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グラン&グルメ~器用貧乏な転生勇者が始める辺境スローライフ~  作者: えりまし圭多
第七章

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彼女の昔

誤字報告、感想、ブックマーク、評価、いいね、ありがとうございます。

 元は閉鎖的だったと思われる孤島のリザードマンの暮らしは、現在では開かれ人間の文化が多く流入している。

 リザードマンに限らず、俺達の感覚からすれば残酷で理不尽な風習がかつてあった地はたくさんあり、今でもそれが残っている場所もある。

 しかし法が定められているユーラティア王国において、統治者の影響力がある場所ではそのような風習はほとんど見られない。

 種族による価値観や習慣、特性は考慮されるものの、ユーラティア王国に所属している限りは、法に触れる行為は処罰の対象となる。

 

 おそらく今はもう残っていない風習。

 彼女がこの島に来たのはそんな風習がまだ普通に行われていた頃。

 ここに来る前は本土の内陸部に生えていたという大きな樹の枝の一つだったという彼女は、その樹から彼女を切り離しこの地に持って来た者と共にこの岬に住み着いたという。

 なるほど、元の大きな樹の枝を持ち出して挿し木したということか。


 その頃はまだルチャルトラ全土にリザードマンの集落が散らばっており、今ではジャングルしかないこの辺りにもリザードマンの集落が点々とあったらしい。

 この岬は海と共にそのリザードマン達の集落も見渡せる場所。


「わしも本当ならここで御神木になるはずじゃったのだがのぉ。まぁわしは御神木という柄でもないし、それはそれで構わんのじゃが、そのつもりでわしをここに連れてきた連れ合いには少し申し訳がないの」

 そう言ってカラカラと笑う彼女は、この場所にやって来た後ここですくすくと育ち、ここから海を、リザードマン達の暮らしを見守り続けるはずだったのだろう。


「この島は火山もあるし、嵐もよおくる。いずれ大きく育てばこの火山灰と嵐に痛めつけられる島に加護を与えられるはずじゃった。じゃが、この島の気候は連れ合いとわしが思うた以上に過酷での、なんとか根を張るまではいったものの、そこから先が上手く育つことができんかったんじゃ」

 これから消えていく彼女は、俺達にその存在の痕跡を示すかのように語る。

 俺達はその話を黙って聞いているだけ。


「わしが育てば連れ合いの力も増したはずなのじゃが、わしが育たなかったばっかりに連れ合いは力を持てんかった。それどころかわしを育てるために自らの力をどんどんわしにつぎ込み弱っていった。わしが育てばいずれその力は連れ合いに戻るもんじゃと、自らの命を削る勢いでわしを育てることに力を費やした。それでもわしは少しずつ育ち、もう少し育てばもう連れ合いの力を奪わずともこの環境で生きていけるようになるはずだった。もう少し……もう少し早くわしがこの地に馴染めて育っておれば――あの嵐の日に折れることもなく、連れ合いの献身を無駄にすることもなかったのに」


 ここにあったという折れてしまった樹というのは彼女のこと。

 悪い妖精と自称する彼女が元は御神木になるはずの存在だったというのなら、その神々しい姿も僅かに感じる聖属性の魔力も納得ができる。

 ほんのりと残る聖属性の魔力はこの島の御神木になるはずだった彼女のもの。どれだけ昔の話なのだろうか、折れてなおこの場所にその痕跡を残す彼女は、成長はできなかったが御神木という名にふさわしいものだったのだろう。


「大きな嵐が来た日、この場所は強い風に晒され、高い波はここまで届いた。連れ合いは嵐で折れてしまいそうなわしを守ろうと、残っている力を全てつぎ込んでわしを成長させようとした。じゃが、その力をその命を全てつぎ込んでもわしの体は嵐にたえられず、ポッキリと根元で折れてしもうての。どのみちわしが育たねば連れ合いもいずれ消える身じゃったのだが、結局わしは連れ合いの命で少しだけ長生きをし、連れ合いはわしを生かそうとして少しだけ早ように消えてしもうた。そして折れたわしはその後はもう朽ちるしかなかった」


 ここは海に突き出した見晴らしのよい場所。つまり海からの風を遮るものが全くない場所。

 そして海に突き出す岬の周囲は高い崖。そんな場所まで届くほどの高波が起こる嵐。たとえ育った木だとしても倒れずにすんだとは限らない。

 彼女が倒れたのは彼女のせいではない、そしてここに彼女を連れてきた彼女の連れ合いのせいでもない。

 自然というものは凶暴で生き物の命を簡単に刈り取ってしまうものなのだ。


「連れ合いに先立たれた女はその後を追うことを強制される風習があると言うたじゃろ? あの嵐では多くの者が死んだ。夫が死ねば妻は後を追わねばならぬ。嵐で生き残った女達の中には、幼い子を残して夫の後を追うことになった者も少なくなかった。そしてあまりに多くの者が死んだうえに、低い場所はほとんど水に浸かってしまってな、水没しなかったこの岬の周辺にも多くの死者が埋められた。気がつけばその埋められた死者――夫の後を追った女達の未練を吸収してこの姿になっておった。ほほほ、お前らの足元にゴロゴロしておるのは、当時の墓石の名残じゃの。もしかするとまだ当時の怨念が残っておるかもなぁ?」


 ヒッ!? なんか足元がゴツゴツしていて歩きにくいと思っていたら墓石!?

 このデコボコした地面が墓石のせいなのには少しびっくりしたが、この辺りには怨念のような気配は全くない。

 ただ綺麗な泉の中にいるような感覚、聖属性の魔力が周囲に溜まって揺らいでいるような感覚しかない。


「なんじゃ動揺せんのか、つまらん。まぁ、わしが取り込んでしもうた怨念や未練はわしが消える度に浄化されとるからの。珍獣に負けようが、火竜に燃やされようが、わしが消える時にわしが持っているどす黒い想いも共に全て消え、そしてまた生まれてくる時はどす黒い想いと共に生まれてくるのじゃ。火竜はともかく、あの変な珍獣め、おもしろ顔のくせに無駄に強烈な聖属性を持っておるから、負の感情の塊から生まれたわしでは勝てぬじゃよ。なんであんな奴が生まれたのか……わしが樹だった頃はおらんかったような気がするんじゃが……いやいや、本当はわしもちゃんと育っておれば、あの珍獣よりもっと上手く怨念や不浄の思念を浄化するような存在になるはずじゃった」


 やはり昔馴染みのケンカ相手の珍獣ってバロンのことか?

 昔話をする彼女は寂しそうだが、ケンカ相手の話になるとなんだか楽しそうな表情になる。

 慣れないこの地に一人取り残されてしまった彼女の寂しさ、そして連れ合いを失うことになった無念さを埋めてくれたのは、おもしろい顔をしたケンカ友達だったのかもしれない。

 しかしシュペルノーヴァが怒るとはどんだけ暴れたんだ?

 おもしろい顔のケンカ友達というのがバロンというのなら――バロンが封印されるきっかけになったのは伝承によると地震と火山の噴火だっけか?

 島の南部にある大きな断層を思い出して、なるほどと思う。 


「力があれば浄化できるはずじゃったものを取り込んでも、折れてしまったわしは浄化できず、ただ同化だけをしてこのような姿になり、取り込んだ者どもと恨み辛み、未練、不安、寂しさを共有し島で憂さ晴らしをするようになってどれくらいが経つかの。ケンカに負けて取り込んだものと共に消え、またこの地に残っている不浄の想いを吸い上げて復活し……何度も何度も。火山の噴火、嵐、津波、厳しい自然に晒される島でたくさんの人が死ぬ度、たくさんの女が連れ合いの後を追った。それらの無念と未練がいつまでもわしを島に引き留めるんじゃ、何度消されても呼び戻されてまた蘇るのじゃ」


 出会った時の悲鳴のような彼女の叫びの理由がわかった気がする。


「なんでかの、わしは連れ合いの後を追って消えることになったことに、何の未練もなかったんじゃが。ただわしのせいで命を縮めてしもうたことが、アレが賭した命に応えることができなかったことが名残惜しかったくらいなのにの。あのまま静かに連れ合いと共に消えさせて欲しかったのに、アレと一緒に逝かせてほしかったのに。アレはわしだけでもこの地に残れというのかの、勝手に連れ回してこんなところまで連れてきおって、勝手に植えて、育てて、勝手に尽くして、勝手に楽しさや寂しさを教えて、勝手にいなくなって、ホントにお節介で勝手な奴」


 サラサラと髪の毛の先から光が砂のようになって零れていく。


「その風習はもう随分前になくなったから、もうこの地は過去の憑きものから解放されたんじゃないかな?」

 足元に墓石がゴロゴロしているというこの地にはもう不浄なものの気配など感じない。


 火竜に燃やされたのが何年前かまでわからないが、その後の復活が遅かったのは近年のルチャルトラでは古い風習が減って、風習に従って未練を残して死ぬ者が減ったからだろう。

 そしてユーラティア王国に所属し、冒険者ギルドができ、本土からの支援もあって北部は災害対策がすすみ、そちらに移るリザードマンが増え、災害での死者そのものが減ったこともあるだろう。

 今はもう残っていないと思われる風習。それが彼女をここに繋ぎ止めていたのなら、彼女が理不尽に蘇らせられることは、もうなくなるのではないだろうか。

 

「そうじゃの、わしをこの姿で蘇らせておった者どもはもうここには残ってなさそうじゃな。あの風習がなくなったのなら、わしももうここで蘇ることはないかもしれぬな。長い間、未練や無念を受け入れ蝕まれ、わしがこんな姿になる元となったこの地の者にすらこの姿を恐れられ、それ故に憎み、妬み、八つ当たりしながら、消えては蘇り消えては蘇りしておったが、久しぶりにヒトのお節介というものに触れて思い出すことができたよ。わしがここに来た理由を、わしが見守っていくはずだった未来を」


 光の粒は彼女の髪だけではなく彼女の体からも零れだし、その輪郭が少しずつ崩れていく。

 自らの体から零れた光に包まれながら、彼女は腕を大きく上へと広げた。

 途中から千切れ先端を失っていたとしてもその姿は神々しく、舞い上がる光は風にそよぐ葉のようで、まるで岬に立つ神聖な木のように見えた。


「わしも今度こそ、アレのところに行けるかのぉ。いいや、行けなかったとしても、また次に目覚めるのならアレが望んだような樹になりたいのぉ。アレがそう望んだというのなら、もう一度ここで今度こそ――」


 だんだん崩れていく姿に思わず手を伸ばしたくなる気持ちをグッと抑えつけ、最後まで笑顔を俺達の方に向け消えていく彼女を見送った。

 そして海から吹く潮風に散らされるように、最後の光も砂のように消えていった。

 




お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
うーん、辛辣なこと言えば、御神木だろうが普通の樹だろうが、植物の育成を知らずここに連れてきた連れ合いの責任だとは思うけどね。 無知ゆえにそれらが解らず、さりとて当時居たであろうシュペルノーヴァや植物の…
[一言] 近くにその木の新芽とか無いのかな?それを植え直せばいいかもしれないシュペルノーヴァは1回すごいお方に説教された方がいい世界樹折ってるんだものでもこの人説教できる人っているのかなぁ?
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