ジャングルの先
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「わしがこの島に来てからどのくらい経ったかの。この姿になってから馴染みのケンカ相手がおっての、そやつに負ける度に消えるのじゃが気付けば復活してるんじゃよな。前回はかなりいい勝負で楽しくなってつい大暴れしてしもうて、そのケンカ相手と共に島の火竜に燃やされてしもうたけどの。そのせいか知らぬが、今回はちょっと復活するのに時間がかかってしもうて、奴はどうなったか気になっておったが元気そうにしておったわい。子供や友に囲まれて楽しそうじゃったから癪に障って思わずちょっかいかけてみたら、随分強うなっとって一瞬で負けてこのザマじゃよ。こりゃ、次に蘇った時にも相手にならんじゃろうなぁ。アイツもわしと同じ嫌われもんじゃと思っとったのに、寂しいもんじゃの」
三つ目姉さんの歩調に合わせのろのろとジャングルの中を歩く。
木々が生い茂るジャングルの中は薄暗く、方向感覚がややおかしくなってくる。先ほどから進んでいる方向はやや上り坂になっているので、どこか高い場所に進んでいるようだ。
楽しそうに昔話をしているかと思ったら、悔しそうな表情になったり、寂しそうな表情になったり、そして悲しそうな表情になったりと忙しい。
火竜というのはシュペルノーヴァのことだろうな。それに燃やされても蘇るのか? 不死属性の妖精か? そういえばバロンも不死身だとベテルギウスが言っていたな。
彼女とバロンが何となく似ているような気がした。それにその馴染みのケンカ相手って……。
「で、付き合えってどこまで行くつもりなのさ。うわ! また変な虫がぶつかってきた! ギェッ!? なんかヌルッとするものを踏んだ!? 腐った果物? そうだ、腐った果物に違いない!!」
特に重要な目的があってジャングルに向かっていたわけでもないので、三つ目姉さんに付き合うことにしたのだが、この辺りは人があまり立ち入らない場所のようで、まともな道もなく非常に歩き難いためアベルが時々悪態をついている。そして一人で楽しそうに騒いでいる。
それ果物なのかなぁ……、ジャングルには生き物がたくさん棲んでいるからなぁ。
ってお姉さん裸足で歩いているけれど大丈夫? あ、妖精さんだから大丈夫? 裸足でも変なものも踏まないし、薄着でも変な虫も変な植物も平気? 妖精って便利だなぁ。
「ほれ、目的地はこの先じゃ」
三つ目姉さんが指を差した方を見ると、ジャングルが途切れ明るい光が差し込んできており、その先からは波の音と潮の香りが風に乗って流れてきた。
そこから光の差し込む方と進む三つ目姉さんの後ろをついて行くと、周囲が高い崖状になっている岬に出た。その下にはキラキラと日の光を反射する午後の海が広がっている。
広く開けた岬は背の低い植物や苔などの緑に覆われているが、その地面にはごろごろと大きな石や岩が転がっており、油断をすると躓いてこけそうになる。
しかし、あるのはそれだけで他には何もない。
だけど、理由のわからない心地よさのある場所。
三つ目姉さんはその岬の先端近くまで歩き、俺達に背を向けたまま海の方を見ている。
俺のいる場所からは彼女の表情は見えない。
ただ背中の大きく開いた服から見える、千切れてしまった腕の残骸が痛々しい。
だか不意に吹いた海風でなびいた眩しい白銀の髪に目を奪われて、神々しさすら感じるその後ろ姿をボーッと見入ってしまった。
それは悪い妖精だというより、神聖な存在にしか見えなかった。
「ここは何もないけど、ほんの少しだけ聖属性の魔力が吹き溜まっている感じがするね。君も悪い妖精だというわりにほんの少しだけ聖の魔力を持っているよね」
アベルの言葉が聞こえて我に返った。
心地よく感じたのは、気持ちのいい海風とそれに揺れる緑の音のせいかと思ったが、聖属性の魔力の影響もありそうだ。
「ほほほ、ここにははるかはるか昔に聖なる樹が植えてあったのじゃよ、色々あって枯れてしもうたがの。力を失い朽ち果てても、まだその樹の名残が少しくらいは残っておるのかの」
サワサワと吹く海風に揺れる彼女の長い髪の先端がやや透けているように見えた。
妖精が消える瞬間を見たことはないが、もうあまり時間がないことが何となく伝わってくる。
「ここは、思い出の地なのか?」
俺が問うと彼女が振り返らず答える。
「昔々大きな陸地にある森の奥に住んでいたわしを連れ出して、色々な場所に連れて行ってくれた者が最後に選んだ地がここじゃったのじゃ。確かに海は一度は見てみたいと思っていた、いつか海まで行きたいと思っていた。じゃが、いざ住んでみたら山育ちのわしにはあわない土地での。火竜がおるから多少はマシなのかもしれぬが、火山が噴火して火山灰は降ってくるわ、火山灰の積もった地面は森生まれのわしにはつらいわ、しかも塩を含んだ海の風も絶望的にあわなくて、ここに住み始めて暫くした頃に体を悪くしてしもうての」
そこまであわなかったのなら、別の場所に引っ越せばよかったのでは、と俺が問うより早く彼女が続けた。
「じゃが、本体から切り離された後で力が弱かったわしは、この地が自分にあわないことを連れ合いに伝える術がなく、連れもずっと山奥にいたわしに海を見せたいがためにわしをここに連れてきたんじゃった。連れがわしの様子に気付いた時にはすでに、わしはこの地に根を張った後じゃった。根を張ってしもうたものの上手く育たず力も持てぬ故、他の地に移るほどの体力も残っておらずここで暮らすしかなかったのじゃ」
「樹の妖精だったのか」
彼女の話に彼女の元の姿を察した。
内陸部で育つ植物には、この潮風が吹き付ける岬はあわなかったのだろう。
彼女をここに連れて来た者に少しの知識があれば、少しの気付きがあれば、彼女は枯れることはなかったのだろう。
彼女は振り返り、俺の問いに頷いて続けた。
「ここにわしを連れてきた連れ合いのことを恨んではおらぬ。それにこの島では色々とあったが、連れ合いが選んだこの場所にはそれなりに愛着はある。本体から切り離されて連れ合いの手に渡ったあの日から、わしは連れ合いと共に生きると決めたのじゃから。ここに来るまでの道中、森しか知らぬわしにたくさんのものを見せてくれたから。森にいた頃、渡り竜達の話を聞き、いつか見たいと思っていた海に連れて来てくれたから。わしと同様に連れ合いも海というものをよく知らなかったのだろう、ただどこまでも続くという海にわしも連れも憧れておったのじゃ。だから広い海を初めて見た時の喜びと希望は今でも忘れておらぬ。悪いのは連れではないのじゃ、ここで育つことができなかったわしなのじゃ。わしにもう少し力があれば、火山灰の上で育つだけの力があれば、塩を含んだ海風や叩き付ける嵐の雨に耐えるだけの力があれば、また違う未来が――連れと共にここで暮らせておったかもしれないのに」
ああ、彼女は何度も消えて何度も蘇りながら、長い長い間自分を責め続けていたのか――。
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