早春の湖
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ピエモンの西、アゲル伯爵領の町アルジネ――リリーさんのお店があるのがこの町だ。
アルジネの南に位置する山脈の麓には大きな湖があり、その湖から流れ出した川は大陸の北の海へと流れ込んでいる。
アベルの提案で今日訪れたのは、アルジネの南の湖――ネライダ湖。
アルジネから川を越え、馬車で二時間ほど川沿いの街道を進めば、ネライダ湖の辺に漁業で栄える町――アゲル伯爵領の領都ヴェルソーがある。
騎獣だとアルジネから一時間程度で到着するヴェルソーの町だが、アベルが以前にも来た事ある町だった為、今日はアベルの転移魔法でピョーンとしてやって来た。
ヴェルソーの町で俺達は、この時期ネライダ湖で大発生する水棲植物系の魔物の討伐依頼を受け、湖の畔までやって来ていた。
「せっかく湖に来たから、収納のスキル上げができそうですね! ついでに水も補充できますね!」
「そうですねー、魔物を押し流すのによく使うから、僕も水を補充しないと」
水辺でキャッキャッとはしゃいでいるのはキルシェとジュスト。
ランクの低い依頼をAランク二人だけで受けるのは少し気が引けるので、ジュストを一緒に連れて行こうとしたら、今日はキルシェと一緒に冒険者ギルドの依頼を受ける予定だったらしく、だったらとキルシェも一緒にネライダ湖に連れてきた。
ジュストがD、キルシェがEランクなので、Aランクが二人いるパーティーで、少し低めのランクの依頼を受けても不自然ではないはずだ。
そして、依頼を受けて湖までやって来て、魔物より先に湖の水でテンションを上げているのがこの二人である。
俺も、ダンジョンで水をかなり捨ててしまったし、試験でも放出したので補充しておこう。
「グラン? ジュストだけじゃなく、キルシェちゃんにも変な事教えてない?」
「変な事?」
アベルが目を細めてこちらを睨んでいるが、変な事って何だ?
「なんであの二人、普通に収納に湖の水を入れようとしてるの!?」
「ん? 水は収納に入れるものだろ? それに、キルシェは以前、丸太で危ない場面を回避した事があるしな。あ、俺も水補充しておこう」
「キルシェちゃん、丸太まで入れてるの……って、グラン!? こないだ、ダンジョンで収納溢れさせたばかりでしょ!!」
指パッチンで魔法が使えるアベルにはわからないだろうが、水や丸太や土砂は便利なんだよ!!
魔法が使えたとしても収納から出すだけだから、魔力消費ほとんど無しで水や土砂、丸太攻撃ができる優れものなんだぞ!?
ジュストだって、魔法が使えるのに水や土砂を収納に入れている。
キルシェは商人だし、以前魔力が少なくてあまり魔法が使えないと言っていたからな。
魔力を増やす方法は教えたけれど、冒険者になってからも日が浅いし、攻撃魔法は使えないだろうし、やっぱ収納の中には土砂と水と丸太だよな。
キルシェは攻撃系の魔法は使えない。
ついさっきまで、そう思っていました。
「あっはっはーっ!! 超たのしーーーーーー!! ここなら他に人がいないし魔法撃ち放題!! 雷を落としてみたいけどダメだよねーーー!?」
「ひえええー……アベルさんすごい。僕もがんばります!!」
ええ? ストレス解消とばかりに風の刃を飛ばしまくっているアベルと一緒になって、キルシェがめっちゃめちゃ風の刃飛ばして、植物系の魔物の葉っぱを草でも刈るみたいに、バサバサ刈り取ってるけど!?
どういうことっ!?
前に魔力少なくて、魔法は生活魔法くらいしか使えないって言っていなかったか!?
それと、アベルは雷はやめろ!! 絶対ダメ!! 他に人のいない場所でやっているから人的被害はないかもしれないが、お前の雷を落としたらここらの生態系大破壊だ!!
「へー、キルシェちゃん、攻撃系の魔法が使えたんだ」
「あ、はい。グランさん達がお留守にしていた時期に、お家のお世話に伺っていた時に、ウルちゃん達に教えて貰ったんですよ」
三姉妹達かああああああああ!!
この時期ネライダ湖で大発生する水棲植物系の魔物――リュフシーは、水の上に顔を出す大きな丸い葉っぱのようなDランクの魔物で、葉っぱの隙間からピンクや白の美しい花を咲かせている。
ちなみに、地下茎は食用可能で、色々な料理に使えてわりと美味しい。
茎も食べられるし、花は煎じてお茶にして飲める。葉は食品を包む為に使用され、花の内側にある口の中には種が張り付いており、これも食用になるしポーションの材料にもなる。
つまり、余すとこなく素材になる美味しい魔物なのだ。
花や葉は切り落としてもしばらくすれば再生するのだが、再生を繰り返すと地下茎の味が落ちるので、葉より地下茎が欲しい場合は再生させない方がいい。
リュフシーは、その大きな葉っぱの上に、花の蜜を狙った小動物や小型の魔物が乗ると、葉が罠のようにパタンと閉じてそれらを捕獲する。そして、捕獲した獲物を花の中にある口で、バリバリと食べてしまう。
大きな葉だと、人間の大人でもパタンと捕獲されしまう。
綺麗な場所より、やや汚れている場所や泥の多い場所を好み、人間の生活圏に近い場所や河口付近に集団で棲息している事が多い。
気温が上がり山から雪解けの水が湖に流れ込むこの時期は、雪解け水が土砂も運んで来る為、リュフシーが大発生し易い時期だ。
リュフシーが大発生すると、その周りにはリュフシーと共生する魔物も集まって来て危険な為、大発生の時期にはその周辺の魔物と合わせて討伐依頼が多く出される。
リュフシー自体はDランクの魔物だが、大発生中は数も多く、周囲には他の魔物も集まる為、討伐依頼はCランクである。
そして、この魔物何が面倒くさいって、弱点である魔石が地下茎と茎の境目である。つまり、魔石がある部分が水底の泥の中で、水上に出ている花や葉をいくら切っても倒せない。
葉や花を刈って攻撃手段を奪った後、葉と花が再生する前に水に入って、地下茎と茎の間の魔石を取り除かないといけない。
この作業の時が、周りから他の魔物に襲われたり、残っているリュフシーの茎が絡まって来たりで、一番危険だ。
アベルに雷魔法を一発ドーンと落として貰えば早そうだが、それだと周囲の生物も根絶やしになってしまう。
それに、綺麗な水より汚い水を好むリュフシーは、水の中の汚れを養分としており、水の浄化に一役買っている為、大発生する時期とはいえ、全て刈り尽くしてはいけない。
人的被害が出そうな場所を中心に狩って、あまり危険のなさそうな場所は間引くくらいでいい。
アベルとキルシェが地上から風魔法でリュフシーの葉を刈り取り、その後、水の中に入り切り落とされた花や葉を回収しながら、茎を引っ張って引き抜くのが俺とジュストの仕事だ。
引っこ抜いたリュフシーは、俺が魔石を取り出して止めを刺して回収。
俺達が作業している場所の水深は俺の太ももくらいの為、普段腰にぶら下げている武器やポーションは外している。
俺より背の低いジュストは腰の辺りまで水の中だ。
時々、リュフシー以外の魔物がカジカジと足に噛みついて来たりするが、強い魔物はいないようなので、適当にあしらっている。
魔物はあまり怖くないのだが、暖かくなってきたとはいえ、水はまだ冷たい。
防水対策をした装備の上から更にジュストに水耐性を上げる魔法を貰ってやっているが、冷たいものは冷たいので時々休憩を取りながらの作業だ。
俺達は冷たい水の中だが、地上の二人は風魔法を飛ばしながらのんびりと話をしている。
俺もそっちに行きてぇ……、いや、ジュストだけ水の中はやっぱ可哀想だな。先輩としてここは耐えなければ。
「キルシェちゃんが三姉妹に魔法を習い始めたのは、俺達が旅行に行ってる時から?」
「はい、そうですね」
「へぇ、短期間で随分上達したんだね」
「ありがとうございます! すごい魔法使いのアベルさんに、そう言われると嬉しいです!」
半年くらい前には、魔力少なくて生活魔法ですら息切れするって言っていなかったっけ?
今見る限りでは、ものすごくピュンピュンと風の刃を飛ばしている。
「ええ、さすがアベルさんの親戚ですよね。小さいのにすごい魔法がいっぱい使えておどろきました」
そういえば、三姉妹とラトはアベルの親戚設定だったっけ?
「あー、うん、そうだねー。彼女達は魔法得意だね」
「あれ? あれ……そういえば、あれ? アベルさんのお兄さんって方と三姉妹ちゃん達、何だか面識なかったみたいな……」
アベルと話ながら風の魔法を撃っていたキルシェが、何かを思い出したようにブツブツと言いながら考え込んだ。
「ん? 俺の兄? どういう事? 俺達が留守の時に俺の兄を名乗る人が来たの?」
「あ、やば、内緒って言われてたんだった!」
キルシェが慌てて口を押さえたが、俺にもアベルにも全部聞こえているぞ?
というか、アベルの本物の家族が来たなら、三姉妹とラトの親戚設定が嘘なのがバレてしまう。
「へぇ……内緒……ふーん。その人ってもしかして騎士だった?」
「ですです、あっ!」
キルシェ、もう色々手遅れだから、素直に全部吐いてしまえ。
うわ、アベルの顔がめちゃくちゃ笑顔。
「うん、それは腹違いの兄だね。ラトも三姉妹も母方の親戚だから、腹違いの兄弟とは面識がないんだ」
息をするようにサラッと新設定が。
「なるほどー、そうでしたかー。でも、お兄さん悪い人じゃなかったですよ。最初はグランさんの家に入りたがって、ちょっと怪しかったですけど、アベルさんが心配で様子を見に来たとおっしゃってました」
ん? 俺んちに入りたがった? アベルに会いに来たけれど留守だったってやつか?
「へぇ……そう。ふーん、すごくよくわかったよ。ありがとう、キルシェちゃん」
うわぁ……アベルがめちゃくちゃいい笑顔になっている。これやばい笑顔だ。
まぁ、家族がいきなり会いに来たら、びっくりするもんな。
俺だって、前世で一人暮らしをしているところに抜き打ちで家族が来ると、やめてくれって思っていたし。
「アベルさんには内緒って言われてたので、僕が話した事は内緒で」
「うんうん、内緒にしておくよ。へー、兄上が来てたのかー、それで俺に内緒? ふーん」
アベルが真っ黒な笑顔になっているが、お兄ちゃんはきっとアベルが心配だったんだよ。
こんな、遠くまでわざわざ会いにくるなんて、家族思いのいいお兄ちゃんだな。
「そうそう魔法の事なんだけど、キルシェちゃんは、突出したものないけど、四属性はどれもちょっとずつ適性があるね。上手く伸ばせば、複合属性も使えるようになると思うよ。そうだね、イイ事教えてくれたお礼に、俺が複合属性魔法のコツを教えちゃうよ」
「ホントですか!? ぜひお願いします!!」
おいおい、あんまキルシェに物騒な魔法は教えるなよ?
べ、別にキルシェが魔法を使えるのが、羨ましいわけじゃないからね!!
「うんうん。それにキルシェちゃんギフト持ちだし、これはもしかしたら化けるかもしれないね」
……ん? アベル、今、何つった?
お読みいただき、ありがとうございました。




