よその樹のにおいがする
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無理に引っ張れば千切れてしまいそうな根を周りの土ごと掘り返す。
といっても、残っている根はすごく小さく、俺の手のひらから少しはみ出すくらいしかない。
普通の植物ならとっくに枯れていてもおかしくない。そんな状態で長い間ここに埋まっていたのだ、もう少し植物にとって優しい場所で育てればきっと目を覚まして大きくなるはずだ。
「ここは見晴らしはいいけど潮風が吹き付けるし、嵐がくれば高い波も届くようだし、もっと植物に優しい場所にいこうか。まだ小さいから屋根のある場所の方がいいかなぁ? 昼間は日当たりの良い場所に出して、雨の強い日は屋根のある場所、風が強い日は屋内の方がいいかもな。ほら、こうすれば持って行けるだろ?」
掘り起こした根を、収納の中から取り出した植木鉢に植え替える。いつかガーデニングとかやってみたいと思い、買ってそのまま収納に入れっぱなしだったものが役に立ったぞ!
どうせならと少し横長の植木鉢。土を入れて根を頭の部分だけ出して埋めて、その周囲を近くにあった小石を飾り、同じく近くに生えていたコケを土の表面に植える。
ほら、海はないけれどなんとなくこの岬っぽい?
「へー、鉢の上に作る箱庭っぽい。花とか植木とか興味はないけど、こういう飾り方はおもしろいね」
前世の記憶を頼りに盆栽風でお洒落な感じに植えてみたので、アベルの目から見ても見た目は合格かな?
まだ根っこしかないけれど、新芽が出てきたらもっとお洒落感が増すはずだ。
表面はこの場所に似せてみたが、土はこの岬の土ではなく収納の中に入っていた土砂を使った。多分俺の実家の辺りの土だと思う。ほら、やっぱストックしておくと役に立つ。
それにスライムゼリーから作った肥料、ジャングルの土を混ぜるのも忘れない。
今まで埋もれていた土地の土、いつかジャングルに根付くため、この地の土を根の周りに残しておかなければならない。
カメ君にお願いして綺麗な水を土が湿るくらいに優しくかけてもらう。なんか気合いの入った水だな? カメ君の甲羅みたいにキラキラしているな?
なんかすごくドヤ顔だけれど、何かやった?
「皿の上? 持って帰る? バロンの家に?」
植物が当たり前のように地面に生えているジャングルに住んでいるバロンには、鉢植えは縁がないのだろう。
「ああ、大きくなるまではこうして器の上で育ててやるんだ。ちょっと大きくなったら、もう少し大きな器、更に大きくなったら、もっと大きな器。地面に植えても大丈夫な大きさになるまでこうやって器の上で育ててやるんだ。これなら嵐がきてもバロンの家の中にいれば安全だし、バロンが守ってやれるだろ? それにずっと一緒だ」
俺の言葉を聞いて、バロンのおもしろ顔がパアッと明るくなった。
「ランダ、一緒? ずっと一緒! バロンの家にランダ来る! バロン、ちゃんとランダ守る、育てる!」
鉢に移し替えたランダの根を持つ俺の周りをバロンがピョンピョンと跳ね回る。
「ちゃんと水と肥料をあげて、昼間には日の光、夜は夜露にもあててやるんだぞ。でも水や肥料はあげすぎると逆効果だからな気を付けるんだぞ。土が湿るくらいでいいからな? 肥料もたまにだぞ? この辺りの植物の詳しいことはわからないから、地元のリザードマンに教えてもらいながら育てるといいかもしれないな」
これはしっかり釘を刺しておかないと、バロンはランダを構い過ぎて水や肥料を遣りすぎてしまいそうだ。
細かいことはこの辺りの気候と植物に詳しい地元の者に教えてもらう方がいいだろう。
「わかった! バロン頑張る! わからないこと、聞く。赤い奴、多分詳しい、赤い奴に助けてもらう。青い奴も手伝って、青い奴の水綺麗!」
「カァ~」
ああ、赤い奴ってベテルギウスギルド長のことか。あの人、ギルド長だし物知りそうだしなぁ。
俺の肩の上でカメ君が仕方なさそうにため息をついているが、なんとなく満更でもない様子に見える。青い奴ってカメ君のことか。やはり俺の知らない間にバロンとカメ君は仲良しになっていたようだ。
「バロンだけじゃ無理。無理して失敗ダメ。バロン、友達いっぱいできた、困ったら相談する。みんなで、ランダ育てる、ランダ、きっとみんな好きになる」
「そうだなー、一人ではどうにもならないこともたくさんあるからな。困った時に助け合える友達は大事にしないとな」
「大事、友達大事。バロンも、友達困ってたら助ける」
嬉しそうに跳ね回るバロンを見ながら、今度はきっとちゃんと樹が育つような気がした。
アベルの転移魔法でバロンとランダの鉢をバロンの祠まで送り、大事そうに鉢を抱えて座り込むバロンに見送られて自宅へと戻る。
まだ根だけのランダの鉢を大事そうに抱え、頻りに話しかけるバロンを見て、もうランダもバロンも寂しくないだろうと安心する。
彼らをこの地に縛っていたのは、ランダの本体? もしかするとお互いがお互いに思い残したことがありすぎたのかもしれない。
大きな体で小さな鉢をじっと見つめながらゆらゆらと尻尾を揺らすバロンを見ながら、遠い未来この大きさが逆転することを確信した。
「よその樹のにおいがしますわ」
「どっかで変な樹を触って来たでしょ?」
「これが浮気というやつですかぁ?」
帰宅して三姉妹に出迎えられるなりこれである。
玄関を入ったところでキュッと眉を寄せた表情の三姉妹に囲まれ、まじまじと観察をされている。
少し変わった樹とふれ合ってきたのがわかるのか……さすが女神の末裔、においにも敏感だな。変な樹というか少し癖のある樹だったな。
それに浮気なんてしてないけど!? 確かにちょっとえっちな服装のおっぱいの大きい美人な人外さんだったけれど……ってどこで浮気なんて言葉を覚えたんだ!?
「よく気付いたねー。そうだよ、グランは今日、際どい服のお姉さんに夢中だったんだ。歯が浮いてどっか飛んでいきそうなくらいキザッたらしい言葉まで吐いてたんだよ」
おい、アベル、誤解を招くようなことを言うんじゃない。
「カァ~……」
カメ君もそれを真に受けてため息をつかないで!!
「ふむ、確かに樹のにおいがするな。して、その樹は元気にしていたか?」
ラトまでリビングから玄関にやって来てそんなことを……そんなに樹のにおいがする?
「元気とは言いがたいけど、これから元気になりそうかな?」
「ふむぅ、何をやったか知らないが、グランもアベルも随分気に入られたようだな。大きくなった頃に礼をされるかもしれんな」
大きくなるって、まだ根っこだけだから何年先の話だ。
確かに御神木らしいけれど、それでも樹の成長はゆっくりだろう。大きな大きな樹になるのはきっと俺達がいなくなってからずっと先。
ああ、でもバロンが言っていたように、生き物は死んでも生き返る――またいつか生まれ変わる。
前のことを覚えていても覚えていなくても。
いつか時が巡ってその時、俺が俺じゃなくても、またあのちょっと気難しくて可愛い三つ目姉さんに会える日があるかもしれない。
お読みいただき、ありがとうございました。




