どうしよう
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「どうしようと言われても、俺なら放置するけど? それよりワニの返り血でものすごく生臭くなってるよ」
だよねー。正体のわからない妖精っぽい生き物なんて放置だよねー? ついでに返り血で生臭いよねー?
今は、気を失って動かないから大丈夫だけれど、意識が戻ると何をするかわからないし。
こちらが助けたつもりでも、価値観が全く違う妖精の逆鱗に触れる可能性もある。
アベルが呆れた顔をしながら、冷静な意見と共にシュッシュッと浄化魔法をかけてくれる。
「でもここだとまたワニが来そうだし、もう少し水から離れた場所に移動を……」
「まぁた、そうやってー。この辺なら大丈夫?」
水に近い場所だと先ほどのように魔物に襲われたらいけないので、このまま放置するにしても少し水辺から離れた場所に移動させておこうと思ったら、アベルが転移魔法でヒュッと移動させてくれた。
しかもいい感じに日陰だ。
俺の住んでいる辺りはまだ初夏の季節だが、南の海にあるルチャルトラは年中温暖でこの時期はもう夏である。
妖精だからたぶん大丈夫だと思うが、熱い午後に直射日光に長時間照らされていると干からびてしまうかもしれない。アベルもなんだかんだで、相手が人外でも気遣いをするんだな。
「うつ伏せは体勢的に辛そうだから、仰向けにしておいてやるか。ついでに薬草でも置いとくか」
俺の持っているポーションに欠損を回復するほどのものはないし、妖精なら人の手の入ったポーションは嫌がるかもしれないので、傷の回復効果のあるドラゴンフロウを置いておこう。ルチャルトラならその辺に生えているのだが、馴染みのある植物の方が目を醒ました時に気付きやすいだろう。
「もー、弱ってるけどそいつ結構強い妖精みたいだよ。究理眼で魔女って見えるから危ない奴かもしれないし、近づくのはやめておきなよ。ほら、空間魔法で薬草も傍に置いてついでに仰向けにしてあげるから」
なんだかんだでアベルはものすごく親切な奴である。しかしアベルの鑑定でも詳しくわからないということは、それなりに格の高い妖精なのだろう。放っておくのは心が痛むが、目を醒ます前に立ち去った方がよさそうだな。
収納から取り出して俺の手の上にあったドラゴンフロウを、アベルが空間魔法でヒュッと妖精さんの横に置いた後、こちらも空間魔法でゴロンと妖精さんを仰向けにする。
空間魔法って便利だなー。たぶんスナッチ系の魔法だと思うけれど、スナッチって基本的に遠くの物を手元に引き寄せる魔法だよなぁ? あっちこっち動かしたり、細かい動きができたりするのはアベルが器用なのか、日々野菜を他人の皿に移動させていた成果なのか。
なんてことを思っていたら、仰向けになった妖精さんを目にして思わずサッと目を逸らしてしまった。
「俺は何も見てないぞ!?」
妖精さんを直視しないように収納の中から雨除け用のマントを取り出し、身体強化を最大に発動してササッとマントを妖精さんの上に掛けて元の位置に戻ってきた。
俺は何も見ていない。見ていない。
そうだな、川の中を流れてここにうち上げられたのならそういうこともあるよな。
「あーあ、結局近づいちゃってるし。すぐ戻って来たけどはやっ! 身体強化を使ってたにしてもはやっ!」
ちょっと本気を出したからな。
アベルは呆れているがアレはダメだ。相手が妖精だとしても女性をあのまま放置するのはダメだ。
先ほど一瞬だけ目に入ってしまった光景を思い出して目が泳ぐ。
みみみみみみ、見ていないから! ギリギリ見えなかったから!!
俺が思わず目を逸らしてしまい、ついマントを掛けてしまったのは、妖精さんが身に纏っている服の布面積が少なく、そんな服で川を流されてきたせいか、胸元がはだけてちょっと目のやり場に困る状態だったから。
みみみみみみみ見ていないからね! ちょっと着崩れただけだから! 布面積が少なすぎて風が吹いたら危険が危ないから!! すぐに目を逸らしてマントを掛けただけだから!!
小柄な体型でもおっぱいもめちゃくちゃ大きくてボンキュッボンだった気がするけど!!
人間とは少し違う造形だが、それはそれで綺麗な顔のおねーさんだったのは確認したけど!!
とととととりあえず水で濡れた状態で寝ていたら、暑いルチャルトラでも風邪をひいたらいけないからね! 日陰だし!
妖精は風邪ひかないかも? いやいや、もしかしたら妖精だって風邪くらいひくかもしれない。
よし、目を醒まして気付かれる前に立ち去ろう。
見つけてしまったから放置するのは忍びなくて、少しだけお節介をしてしまったが、妖精と人間は価値観が違いすぎる。
俺達のやった行為に怒り出すかもしれないから、さっさと離れてしまおう。
さよなら、綺麗な妖精のお姉さん!!
「よっし、ジャングルに行くか!! 綺麗な妖精のお姉さんご無事で!!」
「もー、グランはお節介なんだからー。悪い妖精だったらどうするつもりなの、さっさと離れちゃうよ」
恒例のアベルのお小言を聞き流しながら、ジャングルの方へと歩き出す。
そうだな、実は悪い妖精でしたーだったらやばいから離れよう。
「そうじゃぞ、不用意に妖精なんぞに関わるものではないぞ、呪うぞ?」
後ろから少ししゃがれた低い声が聞こえた。
やべ、お目覚めになられました?
振り返ると、俺が掛けておいたマントで体を包む様に羽織った女性が、上半身を起こし地面に座った体勢でこちらを睨んでいた。
白く長い髪の毛はボサボサになっているが、顔は非常に整っている。そしてその整った顔の狭い額には、人間ならそこにあるはずのないもの――三つ目の目があり、左右の目を合わせて三つの目でこちらを睨んでいる。
「ええと、悪気はなかったんですけど、どうしても気になって? ワニが来て囓られても痛いかなって? 迷惑だったかな、すみません」
人間が良かれと思ってやったことも、妖精にとっては気に入らないことかもしれない。本気で怒り出す前に謝っておこう。
「なんかふざけた人間じゃの? 呪ってやろうか!」
うげ!? 何か気に入らなかったらしい。
三つ目のお姉さんからフラフラと黒い霧がこちらに飛んで来る。それは呪いのようだが、ほとんど魔力は感じられず全く威力がないように見える。もしかするとただの黒い霧では? 見るからに重傷のようなのでほとんど力が残っていないのだろうか?
「ほらー、グランが構うから怒っちゃったじゃない。あまり力は残っていないみたいだし、このままだと消えちゃうんじゃない? もう、放っておこ? それとも俺が消しちゃおうか?」
アベルがピンッと指を弾くと小さな光の玉が黒い霧に向かって飛んでいき霧の中ではじけ、霧と一緒に飛び散るように消えた。
「うるさい! うるさい! うるさい! だったら何で最初から放っておいてくれんかったのじゃ!! どうせもう力はないのじゃ、消すと言うのならさっさと消せい!!」
アベルの言葉に三つ目のお姉さんがだだをこねる子供のように、頭を左右に振りながら声を上げた。
それは助けを求める悲鳴のようにも聞こえて、なんとなく放っておけない気持ちになった。
「じゃあさ、どうせ消えるなら消える前にその髪の毛、少し整えていいかな? 女の人なら最期まで綺麗なままで旅立ちたいものだろ?」
どうしても気になったんだよ。綺麗な顔でスタイルもいいのに、川に流されたせいなのか髪の毛がボサボサでもったいない。
「うっわ……、グランって意外とキザったらしいことを言うんだ……うっわ……似合わなっ」
心底ドン引きしたような、呆れたようなアベルの小さな声がすぐ傍で聞こえた。
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