殺意の向かう先
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「操られたってどういう事だ?」
何かを攻撃して、燃えながら地上に落下したワイバーン。
まるで隷属された者が、それを破った時のペナルティーのようだった。
そして、魔物を操る事ができるといえば――。
「ワイバーンの周りに見えた靄、あれは使役や隷属の魔法だね。魔物を操るスキル持ちが操ってたようだけど、ワイバーンが抵抗して隷属魔法のペナルティーが発動したみたい」
「ワイバーンを操ってた奴がいるって事だな。縄張りから離れた場所まで来たのもそのせいか。あのクラスのワイバーンに隷属の魔法をかけるなんて、優秀な魔物使いだと思うけど、生きてるのかねぇ」
ボスワイバーンが吐いた火球で崩れた岩場を、カリュオンが指差した。
崩れた岩場の周りは、また少し黒い煙が出ている。
操られていたという事は、操っていた奴がいるという事で、普段はこの辺りで遭遇する事のないワイバーンの群を、そいつが俺達にぶつけた事になる。
魔物を使役する能力を持つ魔物もいる。魔物を操っていたのが何者かは、そこの瓦礫を探ってみるまでわからないだろう。
あのワイバーンの群、もしくはそれを統率するボスが、魔物を使役する能力の持ち主に無理矢理操られていたのだろう。
そして、部下を失って勝ち目の無くなったワイバーンのボスが、どうせ死ぬのならと理不尽な命令をした主を攻撃し、隷属魔法のペナルティーが発動したのだと思われる。
魔物を操る事ができる者の事を魔物使いと呼ぶ。
操るといっても魔物と魔物の使いとの関係は様々で、調教という形だったり、友人に近い関係だったり、お互いの利害の一致による協力や契約だったり、時には呪いに近いスキルや魔法で強制的に従わせていたり。
魔物を使役するという事は必ずしも安全ではない。
その対策として、使役する魔物が使用者に逆らった時は、何らかの罰が発動するという契約魔法を使って魔物を使役している場合もある。
その罰は厳しい苦痛だったり、命を奪うものだったり、時にはその魔物の番や子にも罰が発動する場合もある。
そういう魔物の使い方は、使役というよりも隷属、契約魔法というよりも呪いに近い。
それでもやはり、使用者次第では使役している魔物に牙を剥かれてしまう。
そうならない為にほとんどの魔物使いは、自分の使役する魔物を大切に扱い信頼関係を築く。
しかし、スキルや魔法で一方的に魔物を使役する者は多い。
また魔物使いが出会ったばかりの魔物を、一時的に使役する事もよくある。
そういった場合の魔物との関係は、利害の一致もしくは強制的な使役であり、長期間共に行動する魔物に比べ突然裏切られる可能性が高い。
そして、一時的に使役する魔物を使い捨ての道具のように使う魔物使いも少なくなく、ダンジョン内の魔物は特にそのような使い方をされる。
「岩の下に何かいるな。瀕死だが生きている」
崩れた岩の下から、僅かに生き物の気配がする。先ほどまで気配を消していたのだろうが、今はもうそんな力も残っていないのだろう。
放っておけばこのまま死にそうなほどのダメージを、ワイバーンの攻撃で受けたようだ。
あのボスワイバーンは、ぱっと見ただけでもAランク以上の雰囲気だった。あのクラスの魔物を信頼関係なしに完全に制御するのは、並大抵の力量では無理だろう。
隷属や使役系の魔法やスキルも完璧ではない。いくらきついペナルティー付きで魔物を使役できたとしても、魔物の力が強ければ反撃をされる。強い魔物を使役するには、大きなリスクもつきまとうのだ。
「俺が見に行こう。他は少し離れていてくれ」
こういう時に一番危険な役目を引き受けるのは、毎度カリュオンだ。
ズンズンと崩れた岩場の方へとカリュオンが向かう。
そのカリュオンに少し遅れて、俺達も続く。
故意にワイバーンの群をぶつけられた以上、それを行った者がすでに瀕死だったとしても警戒を怠る事はできない。
まだ、仲間がいるかもしれない。
いつも以上に周囲の気配に注意を払う。
チリッ!
一瞬だけ刺すような殺気を感じた。
あまり遠くない左側やや前方の岩陰。そちらに視線だけを向けた直後、岩の隙間でキラリと金属が陽の光を反射し、こちらに何かが投げられたのが見えた。
狙われたのは先頭を歩くカリュオン――ではなく。
「アベルッ!!」
投げられたのは大型のナイフ、向かう先はアベル。
それを反射的に左手で掴んだ。
並大抵の刃物のなら、防御系の付与をしてある俺のグローブなら刃を掴んだとしても平気なのだが、そのナイフを掴んだ瞬間に嫌な匂いとジュッという音と共に、グローブの表面が溶けて左手に焼けるような痛みを感じた。
そして、頬の横で防毒効果のあるピアスが二つ砕け散った。
「アベルはカリュオンといろ! リヴィダス、加速系の強化をくれ! ジュストは全員に防御魔法をガチガチにかけろ! あと、全員バジリスクの毒対策をしておけ!」
俺はすぐさまナイフを収納に投げ込み、ナイフを投げた主の方へ駆け出した。
「グラン待って! 俺も行く!」
「アベルはそこで待ってろ! リヴィダス、アベルは任せた」
もし相手の狙いがアベルなら、一緒に行くべきではない。リヴィダスならしばらくの間は、アベルを引き留めておいてくれるだろう。
アベルの言葉を否定して、ナイフが飛んで来た方へ走ると、岩場から人影が逃げるのが見えた。
ジクジクと痛む左手が気になり、バジリスク専用の解毒用のポーションを取り出して呷る。
収納に投げ込む前に見たナイフの鑑定結果には、バジリスクの毒と見えた。
タンネの村でバジリスクの毒用のポーションを多めに購入しておいて良かった。
バジリスク専用の解毒ポーションを飲んだ後は、しばらくバジリスクの毒への耐性が上がる為、この後バジリスクの毒を使用した攻撃をくらっても耐える事はできる。
しかし、耐性は上がるが完全に防げるわけではないので油断はできない。
バジリスクの毒は非常に強力で、毒耐性が低いと即死レベルである。
それなりに毒耐性がある俺でも、耳に付けていた防毒用のピアスが二つ砕け散った。もしかしたら何かしらと調合して強化された毒だったのかもしれない。
そんな毒を塗った大型の投擲用ナイフ。
先ほどのワイバーンの群といい、明らかに俺達に対しての殺意を感じる。
狙われたのはアベルか?
アベルなら気付けば避けていただろうが、気付かずあのナイフがアベルに当たっていたらと思うとゾッとする。
俺達の左からの攻撃、高さ的に胸を狙っていた。
ダンジョンの中の犯罪は、ダンジョンの性質上証拠が残りにくい上に、冒険者なら何かあっても探索中の事故として処理される事が多い。
犯人を捕まえられなければ、有耶無耶になってしまう。逃がせば、再び狙われる可能性が高い。
辺境でのんびり暮らしている俺と違って、魔法を多く使いこなすアベルは、指名依頼でダンジョンに行く機会が多い。
あの歳で王都でも頭一つも二つも抜けた冒険者、そしてあの性格である。
僻まれもすれば、恨みも買っていそうだし、邪魔に思う奴もいるだろう。それは仕方ないが、それを実行するのは許しがたい。
身体強化を最大まで発動し、逃げる人影を追う。
ナイフを受け止めた時に少々毒でダメージを貰ったが、解毒ポーションも飲んだし気合いと根性でゴリ押せる。
「理由は知らねえが、絶対に逃がさねえぞ」
お読みいただき、ありがとうございました。




