嫌い、でも、好き
誤字報告、感想、ブックマーク、評価、いいね、ありがとうございます。
「あー、消えちゃった。見つけた時からほとんど力が残ってなかったから仕方ないけど」
「ずっとこの地に縛られていたようだから、消えたというより解放されたのか? 連れ合いのところにいくのか、またここで蘇るのか」
それとも――。
どちらにせよ次に彼女が目覚めた時、彼女が悲しい過去に縛られるようなことがないよう願った。
それが彼女だとしても、全く別の彼女だとしても。
生き物は生まれ変わる。俺はそれを知っている。
知っているから、願う。彼女の新しい生が目一杯の幸せに満ちていることを。
彼女が彼女の記憶を持っていなかったとしても。俺達の知っている場所、時代じゃなかったとしても。
ほんの一時間と少し程度の短い交流。しかし彼女は強烈な存在感を俺の中に残して消えて行った。
すぐに別れがくることは薄々感じていたが、それでもまだ幻でも見ていたかのような気持ちのまま、彼女が消えた岬から見える海をぼーっと眺めていた。
どれくらい時間が過ぎただろう。いや、ここは近く魔物がいる場所、感覚的には長い時間でも実際には短い時間だろう。
海から吹き抜けた風でジャングルの木々がザワザワと揺れる音に混ざって見知った気配が近付いて来た。
力強くて少し騒がしくて陽気な気配。だけどどこか神聖で神秘的な気配。
ジャングルからこちらにやって来るその気配の方を振り返り彼の名前を呼ぶ。
「バロン」
振り返るとぼけた顔をした大きな獣がジャングルから姿を見せ、俺はその名を呼んだ。
その頭の上にはチョコンとカメ君が乗っかっている。
昼間にどこかに行っていると思ったらルチャルトラにいたのか。しかもバロンとは知り合いなのか?
頭の上に乗っかっているということは、それなりに仲良しなのだろう。
「カッ!」
バロンの頭の上に乗っていたカメ君がピョーンと俺の肩の上に移動をしてきた。
「やぁ、カメ君、昼間はここにいるのかい?」
「カカッ!」
アベルの提案でルチャルトラの海に連れて来たが、どうやら気に入っているようでよかったよかった。
「なぁにが"昼間は仕事をしてるカメ~"だよ、カメにできる仕事なんて……つめた!」
まぁた、アベルがカメ君に絡んで水鉄砲をくらってるよ。
「そっか、カメ君はバロンと一緒にジャングルのパトロールのお仕事かな?」
「カカッ!」
訪ねると得意そうに前足を挙げて応えてくれた。
「バロンも仕事! ランダやっつける、バロンの大事な仕事! ランダ悪い奴、悪いこといっぱいする。ランダ子供連れて行く、ランダ子供好き、でもランダの子供じゃない。バロン、今日も、ランダから子供取り返した。ランダやっつけた、ランダこれで綺麗なランダ」
ランダ?
しきりに片言で話すバロンの言葉の中にはランダという人名らしき単語が何度もあがった。
「カァ~」
「"ランダは島の妖精っぽかったけどケンカを売られたから珍獣と俺様で倒したカメ~"? ホントこのカメ、俺のことを通訳係にしやがって」
なるほどランダは島の妖精か。バロンが落ち着いているということは子供は大丈夫だったのかな?
そしてバロンとカメ君が倒したという悪い妖精ランダとは――。
「ランダ悪い奴、バロン悪い奴嫌い。バロン悪い奴倒す、みんな守る。ランダ消える、綺麗になる、でもまた悪いランダ蘇る。バロン、ずっと悪いランダから島守る、ずっと悪いランダと戦う。ランダ悪いことする、でもランダいない間、少し暇、寂しい」
そっか、三つ目姉さんは最後まで名前を教えてくれなかったけれど、ランダっていう名前なんだ。
馴染みのケンカ相手というのはやはりバロンだったんだな。ボロボロで倒れていたのはバロンとカメ君にやられたのかな?
でもランダはただの悪い妖精ではなかった、それにバロンも嫌いと言いながらも、それは憎しみのようなものではない。
そしてそのランダはもう蘇らないかもしれない。そのことをバロンに伝えるか迷う。
伝えなければバロンはずっとランダを待ち続けそうだ。
「バロン、俺達はさっきまでランダと一緒にいたんだ。そしてランダは――」
「大丈夫、ランダ生き返る。バロンもランダも不死身、生き返る。生き物みんな、いつか生き返る。姿違っても生き返る。でもバロンとランダ、ずっとバロンとランダ」
俺が言いたいことを察してかバロンが俺の言葉を遮った。
バロンの言っているそれは……、そしてバロンとランダは……。
バロンの言葉の意味を手繰ろうとしたが、バロンが更に続ける。
「悪いランダ、悪い奴。悪いランダ嫌い。ランダ悪い奴だけど、本当はいい奴。バロン知ってる、ランダ昔は神様の一部だった。ランダ、神様に戻るまで、バロン、ランダ綺麗にする。悪いランダ嫌い、でもバロン、本当のランダ知ってる。本当のランダ好き、本当のランダいつか戻って来る。ランダ、好き、はやく戻って来て。バロンずっと一緒、何度死んでも、何度も生まれる、ずっと一緒。バロンたくさん失敗した、たくさんなくしてたくさん忘れた、でもランダは覚えてる。ランダいるところにバロンもいる。ランダ綺麗にする、ランダがバロンを忘れても、ランダ綺麗になるのずっと待つ。悪いランダ嫌い、いいランダ好き、でもどっちもランダ、ずっと一緒」
生き物は死してまた蘇る。いや、生まれ変わる。
それは俺もよく知っている。ただそれで前の生の記憶を持って生まれてくる方が稀なことだろう。
バロンもランダが消えても蘇るというのは転生のことではないのだろうか。同じ姿で記憶を持ったまま、何度も何度も。
ランダ、君が共に生きたかった連れ合いは、ずっと君の傍にいたんだよ。
もしかすると君の姿が変わったように、君の連れ合いも姿が変わってしまったのかもしれないな。
もし、ランダとバロンが記憶を持ったまま同じランダとバロンに転生を繰り返しているのなら、ランダはまたいつか蘇るのだろう。
ルチャルトラにはもう風習により理不尽に亡くなる者はいない。次にランダが蘇った時、消える直前に彼女が願ったようなランダかもしれない。
バロンの話を聞いているうちに日は西に傾き始め、海から吹く風に少し冷たさが混ざり始めた。
そろそろ戻って飯を作らないとな。
「バロン、俺達はそろそろ家に戻らないといけない時間だから、今日はもう帰るとするよ」
ランダが消えた岬、聖の魔力が吹き溜まっている辺りにベッタリと座り込み、地面を前足で撫でるような仕草をしているバロンに声を掛けた。
そこだけ聖の魔力が濃いのは、そこがランダの樹があった場所なのかもしれない。
「なんか、チビカメがお世話になってるみたいだし? 帰るなら送ってあげるよ?」
「ケッ!」
「バロン、今日、ランダと一緒にいる。ランダ、ここにいる。ここ、ランダの家。ランダの体がある。ランダ、家に戻った。またいつか家から出てくる」
そっか、今日はランダとの思い出の地にいるつもりか。
ん? 家? 体?
「バロン、もしかしてランダだった樹はまだ残っているのか?」
「ランダの体、土の中にある。でもここ、ランダ育たない、ずっと土の中」
もしかして、折れたけれどその根は今でも生きているってことか?
「これはもしかすると……。バロン、よかったらそのランダの体の辺りを見せてくれないか?」
「ランダ、これ。ランダ生きてる、寝てる。バロンずっといっぱいがんばった、でもランダ起きない、大きくならない」
バロンが撫でている場所の地面からチラリと、細い木の根が見えた。
周囲には丈の短い草が生えており、バロンが撫でていなければ草に隠れて全く見えなかった。
引っ張れば千切れそうに細い根だが、鑑定しようとしたら弾かれた。
これは、生きている?
ただの植物なら生えているままでも鑑定できるのだが、植物系の魔物や妖精の類は生きている状態だと、俺の鑑定は問答無用で弾かれる。
「アベル、鑑定できる?」
「ダメ、正体まではわからない。でも深い睡眠状態なのはわかるよ」
「バロン、もしかするとこの樹はちゃんと育つかもしれないぞ!」
ここは海からの強い風に吹きさらされている場所、大きな樹が育つには厳しい場所。
冷静に考えて、こんな場所に一時的でも挿し木が根付いたことの方が奇跡だ。そして折れてなお、長い時間が過ぎてもここで眠りながら生きている。
つまりそれだけ生命力のある樹だということだ。
バロンやランダが何度も何度も蘇るのはこの樹の力なのかもしれない。この樹が育てばいつしかランダは正しい形で蘇るかもしれない。
もうバロンに悪いランダと言わせない、本当のランダとして。
「ホント? ランダ、今までずっと育たなかった。新しい芽、出てもすぐになくなった。今はもう、芽も出なくなった」
「ランダは強い、折れてあれだけ時間が経っていてもまだ生きているんだ。正しく植えればきっと新しい芽が出て、ちゃんと育てれば大きく育つはずだ」
「ホント? ランダ、大きくなる? ランダ、大きくなって! バロン、はやくランダに会いたい!」
そう、もっと挿し木が成長しやすい場所で正しく世話をしてやれば、ちゃんと大きく育つはずだ。
ちゃんと育てば、今度はきっとこの島にしっかりと根付けるはずだ。
お読みいただき、ありがとうございました。
明日の更新はお休みさせていただきます。土曜日から再開予定になります。




