、特に追われていないとしてもこの辺りは若い女性にとって安全な場所じゃないからね。身の代金目的で貴族のお嬢様を攫う奴もいるからね。無事に帰って来られたとしても、誘拐された貴族女性は傷物扱いをされてしまうからね。攫う方もそれをわかっていて、ことを大きくしないから秘密裏に金を要求し、令嬢の家族もことを表に出さないように処理をするから、大きな組織があるのはわかっていてもなかなか犯行が表に出て来ないんだ。しつこく後を付けられているのならセレがターゲットにされているかもしれないな。まぁうちに身の代金なんて要求しようものなら……ふふふふふふふ。あぁ、うちのセレを狙った罪で問答無用で誘拐組織を物理的に潰すのもいいなぁ。これが権力ってやつだよ、ふふふふふふ……」
バイザーの下りたクローズドヘルムの中からくぐもった笑い声が聞こえた。最後の方になんか物騒なことが聞こえた気がする。
どうやらキルシェと一緒にいるセレというご令嬢はこの騎士さんの身内なのだろう。そら、危険を顧みず部下を置いてでも一人でここまで突っ込んで来るわけだ。
変な奴が後ろをついて行っている可能性もあるし早く見つけないと。
「ん? これは飴?」
分かれ道を曲がった先に置いてあった木箱の上に、見覚えのある包み紙の飴がちょこんと置いてあるのが目に入った。
足を止めそれを摘まんで鑑定してみると、俺の作った飴に間違いがない。
「ただの手作りの飴のように見えるけど、それがどうしたんだい?」
突然足を止めた俺に騎士さんも足を止め不思議そうに首を傾げた。
「これは俺がキルシェにあげた飴なんだ。なんでこんなところに……」
「その飴のにおいならこの先にも何個かあるぞ。中に花が入っているのだろ? すごくわかりやすいにおいだからこれを辿ればすぐに見つかりそうだな」
青エルフ君の嗅覚は本当に優秀だったようだ。
「迷わない目印のために置いたのか、俺が探しに来ることを予想して置いたのか、さすがキルシェ頭が回るなぁ」
「なんと、賢いお嬢ちゃんがセレと一緒のようで頼もしいな。早く保護してちゃんとお礼をしないといけないね」
賢いのはキルシェだけじゃないぞお。
「キルシェとセレさんが一緒に行動しているのなら、キルシェの連れている子亀がすごく優秀だから、破落戸くらいならあっさり始末してくれるはずだ」
「カッ!?」
青エルフ君が息を飲んだ。ははは、亀が破落戸より強いなんて想像できないだろう?
うちのカメ君は可愛くて強いからなぁ。カメ君がいるなら、破落戸くらいなら全部ボコってくれそう。
いや、すでにボコっているかもしれないな。合流したらカメ君にたくさんお礼をしなきゃ。帰ったらカメ君の好きなカレーかなぁ。
「破落戸より強い子亀か。にわかには信じがたい話だな」
「ええ、びっくりするくらい強い亀なので、急いで行かないとうっかり手を出した破落戸がいたら、そいつらの身の安全も心配かも」
カメ君がやりすぎないとはいえないからなぁ。女の子二人も心配だがカメ君のやりすぎも心配だ。
「お、おう、そうだな。しかし、何事も絶対はないからその時に打てる最善の手を打てと、冒険者ギルドの講習でならったぞ。どんなに偉大な存在であろうとも油断をすれば足元を掬われることもある、おっさんもそう言ってたしな。急ごう……そう、
すごく急ごう」
む? チンピラみたいななりをしているがこの海エルフいいことを言うな。
「そうだな、カメ君がいれば安心だと思うが、万が一があるから急ごう」
カメ君のことは信じているが、予想外の出来事が起こっていないとは言い切れない。
早くキルシェとセレさんを見つけ出そう。
お読みいただき、ありがとうございました。




