騒がしい男
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「ところで騎士様、捕縛系の魔法でパーーーッとフラワードラゴンを捕まえたりできないんですか?」
ちょこまかと逃げるフラワードラゴンを追いながら隣を走る白銀の騎士さんに尋ねる。
俺は魔法が使えないが、騎士さんならきっと。他力本願で俺が追いかけている奴も捕まえてもらいたい。
「それができたらやってるんだよなぁ。うちの可愛い弟はめっちゃくちゃ魔法が得意なんだけど、俺は自己強化や補助系の魔法が得意なだけで、ダイレクトな攻撃魔法や遠距離系の魔法は苦手なんだよなぁ。君はどうなんだい?」
「ハハッ! 魔法なんて使えませんよ! やっぱ、男は筋肉と根性!! 気合いで追いかけましょう!!」
「そうだねぇ、筋肉と根性は裏切らないからね。追いかけるしかなさそうだねぇ」
騎士さんも魔法は苦手なようで、なんとなく親近感を抱いてしまった。
「その角を曲がったとこにさっき丸太が転がっていたから、気を付けた方がいいっす」
「む? 了解」
フラワードラゴンはちっこいくせに無駄に素速くて、時々振り返ってはおもしろ顔で煽ってくるのが微妙にむかつく。捕まえたら唐揚げにしてやろうか!?
ぬお!? 振り返って食べ終わったリンゴの芯を投げて来やがった!! なんでそんなものを持ってんだ!?
俺と騎士さんが追っているフラワードラゴンは二匹並んで同じ方向に逃げている。
曲がり角を曲がったところには相変わらず丸太が散乱しており、それをひょいっと跳んで避ける。
俺に続き騎士さんもピョンと丸太ゾーンを飛び越え、逃げるフラワードラゴンの後をいく。
「君は友人の女の子を探しているといったね」
「ええ、その子と一緒にいるはずの亀が被っていた帽子をあのフラワードラゴンが被っているんです」
「む? それは奇遇だね。俺もいも……家出をした令嬢の捜索中なのだが、その令嬢が付けていたリボンをあのフラワードラゴンが首に巻いてるんだ」
「それは奇遇ですね」
俺と似たような状況、なんとも奇妙な偶然である。
途中にある分かれ道、このまま先ほどと同じ道を進めば冒険者ギルドの裏口の前に出るのだが、フラワードラゴンはそちらへは行かずそれとは別の道に入っていく。
それはまるで俺達をそちらの道に誘い込んでいるようにも思えた。
そちらは路地裏から更に奥の道。道は更に細くそして悪くなり、治安もあまりよろしくない場所になる。スラムというものではないが、所得の低い者や訳ありの者も多く住んでいる地区がこの道を進んでいけばある。
「騎士さん、この先はあんまいい場所じゃないけど大丈夫っすか?」
この先の区画には破落戸も多く、金持ちや貴族などの上流階級や、悪さをする奴の取り締まりをする騎士や兵士を快く思っていない者が固まっており、警邏隊も単騎では踏み入らない場所だ。
俺は見るからに貧乏くさい平民冒険者だが、騎士さんはピッカピカキラキラの鎧ですごく金持ちオーラが出ており、物盗りが喜んで狙いそうな恰好だ。
いくら騎士といっても数でこられると厳しいし、狭い路地で地の利がある地元の破落戸の相手をするのはこちらが不利である。見た感じ騎士様の得物は長剣のようだし、狭い路地で振るうには向いていない。
「む? 確かにそうだね。リボンを巻いたフラワードラゴンを見つけて思わず馬を飛び降りて駆け出してしまったから、部下は馬のところに置いてきてしまったなぁ。しかし、い……っえ出令嬢のためにもここで引き下がるわけにはいかないからね。まぁ、そのうち、部下も追い付いてくるっしょ。遅かったら後で鍛え直さないといけないねぇ」
さすが王都の騎士様、自分の危険より家出令嬢の捜索を優先するようだ。部下さん達が早く追い付いてくることを願っておこう。
先ほどはフラワードラゴンを追いかけるのにムキになっていたせいか少々言葉が乱れていたが、穏やかで品のいい話し方の騎士さんだ。おそらくいいとこの出身、高階級の家門出身の人なのだろう。ガッチリと鎧で全身を覆って中身が見えなくてもものすごく品のよさそうなオーラが出ている。
白銀の鎧も眩しいが、この人の醸し出す雰囲気も眩しい。なんとなく、貴族モードのキラキラアベルを思い出すな。
この先は、ご令嬢や観光客はまず立ち入ることはない区画。家出令嬢そしてキルシェとカメ君が入り込むとは思えない場所。
騎士さんは家出令嬢を探すという任務中だが、俺の場合は単に行き違っただけかもしれない。キルシェ達がこの先に入り込んだのではなく、行き違っているだけだと思いたい。
だが、フラワードラゴン達は時々こちらを振り返り、導くように路地の奥へと進んでいく。
幸運の象徴といわれるフラワードラゴン。彼らの行動に何か意味があるのか、ただの遊びなのかはっきりとはわからない。
ただ、キルシェの手がかりは奴が持っているカメ君の帽子だけ。
無事に待ち合わせ場所に向かっているなら合流が遅れても謝れば済むが、フラワードラゴンが何か知っている可能性を考えるとここで追跡をやめるわけにはいかない。
フラワードラゴンを追って路地裏から更に奥に進む道へと入ると地面の舗装はなくなり、剥き出しの土に砂利が転がった走りにくい道になる。周囲は家屋に囲まれ日の光はあまり差し込まず、昼間だというのにじっとりとして気温も低く感じられ少し暗い印象である。
「うぉっと」
視界の悪い三叉路を、フラワードラゴンを追って曲がると目の前に複数の樽が散乱しており慌ててそれを避ける。
俺達が来た道とは別の道の方を見ると急な上り坂。あそこから転がってきたのか? 誰だ、坂道で樽を転がした奴は!!
……なんかちょっと見覚えのある樽な気もするが、きっと気のせいだ。
その樽を飛び越えて進むと、舗装されていない地面に溜まった水に足を取られそうになった。
誰だ、こんなところに大量の水を撒いたのは? 建物の隙間で日陰だから乾く気配がないじゃないか!
びしゃびしゃと音を立てながら泥濘みの上を駆け抜ける。
何だかあちこち濡れているなぁ……水だよなぁ? これはただの泥水だよなぁ?
うげ、なんで道の真ん中にスコップが落ちてんだ!? うっかり勢いよく踏んでビターンってなったら危ないだろ!!
おっと、その向こうには汚物処理用のスライムの入った桶がひっくり返っているのが見えるぞ?
スライムがめっちゃ這い回っているし、汚物処理用のスライムだから臭いことこの上ない。
その更に向こうには上から落ちてきたのだろうか、割れた植木鉢が転がっている。人に当たらなくてよかったな……。
「相変わらず、ゴチャゴチャした場所だねぇ。いずれここら辺も綺麗に整備したいものだね」
重そうな鎧を着ているにもかかわらず軽快なステップで道に点々と落ちている障害物を避けて走る騎士様。ゴチャゴチャというレベルではないのでは!?
というか、王都に住んでいたころギルドの仕事でこの辺りに来ることもあったが、今日はとくに汚いな!?
「この辺りは元からあまり綺麗じゃない場所だけど、今日は特に散らかってますねぇ。誰かケンカでもしたのですかねぇ……うっわ、なんだあれ? 木の実!?」
今度は木箱がひっくり返り、そこからこぼれた硬そうな木の実が道にバラバラと転がっている。踏むと足を取られてしまうかもしれないやつだ。
ちょこまかと木の実の間を縫って走るフラワードラゴンの後を追いかけ、そこを大きくジャンプして飛び越える。
これで、一気に距離が縮まったぞ。身体強化で跳躍して飛びつけば捉えられそうな距離。
身体強化を発動し足にグッと力を込め、地面を蹴ろうとした瞬間――。
ブッシャーーーーーッ!!
すぐ先の脇道からものすごい勢いのある放水と共に、小汚い恰好の男が吹き飛ばされて近くの建物の壁にぶつかり地面に転がった。
「キュッキューーー!!」
直後、フラワードラゴン達が俺に向かってカメ君の帽子を、騎士さんに向かって赤いリボンを放り投げて、ピョンピョンと跳ねるように建物の壁を登って屋根の上に消えていった。
フラワードラゴンが放り投げた小さな帽子をそっと手で掴んで回収し収納の中へ。
そして男が吹き飛ばされてきた脇道の方へ注意を向けた。
意識がなさそうな人の気配が複数。おそらくこれは地面に転がっているな。
そして、その状況を作り出したと思われる者の気配が一つ、脇道の奥からこちらに向かって走って来る。
なんだこの気配だけですでに喧しい感じは!?
「おらああああああああ!! だいたいお前らのせいで嬢ちゃん達と逸れただろおおおお!! どう責任を取ってくれるんだ、ごるあぁあああああああ!! 超優秀な俺様にあるまじき失態、どうしてくれんだよおおおおお!!」
いや、普通に喧しかったわ。
ものすごく騒がしい叫び声と共に、青い男――パッと見の印象が青な男が飛び出してきて、地面に転がっているびしょ濡れで意識を飛ばしている男の胸ぐらを掴んで持ち上げガクガクと揺さぶった。
「えぇと、そこの君。ケンカかな? 騎士のお兄さんは今忙しいんだけど、仕事を増やさないでくれないかな?」
この辺りでは珍しくない光景だが、青い男の勢いに騎士さんが止めに入る。
家出令嬢を探している途中であっても、細かい事件を見逃すわけにはいかないのだろう。
「あぁん? 悪いのコイツらで……アッ!! あぁ!? あっ、カーーーーッ!?」
騎士さんが声をかけたので青い男がこちらを振り返り俺と目があった。
――そして叫んだ。
なんだ、この奇天烈な男!?
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