閑話:亀は万年の波の中に
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俺がこの何もない場所に来てからどれだけの時間が過ぎただろう。
あんのおっさん……いや、くっそ爺にケンカを売って負けて、気付けば力と体を奪われ小さな箱庭のような場所に閉じ込められ、小石ほどの亀になっていた。
まぁ、今になって思えばおっさんの縄張りの島にいきなり海水をぶっかけたのは、少し悪かったなと思ってはいる。
あの頃は俺だって若かったんだよ。
何もない箱庭で千……いや、万の時を言葉を交わす相手もなく過ごし、たとえ脆弱な生き物でも言葉の交わせる相手の存在がいることのありがたさを感じた。
しかしそれに気付いたとしても、俺だけでここから出る手段はなかった。
俺は長い時間この何もない場所で、言葉の通じる者が訪れるのを待ち続けた。
無限の時を持つことを許された俺ですら、何もないこの場所で終わりの知れない千とも万ともわからぬ時間を過ごすのは苦痛だった。
いつか訪れるかもしれない者を待ちながら、何もない場所でただ眠りながら時間を過ごした。
下手に動き回れば海にも陸にも捕食者がいる。
本来なら全て俺の前に跪くはずの生き物達が、身の程もわきまえず俺に牙を剥く。
こやつらに食われてやればこの何もない空間から開放されるのだろうか?
死という意味で。
しかし、この空間は俺の本来の体が持つ魔力を利用して作られているため、俺自身の魔力が俺を殺せるわけがなかった。
箱庭に棲む存在に襲われて、この小さな体では命を落とすような傷を受けても気付けば蘇っている。
この箱庭、そして箱庭に棲むものが仮初めの存在であるように、小石ほどの大きさしかない俺の体も仮初めのものだ。
この空間から出ることも、滅ぶこともできない。
本体の魔力が尽きれば、この空間は消滅するだろう。
しかし本来はこの世の生物の頂点に立つ存在である俺の体は、底なしの魔力を持ち、自然界に存在する魔力だけでそれを維持することができる。
偉大な存在である体故の無尽蔵の魔力が、仮初めの存在となった俺を無限にこの箱庭に閉じ込め続けた。
終わりのない生が呪いだと感じ始めたのはどのくらいの時が過ぎた頃だろうか。
ただ波間に漂うクラゲのように、何もない空間を漂うように生きる日々が無限に続いた。
虚無のような時が過ぎ自分という存在が曖昧になり、このまま仮初めの海と一体化して波にでもなりたいと思い始めた頃、箱庭の中に異物が放り込まれた。
ここに閉じ込められた当初から心待ちにしていた存在。
この無限の虚無を終わらせてくれる存在。
夜の波間から異物をじっと観察した。遙か昔の記憶にある人間とかエルフとかいう奴らだ。
そういえば、海にいたエルフの奴らは俺のことを恐れながらも敬い崇めていた。
うっかり踏めば潰れ、体を動かせば波に飲まれるような小さな生き物だったという記憶がある。
物珍しさから奴らの生活を覗いたこともあった。気まぐれで海を漂う奴らを陸に戻したこともあった。
人間も同じだ。
時折海で見かける小さな生き物。海に出てくるくせに水の中では生きられぬ生き物。
暇潰しに奴らの言葉を覚えて話しかけてみたが、恐れるばかりのつまらぬ生き物。
人間もエルフも俺にとっては海に棲む魚より小さな存在だった。
しかしここから出るにはこの小さな存在の力を利用しなければならない。
あのくそ火竜のおっさんがこの場所に仕掛けた嫌がらせだ。
ここに来た者の力がなければ出られない仕組み。訪れた者もまた俺の力がなければここから出られない仕組み。
上手く奴らに取り入って、俺の力と体を取り戻しここから脱出するのだ。
たった二つの小さな異物が現れただけだというのに、生に対する絶望が希望に変わった。
俺の本来の姿から見れば小さく脆弱な存在。しかしこの仮初めの姿から見ると大きすぎる存在。
下手に近付けば、プチッとされかねない。
奴らは異物。俺の本体の魔力でできている仮初めの存在と違い、奴らにプチっとされると、さすがにあぶないかもしれない。
いや、仮初めの体なのでプチッとされてもそのうち仮初めの体で蘇るだろうが、その間に奴らがここから脱出してしまっては困る。
せっかくの希望だ、絶対に逃がさない。ここは用心深く観察をして近付くことにしよう。
この箱庭に入り込んだ異物は二つ。
片方は変な鎧を着た混じり物のあるハイエルフ。もう片方は、俺の嫌いな赤が印象的な人間。
赤い方は浜に建てたテントの中へと入っていって、変なエルフが砂浜で退屈そうにしている。
ぬ、海に向かって石を投げ始めたぞ!? なんだこの変エルフ!? くっそ、なんかむかつくな、ぶん殴りにいこうか?
いや、これは石を投げて海にいる生き物を挑発しているのだな。あぶないあぶない、偉大なる俺はそんな挑発に釣られないカメ。
くだらぬ挑発に釣られた愚かな奴らが浜に上がっていって、鈍器で殴り殺されているな。
え、そのまま火で炙って食っちゃうの!? ハイエルフって概ね草食だったよな? 何か混ざりものがあるから食えるのか? 変な半エルフやばっ!
あぶない、うっかり釣られていたら俺も鈍器で殴られて炙られるところだった。
あの半エルフ、何やら称号が付いておるな。何々……デストロイヤー。
……あの半エルフに触るのはやめておこう。
海の中からしばらく様子を見ていると、赤い髪の人間がテントから出てきて変な半エルフと入れ替わった。
半エルフと入れ替わった赤い髪の人間はすぐさま海のそばまでやって来て、釣り竿を取り出して釣りを始めた。
どこともわからぬ島の魔物がいる海で釣りとはなんとも呑気な人間よの。
海を舐めている愚か者には魔物をけしかけて驚かしてやるか。
あれ? けしかけた魔物があっさり釣り上げられてしまった。
運のいい奴め! ならばもう少し大きなやつだ!
くっそ! またか!
俺から見たら大きな奴を連れて行ったつもりが、人間にとってはただの魚かっ! くそがっ!
くっそ、人間のくせに良い釣り竿を使っているな。
海エルフの釣り竿じゃねーか。しかもこっそりと運が良くなる効果が付与がされているな。
つまり魚が釣れやすくなる付与。魚どころか海に沈んでいる珍しいものまで釣れそうな勢いの付与だな。
む、あの人間小さな魚は海に戻しているぞ? その魚は今は小さいけれど、そのうちでかくなる魔魚だけどな。なんともあまい人間よの。
奴なら俺様をここから出してくれるか?
どれどれ、変な称号と変なギフトばっか持っている奴だなー。スキルも変なのたくさんあるし。ほぉお、見るからに変な奴だけれど勇者なのか。
よぉし、お前に決めた!!
この期を逃したら次にここに異物が入り込むのはいつになるかわからない。
俺はこの変な二人組にくっ付いてここを出るのだ。
そういえばここで目覚めた時に火竜のおっさんのメッセージがあった。
ここを訪れる小さき者の力を借りよ、と。
どういうつもりか知らないが、俺はこの変エルフと人間を利用してここから脱出してやるぜ。
そして俺は赤毛の人間の服に張り付いた。
予想通り赤毛の人間はあまっちょろい男で、俺に気付いても攻撃はしてこず、俺を海に戻そうとしたが必死に張り付いているうちに諦めて、俺を服に貼り付けたまま、テントのある方へと戻っていった。
しかも、果物をくれた。
別に食べ物なんて食べなくても生きることのできる体だが、くれるというのなら貰ってやろう。
うむ、悪くない味だ。
ん? そっちは魚を焼いているのか? 仕方ない、それも貰ってやろう。
知っているぞ、それはチーズというやつだな。
食事が不要なこともあってここに来てから食事をしていなかったから、遙かな時を経て食べる食事は何でも美味く感じるな。
む? 変な半エルフが起きて来たぞ? やめろ、俺は食い物ではない。
そうだ、赤毛、その肉食エルフから俺を守れ!!
おい、肉食エルフ! 無駄に俺を挑発するではない! 今は小さな亀だが俺は偉大な存在なのだ!
やめろ! 俺の前で指を回すな! なんかむかつく! カーーーーーーーッ!!
まぁよい、今はコイツらを利用して力と本体を取り戻してここから脱出することに専念しよう。
ここから脱出する方法。
いずれここを訪れる者の力を借りて、奪われた俺の力と体を取り戻せば、ここを訪れた者も俺もここから出ることができる。
ここを訪れることができるのは、おっさんが隠した出口と入り口の鍵を持つ者だけ。
俺をここに閉じ込めたおっさんが俺にくれた情報はそれだけ。
この箱庭には全部で七つの建造物があるがどれも封印がされており、中には俺の力の一部が封印されているようなのだが、力を奪われた俺では開けることはできなかった。
しかも中心部にある神殿には不愉快なおっさんの石像はあるし、壊してやりたいけれど壊れないし、汚い文字でおっさんを称える言葉が書かれているのも気に入らない。
なんでわざわざ海エルフ語で書くかなぁ?
わざわざ慣れない海エルフ語を汚い字で書かなくても、人間の言葉だろうが、古代語だろうが、精霊語だろうが理解できるのに、バカにしてんのか!?
あー、むかつく。
何だよ、何でも持っている古代竜の始祖の一隻だからって見下しやがって。
ケッ! 純粋な古代竜? お高くとまりやがって。
ただ混ざりものがないだけでそんなに偉いのか? 混ざりものがあるのが悪いのか?
この世界なんて混ざりものだらけじゃねーか!
見ろよ、俺をバカにした純血の奴らは純血にこだわるばかりに世代を重ねるごとに、命にも力にも限界を作ってしまったではないか。
残っている純血は始祖に近い連中だけではないか。純血の奴らの数が減ったのはお前らが純血にこだわりすぎただけだ。
それでも純粋な血筋の奴らは純粋な血筋にこだわり続ける。
俺の姿は竜らしくない? 水の中で生きるにはこの方が適しているだけだ、それの何が悪い?
飛べない竜のどこが悪い。水に棲む俺は飛ぶ必要がない。
俺は進化したのだ。純血にこだわり続けてどんどん弱くなっていくお前らと違って。
世代のすすんだ純血種の奴らは、地上ですら俺に勝てないほど弱くなっているではないか。
俺は純血の奴らを倒して混血の強さを証明してやるつもりだったんだ。
俺は純血種ばかりで世代を重ねた奴らを何匹も倒した。
羨ましくなんかない、妬ましくなんかない、どいつもこいつも同じような姿をしやがって!
竜も他の生き物も。なんで似たような姿の奴らが何匹もいるのだ。どいつもこいつも似たような奴ばかりでかたまりやがって、見分けがつかねぇ!
俺は竜でもない、亀でも、魚でも鮫でもない。俺に似た奴はどこにもいない。
うるせぇ、俺は俺だけでいい。俺だけで十分強いし仲間なんていらない。
始祖と呼ばれるの連中以外の奴らで俺に敵う者がいなくなった頃、俺の二つ名は王となっていた。
だがまだ足りない。
俺は始祖連中――他の王に勝って、俺の強さを証明する。
混血の強さを。
もう混血だとバカにさせない。飛べない竜も竜であるとわからせてやる。
俺は竜だ。進化した竜だ。姿が違っても竜なんだよ!!
だから、俺を竜と認めろよ――。
まずは、俺の縄張りの近くに棲む火竜のおっさんシュペルノーヴァ。
火と水、属性的にも俺が有利だ。大きさも俺の方が何倍も大きい。地上ですら負ける気がしない。
縄張りが近いため、海上で何度か遭遇しやり合ったことはあるが、毎度牽制し合った後すぐに住み処へと飛び去っていった。
いかに始祖の古代竜とはいっても、相性の悪い属性の俺相手に俺のテリトリーでは、勝てないと思って逃げたに違いない。
まずはその臆病者から倒してやろう。
そう思って奴の住み処に海水をぶっかけてやった。
奴の住み処の近くには小さな生き物がチョロチョロと棲んでいたため少々巻き込むことになった。
そんな小さな存在を巻き込んだことが気に入らなかったのか、おっさんが激怒した。
地上では分が悪いと思い海に移動したが、海底火山の噴火で打ち上げられボコられた。
火竜って火を吹くだけじゃなくて、火山の噴火すら支配下なのかよ。
そして海から遠く離れた山の中に体を埋められ、力は封じられ、魂は仮初めの器を与えられ閉じ込められた。
俺の名前はクーランマラン――遙か昔、海の王とも呼ばれた異形の竜。
お読みいただき、ありがとうございました。




