ワニ革財布の刑
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島の西側の海岸はすぐ近くまでジャングルが迫っており、その雰囲気は俺とカリュオンがカメ君に出会ったあの島を思い出す。
……さすがにこの島が巨大生物ってことはないよな。
思わずシュペルノーヴァが棲んでいるという南の火山の方を見上げた。
ジャングルの木々の向こうに、薄い噴煙を上げている赤い山の頂が見える。
シュペルノーヴァは火竜だしな……島がシュペルノーヴァだなんてことはないと思いたい。
先ほどバロンの魔力を感じた場所から暫く進み川をいくつか越え、前方にはまた川が見え始めた。
「次の川を越えたらジャングルに入るか」
前方に見えてきた川を指差す。
「了解ー。海岸沿いを結構進んじゃったね。この先はもうほとんど集落もないんだっけ?」
「ギルドで見たルチャルトラ島の地図で覚えている限りだと、この川の辺りまでが住民がいる場所だったかな。次の川はたしか南の火山の麓辺りだった記憶がある」
昔は島の南部までリザードマンが住んでいたらしいが、火山活動や津波などの自然災害でリザードマンの住み処は、比較的自然災害の影響が少ない北部に集中するようになったらしい。といっても本土より雨量が多く、激しい嵐も多い地域である。
ルチャルトラの島に冒険者ギルドができてからは訪れる人間が増え、島のリザードマンの生活も人間の習慣が多く取り入れられている。しかし、島の南部の集落ほど古い風習や信仰が残っているとか、古い血統のリザードマンが残っているとか。
ルチャルトラの冒険者ギルド長のような真っ赤なリザードマンも古い部族で、昔はそれなりに数がいたらしいが現在では少数部族らしい。
「ここまではあまり魔物がいなかったけど、この先は強い魔物もいそうだね。それじゃ飛び越えるよ」
「そうだなー、ドラゴンフロウやリュウノアカネもたくさん生えて……ぐええええええええー、フードやめええええ!」
だからなんでフードを掴むんだ!!
そうだ、ルチャルトラの川を飛び越えるためにやっぱり空飛ぶ箒を完成させよう。川を飛び越えるくらいなら高度もほどほどでピューッと……。
ザバァッ!!
アベルの魔法で川の対岸に渡った直後、背後で水の音がして振り返ると、大きなワニのような魔物が川の上を飛んでいた水鳥をバックリと咥え水の中に戻っていくのが見えた。
……やっぱ空飛ぶ箒じゃ無理そうだな?
「こっち側からジャングルに入るのは初めてだから何があるか楽しみだね」
「この辺りは地元のリザードマンが来るくらいみたいだし、手つかずの素材がたくさん残ってそうだなー、ん? あれは……」
川を渡った先でどこからジャングルに入ろうかと周囲を見回していると、ジャングルと海岸の境目辺りの河原に赤と白の何かが転がっているのが見えた。
赤い布に白い毛……髪の毛? あまり大きくないから女性? あれは腕か? 角度が変だから折れているな……これは……うわぁ……死体だったらどうしよう。
冒険者という職業柄、人間の死体はちょいちょい目にするものだが、あまり気持ちのいいものではない。
魔物にやられた死体の場合原形を留めていることはまずないし、場所的に川沿いということは上流から流れてきたものなら更に酷い有様かもしれない。
ここからだと生きているのか判断できないな。アベルの究理眼ならわかるだろうからアベルに判断は任せよう。
「生きているみたいだけど、あれは――」
アベルが何か言いかけた時、川の中を黒い影がその赤と白の女性らしき者が倒れている河原へと向かい近づいていくのが見えた。
先ほどの大きなワニだ!
倒れている者を狙っているようだ。
咄嗟に収納からズラトルクの弓を出し、続けて取り出した着弾後雷撃が出る矢を番えて黒い影に狙いを定めた。
川の中の黒い影を目で追いながら、影の主が河原の上に這い出すため水から顔を出すのを待つ。
ザバッ!!
「今だっ!」
影の主――大ワニの頭が水中から出てきて河原に乗り上げると同時に、その頭に向かって矢を放った。
でかいので外しようがない。しかしでかいので、一本では足りないかもしれない。追加で二本の矢を続けて放つ。
三本の矢が続けてワニの頭に刺さり、付与された雷撃効果が発動してワニが大きく仰け反り、水の中に戻ろうとした。
くそ、やはり弓矢では火力が足りなかったか。少し距離があるから今から剣を抜いて近づいても逃げられる。
一度攻撃した魔物を逃がしてしまうと、後から反撃をされる危険があるのでできれば逃がしたくない。爬虫類系は執念深い奴が多いし。
「もうー、しょうがないなぁ。結構でっかいワニだし細かい魔法で倒すのは難しそうだから、とりあえず足止めをするよ」
「頼んだ!」
アベルが氷の矢を何本も放つのを横目に見ながら、弓を収納に投げ込み、代わりにミスリルロングソードを取り出して握りしめながらワニの方へと走り出した。
アベルの放った氷の矢が、水の中へと後退しようとするワニの前足にドスドスと刺さり、それを貫いて地面に食い込む。
あまり大きな氷の矢ではないので、すぐに抜かれて水の中に戻ってしまいそうだが、その短い間でもワニの動きが止まれば十分だ。
「逃がさねーぞ!! ちょうどいい、てめぇはワニ革財布にしてアベル商会の売り物にしてやるーーーー!!」
ユーラティアの通貨は硬貨で重たいから、重量軽減を付与した小銭入れの刑だ!!
身体強化を発動してワニとの距離を一気に詰める。
その間にワニが前足に氷が刺さったまま、無理矢理前足を引き川の中へと戻ろうと後退する。
「ワニ革の財布なんて需要があるのかなぁ……普通に防具でいいじゃん」
アベルが何か言いながら俺に身体強化の魔法を飛ばしてくれた。わりとでかいワニだから綺麗に首を刎ねられる自信がなかったんだよね。
「よっしゃ、ワニ革財布ーーー!! ベルトーーー!!」
気合いを入れながら、川に潜る寸前のワニの首を切りつけると、アベルのくれた強化魔法のおかげもあってすっぱりとワニの首を刎ねることができた。
吹き出す返り血を浴びながら、首を刎ねられ力の抜けた体が水中へとズルズルと沈んでいく前に収納へ。そして切り落とした首も回収。
思わぬところで商品用の素材が手に入ってしまった。
おっと、ワニ革に夢中になっている場合ではない。河原に倒れている赤白の人を助けなければ。
「あのぉー、大丈夫ですかー? 生きてますかー?」
全く意識はなさそうだが、もしものことを考えて念のため敵意はないことのアピールを兼ねて声をかけつつ近づいていく。
近づくにつれ倒れているその女性のような者の状態がはっきりと見えた。
「え?」
思わず声が出た。
腕が変な角度に曲がっているように見えたのは、腕は折れているからかと思ったが違う。
「腕が……たくさんある?」
折れているように見えたのは複数の腕が重なっていたから。
うつ伏せに倒れている女性のようなもの。腕の数が多い以外は人の形をしており白く長いもっさりとした髪の毛に赤を基調にした民族衣装のような服。
そしてそのもっさりとした髪の毛から見える、人間のそれより数の多い腕。二組? 三組? いやもっとあるか?
ただしそのほとんどが折られており、手の先まで残っているのは一組くらいだ。
「えぇと……、人外さんだったかなー?」
思わず近づいてしまったが大丈夫だったのだろうか……、魔物というかバロンのような土着の妖精の類かな?
「俺の話を最後まで聞かずに突っ込むからー」
アベルの呆れた声が聞こえた。
だって遅れたら、この謎の人外さんがワニに食べられると思ったからー。
「ど、どうしよう……」
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