難しいことは後で考える
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ガクンッ!
前へ進んでいた巨大生物が何かにぶつかるように止まり、その背に乗っている俺達は慣性の法則で前へと倒れそうになった。
鮫頭の鼻先が何かにぶつかったようだ、ぶるんぶるんとその頭を左右に振っている。
巨大鮫の鼻先がぶつかったと思われる場所は、僅かに残る星と月だけがある夜空の下、その光を反射して透明度の高いガラス板のように何かがキラリと光った。
この空間の果てを示す壁か?
その向こうには、空間が途切れるように真っ黒な闇しかない。
魔力で作り出されている空間、ダンジョンの階層の最果てに、このような見えない壁があることは珍しくなく、その先は今回のようにパッタリと何もない空間になっていたり、今ある空間の続きが続いているように見えたり。
ダンジョンが崩壊する時もその最果ては健在らしい。経験を経て一つ偉くなったな。
この巨大生物はこの最果ての向こう、この空間の外を目指していることは間違いないようだ。
しかしそれを見えない壁に阻まれ、鮫が不機嫌そうに吠えた。
荒々しい魔力を含んだ咆吼。巨大な海洋性の魔物ですら一撃で消し去ってしまうその咆吼が、空間を遮っている見えない壁へと放たれた。
キィンッ!
咆吼が見えない壁にぶつかり、不快な高音が響いた。同時に壁が光を反射する鏡のように煌めいた。
しかし壁が発した光は月の光の色でもなく、海の水の色でもない、赤い光。
今まで透明だった壁にハニカム模様に赤い光の線が浮き上がり、周囲の温度が上昇した。
「何かくる!?」
反射的に身構えた俺の前に、カリュオンが大盾をかざして仁王立ちになった。
直後、壁に浮き上がったハニカム模様から無数の火球が鮫の頭部から胴体にかけて降り注いだ。
カリュオンがすぐさま盾による防御壁を展開しようとしたのだが――。
「おぉ?」
そのカリュオンの前に水が吹き上がり、俺達の周囲をドーム状に包み、飛んできていた火球は全てそれに遮られて消えた。
盾スキルを展開しようとしていたカリュオンがすっとぼけた声をもらした。
バケツを被っているうえに、俺から見えるのはカリュオンの背中なのでその表情はわからないが、きっとすごく楽しそうな表情をしているのだろう。
「守ってくれたのか?」
俺達のいる場所は水のドームにより守れたが、それ以外の場所は火球が次々と鮫の体に当たっている。
しかし強力な水属性を持っているのだろう、火球は鮫の体に当たるとすぐ消え、その表面は全く傷が付いていない。
火球程度では傷が付かない体にも関わらず、俺達のいる場所だけ火球を防ぐドームが出現したのはそういうことだろう。
「みたいだなー。カメッ子の恩返しかぁ?」
「ええ? これカメ君なのか?」
出会った時には俺の手のひらサイズだったのに、随分大きくなったなぁ。
そうじゃなくて、ポイントポイントに亀に関わるものがあったことを考えると、カメ君とこの巨大生物は何かしら関係はあると思うが、カメ君自身なのか?
少し形も違うし、威厳も全然違うし?
しかしカメ君がいなくなった後、これが動き出したことを考えると、この巨大生物がカメ君の可能性はおおいにある。
「もしくは眷属、俺達と共に……いや、俺達を利用してここから出るための案内役」
これがカメ君という可能性以外なら、そう考えるのが自然なんだよなぁ。
「まぁでも、カメ君に一度も案内されなかったよな? ただついて来てただけ? 何もしてない? カリュオンが海エルフ語を読めたおかげでここまで来たみたいなもんだし?」
カリュオンがいなかったらかなり詰んでいたな。
「だよなー、釣り餌役は上手かったけど、案内役にしては全く仕事しないで食ってばっかりだったな。冷たっ!」
「ヒヤッ!」
カメ君が何者かをカリュオンと話していると、水のドームが突然割れて冷たい水が俺達の上に降り注いだ。
「でも、憎めない亀だったよなー」
「そうだな、ずっと一緒にいることは無理でも、せめてちゃんとお別れくらいは言いたかったなぁ」
あの別れは消化不良すぎる。
たとえこの空間と共に消える仮初めの命だったとしても、お別れくらい言いたかったな。
いや、そうなると名残惜しくて連れて帰ってしまいそうだから、やはりあれでよかったのか?
あー、もう、すっかり情が湧いちゃってるよ!! 半月は長過ぎだっつーの!!
ダンジョン生物をダンジョンの外に連れて帰ることはできる。そうなれば、その個体はもうダンジョンからは切り離され仮初めの命ではなく、一つの生き物となる。
魔物使い達がダンジョンで見つけた強力な魔物を服従させ外部に連れ出すことはよくある。
また、家畜にしやすい大人しい魔物を連れ帰り販売する業者も存在し、定められた法の中で許可された行動だ。
ただ注意しないといけないのは、ダンジョンの外には存在しない生物、扱いが難しく危険度の高い生物、環境を破壊する可能性のある生物等は連れ帰ることに制限があり、ダンジョンの出口でのチェックで引っかかってしまう。
ダンジョンの出口にはそれを感知する魔道具が設置されており、危険な魔物は基本的に連れ出せない仕組みになっている。
しかし、小型すぎる魔物や、生き物に寄生するタイプの魔物はこの魔道具に感知されないこともある。
またランクも知能も高く自らの魔力を制御できる魔物もこの魔道具をすり抜けてしまうことがあり、この手の魔物は非常に危険であることが多い。
カメ君くらいならちっこいから連れて帰ることはできそうだけれど……このデカイのは、どう考えても無理だな。
連れ出せたとしても、飼育が難しい魔物は多く、飼育できる環境がなければ当然のように衰弱してしまう。
カメ君も海の生き物だから、連れ出せたとしてもうちでは飼えない。ダンジョン生物を飼うのは難しいことなのだ。
「うおっ!?」
カメ君のことを思い出して思考がそちらに飛んでいっていたが、再び大きな揺れがあり我に返った。
揺れの発生源だと思われる方向を見ると、巨大生物が再び壁に突っ込んでいた。
突っ込むというよりも、壁を破壊しようと体当たりをしたのだろう。
島と勘違いするような巨体の体当たりを受け、先ほど浮かび上がった赤いハニカム模様が残る壁が大きく撓んだ。
しかし壁は巨大生物を受け止め押し返すように、元の形に戻る。
そして、先ほどと同じようにハニカム模様から次々に火球が飛び出し降り注いだ。
「あの壁に強い衝撃を与えるとカウンター攻撃が来る仕様ってか?」
カリュオンが盾を構えるがそれより、早く水のドームが展開され火球は俺達のところまで届かなかった。
やはり、この巨大生物は俺達を火球から守ってくれているようだ。
「カメ君?」
思わず尋ねてみたが、俺の視線の遙か先にある黒く無機質な目には、読み取れるような感情は全くない。
カメ君なのか、カメ君の主なのか、またはカメ君を生み出した存在なのか。
やっぱりカメ君なのか?
正確な状況や理由はわからないが、この巨大生物がカメ君であってもそうでなくても、今のところ俺達と目的は同じで、しかも俺達を守ってくれているのは間違いないようだ。
「お? また何かやるみたいだぜ?」
カリュオン!? 呑気すぎないか? また火球が飛んできそうだけど!?
それに俺達は守られているが、壁のカウンター攻撃をもろにくらっている、コイツは大丈夫なのか?
亀の甲羅で守られている胴体部分は頑丈そうだが、鮫って見た目のわりにか弱い生き物のイメージがあるのだが。
あ? ただの鮫じゃない? 骨格もガッチリしているのかな?
なんて心配をしていると、海底から巨大な水の壁が現れ、津波となってハニカム模様の壁へとぶつかった。
おおい!? 大雑把な力押しか!? 豪快な奴だな!!
大量の水を受け止めた壁は大きく撓みながらも、水は壁の中に流れ込むように消えていった。
その光景にやや違和感を覚えたが、その理由を考える前に壁から大量の火の玉が発生しこちらに降ってきた。
その数は体当たりした時のそれよりずっと多い。津波の方が体当たりより威力も面積も大きかったしなぁ。
俺達の周りに再び水のドームが展開し、降り注ぐ炎は防がれた。
俺達は水のドームに守られ無傷だが、先ほどより多くの火球を体で受け止めた鮫頭君の皮膚には、さすがに少し焼け焦げた跡が付いている。
だがその焼け跡は、すぐにスゥッと消えていきもと通りになる。恐るべし自然治癒力。
古代竜の体は非常に強靱で、少々の傷どころか部位の欠損すら再生してしまうと聞いている。
回復魔法を使った様子もないのに、この回復速度。やはりコイツはクーランマランかそれを模した存在だと思ってよさそうだ。
「おい、グラン。あの壁にちっこい石を投げてみてくれ? あの赤い模様の隙間を狙って。クーランマラン様もちょっと次の攻撃するの待ってくんね?」
壁からのカウンター攻撃が収まり、巨大生物が再び壁に向かい攻撃の体勢を取った時、カリュオンがそれを止めた。
あまり大きな声ではなかったのだが、巨大生物は動きを止め、首を曲げて黒い目がチラリとこちらを見た。
「ちょっと、気になったことがあってさ、試してみようぜ。というわけでグランよろった」
え? いきなりなんの説明もなく振られても意味がわからないぞ!? 確かにあの壁には先ほど違和感を覚えた。
「ん? 難しいことを言うな? 結構距離があるし、隙間を狙うって難しいぞ? てか、つついたら火の玉が飛んで来ないか?」
なんとなく、もう少し考えればその答えはでそうだ。カリュオンもきっと俺と同じく、あの壁に違和感を覚えたのだろう。
「いいからちょっとやってみてくれよ。弓でもいいから、あの模様の隙間に何か物理攻撃を撃ち込んでみてくれ。多分失敗しても火の玉が飛んで来るだけだ」
火の玉が飛んで来るだけって、おい!?
「失敗したら、ガードしてくれよー」
距離があるため石を狙った場所に投げるの難しいと思い、大弓を取り出す。矢はもったいないから、安い木の矢だ。
少々距離はあるが、周囲が暗い中にある赤い光は非常によく見え狙いはつけやすい。風もほとんどなく矢は狙ったところに飛んでいきそうだ。
壁までの距離を考えて身体強化を発動して弓を放った。
ヒュッと音を立てて発射された矢は狙いを外すことなく、赤い光のハニカム模様の隙間へと吸い込まれていった。
「え?」
「おっとぉ?」
ダンジョンではあり得ないことで思わずとぼけた声を出してしまったが、カリュオンはこうなることを予想していたのか、バケツの中から楽しそうな声が聞こえた。
ダンジョンの階層の果ては、特定の地点とループしている、地形として先に進めない、そして今回のように見えない壁がある、もしくはその先が何もない空間になっているなど、作り出された空間より先に進めない作りになっている。
それはその空間内部にあるもの全てである。生き物だろうとそうでないものだろうと。
もちろん、俺の放った矢も見えない壁に阻まれ、そこで壁にぶつかり落下すると思った。
なのに、その隙間からその向こうへと行った。
つまり、ハニカム模様の隙間はすり抜けられるということだ。
ダンジョンの階層からその外に出ることのできる場所は、その階層が別の場所へと繋がっている出入り口。人の手が加えられているダンジョンなら、人工的な転送装置が設置されている場合もあるが、この空間の状況からして人の手は加えられていなさそうである。
ギルドの資料にもこんな空間の報告はなかったので、おそらくここに踏み込んだのは俺達が初めてだろう。
あのハニカム模様の入った壁は、壁というより外に出るものを制限する網をかけた出口である。
「あの隙間から俺達だけなら出られそうだけど?」
カリュオンが妙に楽しそうに俺に尋ねた。
海の水は光の粒となってほとんど消え、海底が海水の上に顔を出している場所もある。
まだまだ海水が残る場所はあるが、それでも海底を歩いて壁まで行くことはできそうだ。
そうすれば、俺達は外に出ることができるだろう。
この隙間を通れないコイツはここに残ることになるけれど。
「コイツをここに残していったらどうなると思う?」
ここが崩壊すればコイツも一緒に外に出られるというのなら、無理にあの壁を突破するより崩壊を待つ方がいい。
だが、理由はないがそれはダメな気がしている。
「さぁ? でも今までここで島になっていた、おそらくコイツの魔力でこの空間が作られていたと思うと、ここから出られないとまた同じようにここに閉じ込められて島みたいになるんじゃないのかなぁ? この状態でも消えないあの壁は、コイツを出したくないみたいだし? 一緒に残ってると俺達も閉じ込められそうだな。そうなると法螺貝はもうないし、まずくね?」
カリュオンの冷静な分析に少し驚いた。しかしその予想はだいたい合っているような気がする。
「そうだよなぁ、このまま待っててもダメな気がするんだよな。でも、どうせ出るなら一緒がいいよなぁ」
カメ君なのかカメ君の関係者なのかまではわからないが、出口まで連れて来てもらったうえに三回も守ってもらったなら、コイツだけおいて俺達だけ脱出するのは気が引けるよなぁ。
このデカイのを外に出した後のこと?
顔はこえーけど襲ってくるわけではないし、十五階層の海なら広いし何とかなるんじゃないかな!?
難しいことは後から考えよう。
ここが完全に崩壊するまでまだ時間はある。
鮫顔君をここから出す方法をギリギリまで探してみよう。
お読みいただき、ありがとうございました。




