気がつけばキノコ
誤字報告ありがとうございます、修正しました。
『どうして……どうしてこんなことに……』
『はいはい、昨日はすっかり忘れててサボっちゃったからね、今日は昨日の分までやるよ? みんなチリパーハ語が喋れるみたいだ、ちょうどよかったね』
『うむ、俺は家柄シランドルとの交流が多いからな、そのついででチリパーハ語もいけるぞ。しかしグランがチリパーハ語か……ふらりとチリパーハに行ってみるのも悪くないな……』
く、このお貴族組め。当然のように外国語はペラペラでやがる。ついでで一言語習得してんじゃねえ。
『うちは実家がシランドルの東部だからねー、オーバロにもよく行くしチリパーハからのお客さんも来てたから、嗜み程度には話せるわよ』
『俺はハーフエルフだからみんなよりちょっと長生きだからねぇ、暇潰しに言葉を覚えるからね』
リヴィダスはわかるよ、出身がそっちの方だから。
でもなんかこの脳筋バケツに負けるのは悔しいな!? 暇潰しで何各国語話せるんだ!? 悔しっ!!
『まぁ、知識は邪魔にはならないからね。暇潰しに覚えるわよね』
おのれ、ここにも暇潰しで言葉を覚える脳ミソおかしいやつがいた。魔女って脳ミソまで高性能なんじゃない!?
四階層目を抜け五階層を進む中、何故か会話がチリパーハ語である。
そして俺以外みんなペラペラである。
どうして……どうして……。
うっかり昼飯の時に「ダンジョンいる間はチリパーハ語の会話時間が取れないなー、いやー残念残念」なんてポロリしたら、何故かみんなチリパーハ語ペラペラで、午後からはチリパーハ語で会話になってしまった。
どうしてこうなった!?!?!?
五階層目は洞窟のような場所。
洞窟のようなのだが洞窟ではない。
洞窟のようなトンネル状の通路がずっと続いている五階層、しかしその通路の壁は岩肌ではなく木の幹である。
触って見ると間違いなく木の表面、ザラザラとした樹皮である。
そして樹皮でできた壁には小さな植物がちょろちょろと生えていて、不気味でありメルヘンチックでもある。
『グラン、あれは?』
『食べられるキノコ』
『あっちは?』
『食べられる丸キノコ』
『じゃあ、あそこの』
『食べられる平べったいキノコ』
『それじゃ答えになってないでしょ!!』
『キノコの名称くらい、ユーラティア語でも問題ないでござらんか!? マッシュルームにバブボールにプルロット』
いやいやいやいやいや、さすがにどう考えても日常会話で使わないキノコの名前をチリパーハ語でって無理だろ!? いや、必要ないだろ!?
ていうかアベルはそんな単語まで覚えているのか!? なんなの? 頭翻訳機なの!?
生えているのは植物だけではなく、キノコも。むしろキノコだらけである。
そう五階層目はキノコの空間。
見渡せばキノコ! 振り向けばキノコ! 俯けばキノコ! 仰げばキノコ!
まさにキノコの国!!
なんとなく胞子が飛び交っていそうで目と鼻が痒い気がしてしまう。
『この階層はキノコだらけの階層だったな。グランはキノコ狩りをしたいかもしれないが、大事になる前にさっさと抜けるぞ』
キノコ狩りは少ししたい。
だがこの階層は面倒くさい魔物というかキノコがいるので、ドリーの指示通り大事になる前に抜けた方がいいだろう。
キノコだらけの階層だからなのか、出てくる魔物もキノコ系がほとんどで、時々そのキノコ達を主食にする魔物が混ざっているくらいだ。
キノコの魔物は食べられる系のくせに生きているうちは、毒やら麻痺やら目がシパシパするやら、気分がよくなるやら、思考がおかしくなるやら、困った胞子を飛ばしてくるやつらばかりだ。中には音波攻撃をしてくる高性能キノコもいるので侮れない。
キノコの魔物や亜人は纏めてマイスィーリアと呼ばれており、マイスィーリアの中には知能が高く人間に友好的な種族も存在するが、ダンジョンにいるのはほぼ悪質なキノコ、つまり毒キノコを除けば美味しく召し上がっていい系のマイスィーリアだ。
ちなみに世界のどこかにはマイスィーリアの国もあるとかなんとか。
そんなキノコだらけの階層の中でも特に厄介なキノコがいる。
『あ、アベル危ないでござる!!』
その厄介なキノコがアベルの頭の上に乗っかったのを見て、反射的に手刀をキノコの上――アベルの頭の上に落とした。
「いたっ!! そんな強く叩かなくてもいいでしょ! あっ! もう、グランのせいでうっかりユーラティア語を使ったじゃないか。って何その変な語尾」
許せ、厄介なキノコを倒すためだ。そして無事倒したでござるよ。
『よっしゃ、アベルから一本取ったでござる。よくわからないけどカリュオンがチリパーハの丁寧語だと教えてくれたでござる』
俺が手刀で潰したのは人の指ほどの小さなキノコ。ユキムシノココロというキノコの魔物だ。
コイツは生き物の頭の上に住み着き、そこから生き物を操る魔力で体を乗っ取るとんでもないキノコなのだ。
このダンジョン以外にも棲息しているキノコで、頭に住み着かれたことに気付かず長期間放置すると徐々に体内に菌糸を伸ばしながら成長し、そのうち外見は元の生き物だが中身はキノコという状態になってしまう。
そして宿主が完全に乗っ取られる頃には体中に小さなキノコが大量に生え、その体を養分としていっきに成長する。
宿主を養分として人の指ほどのサイズまで成長したキノコは、その一つ一つが新たなユキムシノココロとして次の宿主を探しに旅立っていくのだ。
そして一つの生物に寄生し食らい尽くした"親"のユキムシノココロもまた次の宿主を探しに旅立っていく。
最初は時々が記憶が途切れるくらい、徐々にその時間が増え完全に乗っ取られると宿主の意識は全くなくなり、気付けば内側からキノコになってしまっているという恐ろしいキノコである。
小さなキノコでそのままだと非常に弱いのだが、体を乗っ取るまでに成長するとその強さは乗っ取った宿主の強さに依存することになる。
ちなみにこの生き物を乗っ取るまでに成長した親のユキムシノココロは非常に高級な調合素材であり、乗っ取りを繰り返している個体ほどその価値は高くなる。
恐ろしい生き物ではあるが、人間くらいの大きさなら完全に乗っ取られるまでには年単位で時間がかかり、頭に住み着かれたばかりの頃は髪の毛を洗えば一緒に流れていくので、清潔にしていればそうそう乗っ取られることはない。
小さいけれど少し怖いキノコなので、頭を洗えば流れていくといっても、発見次第さっさと倒してしまった方が精神衛生上よい。
小さな生き物なので倒す時は先ほどのように軽くチョップをするだけで倒せる。
少し勢いをつけすぎたので、アベルがふてくされた顔で頭をさすっている。いやー、すまんかった、すまんかった。
あと、"ござる"はカリュオンに教えてもらったチリパーハの丁寧語なので、忘れないようにできるだけ使うようにしているだけだ。
『チリパーハにもエルフがいてさ、あっちのはチリパーハエルフっていって、この大陸のエルフと少し違うんだよね。アイツら大陸のエルフより耳が長くて、動物みたいに面白いように動くんだよね。あと言葉が独特』
へー、大陸のエルフも十分耳が長くて尖っていると思うけれどそれ以上なのか。
カリュオンはハーフなので耳は短くて、普段は髪の毛の隙間から少し見えるだけなので、この暑苦しさもあって言われないとエルフの血を引いているなんてわからない。
『えー、その変な語尾はカリュオンの悪戯じゃないの……。そういえば、エルフってエルフ同士だと普段エルフ語で話してるの? カリュオンってハイエルフの系列だよね?』
え? 語尾が何だって? よく聞き取れなかった。
カリュオンがハイエルフのくだりは聞き取れた、というかそれは俺も以前に聞いたことがある。
こんなに暑苦しいのにカリュオンは半分だけだが由緒正しい古の正統派エルフ――ハイエルフの血を引いている。
『うちの実家はハイエルフでも古いとこだから日常会話は古代語だな。エルフ語は新興エルフの言葉だからって爺どもが嫌がるんだよ。やっぱ爺の家の下でピザパーティーをやるべき。他の集落のエルフとはエルフ語、他の種族とは大陸共通語かな。エルフも世界各地にいるからなぁ、エルフだけで固まってるならエルフ語かもしれないけど訛りもあるし、外部と交流あるならその地域の言葉が主流のやつらもいるかな。まぁ、長生きして暇なやつらだから暇潰しに言葉を覚えているからだいたいの言葉は通じるんじゃないかな』
『なるほど、言われてみたらエルフも世界中にいるよね。人間の民族みたいなものかー、なかなか興味深いね』
うむ、カリュオンがスラスラとチリパーハ語を話すしアベルも難しそうなことを言っているから、言葉は俺の耳を右から左に抜けていって細かいことまではよくわからなかったな。
とりあえずエルフは暇人なのはだいたいわかった。
『あっ! グラン危ない!!』
「へ? ぐあっ!?」
流暢なチリパーハ語で話すアベルとカリュオンの会話を右から左に聞き流していたら、そのカリュオンから額の上辺り目がけて掌底が飛んできてクリーンヒットした。
フルプレートバケツによる金属製の掌底である。痛いなんてものじゃない。目の周りに星が飛び散ったぞ!?
『あぶないあぶない。グランのおでこの上にキノコが落ちてきてたよ』
ホンマ、あのキノコ気配なくフワリと落ちてくるからやばい。
「いててててて、助かったけど金属掌底痛すぎ」
『グラン、言葉が戻ってるよー』
『アッ!!』
うっかりユーラティア語になってしまった。アベルが妙に嬉しそうに指摘をしてきた。コイツさっきのを根に持っているな?
『あら、リヴィダス耳の後ろにユキムシノココロがいるわよ』
『あら、ありがとう助かるわ。シルエットも帽子に付いてるわ』
女性人は平和にキノコの取り合いしている。俺もそっちがいい。
『お、ドリーの頭の上にも!!』
なんて思っていたら、今度はカリュオンがドリーの方に向かってメタル掌底を放った。
『あまいな』
ドリーはそれを左手で受け止め、右手で頭をわしわしと探って、頭の上にいたキノコを摘まみ上げてそのまま潰した。
あ、物騒なキノコだけれど焼くとわりと美味いのに。
『ははは、さすがドリーだなー……わっ!?』
グワァァァンッ!
『おっと、こんなところにキノコが』
キノコを握り潰したドリーの右手が、今度はカリュオンの顔面に華麗な右ストレートを放ち、金属がグワングワンいう音が響いた。
ドリーの手の方が痛そうな気がするけれど大丈夫なのか? それに鎧の上からなら操られないというか、カリュオンくらい魔力耐性があれば乗っ取られることはなさそうな気がする。
『ははははは、なかなかいいパンチだったぜ。だがドリーまだ頭の上にキノコが残ってるぜ?』
『ぬ、やるか? お前も鎧の上だとわかりにくいだろうがキノコが乗っているぞ?』
いや、キノコはいない気がするけれど、彼らにしか見えないキノコがいるのだろうか? 何だか楽しそうに睨み合っている熊とバケツ。
これはたぶんアカンやつだ。
『つべたっ!! いたっ!!』
ドリーとカリュオンの間に不穏な空気が流れ始め、巻き込まれたらたまらないと少し離れようとしたら突然バラバラと氷が降ってきた。
『グランの頭の上にキノコいっぱいいたよ。危なかったねぇ?』
アベルがしれっとした顔で言っているが、本当にキノコがいたのか。
『それは助かったよ。おぉっと、こんなところにキノコがっ!』
『いたああああっ!!』
身体強化でスピードだけ上げてアベルの前に手を伸ばし何もいない額にデコピンをかましてやる。
『あっれー? 素速いキノコめぇー、どこに逃げたー?』
見失っちゃったかな~~~~。
『グ~ラ~ン~』
あ、やべ、少しやりすぎたかも。アベルの額が俺のデコピンで赤くなっている。
よし、逃げるか。
『ここは乗っ取るキノコが危険で危ないので逃げるでござるよ』
そしてアベルの反撃が来る前に逃げるぞ!!
『あ、こら、待て!!』
『ちょっと! グランアベル!! ふざけて先走りすぎないのよ!! ドリーとカリュオンもいい加減にしなさい!!』
リヴィダスお母さんの声が聞こえた気がするけれど、今はお怒りモードのアベルが怖い。
あちらではドリーとカリュオンがエキサイトしているし、俺らよりやつらのが先に怒られそうだな。
『おう、ちょっと先まで軽く様子を見てくるだけだよ』
アベルとリヴィダスから逃げるついでに、周辺の壁に生えているキノコを適当に毟って回収しつつ、少し先まで安全を確認してこよう。
『待て、グラン! 逃がさないよ!』
ひぇっ! アベルがついてきた! まぁ、アベルがいるなら少々先走っても安心だな。
お読みいただき、ありがとうございました。
※半端なとこで申し訳ありませんが、明日の更新はお休みさせていただきます。
火曜日から再開予定です。




