新しい季節の気配
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「――――――――――――!!」
なんかトイレの方からアベルの悲鳴のようなものが聞こえた気がするな?
まぁ、俺はできあがった朝食をテーブルに並べるのが忙しいので、トイレで何か事件に巻き込まれてあろうアベルのことなんて気にしている暇はない。
どうせ自宅のトイレだし、事件が起こってもたいしたことではない。はず。
今日はジュストがオルタ・クルイローの寮へ戻る日。ジュストがこの夏休み、うちで食べる最後の食事。
気合いを入れて作らないわけにはいかないだろう。
もちろん弁当に保存食、学友や先生達への手土産も用意しておいた。
そんなわけで今朝の俺は忙しい。
トイレで大騒ぎしているアベルを気にしている暇なんてない。
どうせそのうちプリプリ怒りながらやってくるだろうし――。
「ちょっと、グラン!! グランと決まったわけじゃないけど、俺の勘はグランだといってる!! そんな悪戯をするのはグランしかいないから!! トイレのシャワー装置の強さを最強にしたのグランでしょ!! 何でそんな、しょうもない悪戯をするの!! あー、もう!! 朝から最悪の気分だよ!! ていうか、何の需要があってあの最強設定なの!!」
ほら、来た。そして予想通りプリプリ怒っている。
最悪なのは、朝食を前にトイレの話をしているアベルだぜ。
「俺とは限らないだろー? 悪戯とも限らないだろー? 誰かが最強で使って戻し忘れただけかもしれないだろー?」
まぁ、俺がやったんだけど。
昨日アベルの後に風呂に入ったら、風呂場に置いてある髪の毛用の洗剤と体用の洗剤の位置がいつもと逆になっていて、体用の洗剤で髪の毛を洗ってしまい髪の毛がゴワゴワになってしまった腹いせに。
アベルは左利きだから、アベルが使った後は物の位置や向きが逆になっていることがよくあるんだよなぁ。
アベルがうちに転がりこんできて以来非常によくあることで、何度か文句を言ったことがあるが人の癖というのはなかなか直るものではなく、これまでも俺の髪の毛が何度もゴワゴワになっていた。
その仕返しは料理にピーマンやニンジンを混ぜることくらいだったが、家が改装された今ならもっとダイレクトな仕返しができる。
くらえ! トイレの便座に付いているシャワー装置最強設定!!
他人と……いや、家族とだって、誰かと共に暮らせば細かい習慣の違いや癖でぶつかることなんてよくある。
一緒に暮らしているとそれくらい仕方のないことだとわかっていても、それが積み重なったりタイミングが悪かったりすると、不満となりイライラの原因になり実にしょうもないことで仲違いをすることもある。
そう、些細なことでも溜め続ければ不満は大きくなり、いつか大爆発して関係を破壊してしまうことすらあるのだ。
まさに”塵も積もれば山となる”である。
だから小さな不満は小さな仕返しをして、ガス抜きをすることも必要なのだーーーー!!
なので、俺は悪くない! これでお互い様!!
「あー……でも兄上の部屋のトイレにあのシャワー装置を取り付けて、最強設定にしておきたいなぁ。でもすぐには無理だろうし、兄上の部屋に忍び込んでシャワー装置の強さを最強にするのも難しいな。でもノワ……カシュー兄さんの部屋ならいけそ――ダメだ、カシュー兄さんにはあまり利かなさそう」
プリプリ怒っていたかと思ったら、邪悪な表情になって邪悪な独り言を漏らし始めるアベル。
いやいや、あの便座に取り付けてあるシャワー装置はトイレを気持ちよく終えるためのものだからな? 悪戯はオマケだからな?
そっちをメインにしてはいけない。
「おーい、グラン。トイレで悪戯をするのはいいが、アベル以外が引っかかるかもしれないから、そういう悪戯はターゲット以外が巻き込まれないようにしろよー。俺は気付いて使う前に威力を下げたけどなー」
「はーい、気を付けまーす」
「あっ! 気を付けますってことは、やっぱりグランが犯人なんじゃない! しかも俺狙いでわざと! ほんと、最っ低っ!!」
「しまった!」
ぬわああああああ……うっかりカリュオンに釣られてしまった。
しかもちょっぴり悪い笑顔になっているところを見ると、狙ってやりやがったな!? おのれ、カリュオンめ!!
お陰でこの後、朝食を食べ始める直前までアベルにネチネチ文句を言われることになった。
「それではお世話になりました! 次は冬休みに――帰ってきます!!」
玄関を出たところで、ジュストがペコリと頭を下げる。
その横には、ジュストがうちに戻って来る時に乗ってきたオストミムス君。彼もまた、ジュストを真似してピョコピョコと頭を下げる仕草をしている。
ペットではなくて騎獣だが、やはり飼い主に似るものなのだろう。
「おう、いつでも戻ってくるといい。ジュストの部屋もちゃんとあるんだから、うちのことは第二に実家だと思っていいぞ。むしろ思ってくれ」
「はい! グランさんの家は、僕の第二の実家だと思ってます! えへへ、また冬休みに戻ってきますね!」
朝食を終え、出かける準備が済めばいよいよ出発の時間。
今日はリオ君とセレちゃんの家庭教師の日だが、その前にアベルの転移魔法でジュストをオルタ・クルイローに送っていくことになっている
「そうだよ、俺もグランの家のことは第二の実家だと思ってるよ」
「おい?」
「そうだなぁ……俺もなんだかんだでグランの家の居心地が良くて、第二の実家にしたくなってきたなぁ」
「カリュオンまで、おいぃ?」
「私はもうここが住み処だと思ってるぞ」
「ラト!?」
「森の奥の住み処も悪くないのですが、グランの家は居心地がいいから仕方ないですわね」
「ね、私達の部屋もあるし、グランの家は私達の第二の住み処よ」
「ですねぇ、第二どころか第一でもいいですよぉ」
「ウル!? ヴェル!? クル!?」
「カメッ!」
「キエッ!」
「モモッ!」
「ゲレッ!」
「チビッ語はわからないけど、チビッ子達も!? もー、みんな嬉しいこと言ってくれるな! そんな言われたら、これから先もずっと帰って来たい時は、いつでも帰ってきていいって言いたくなるじゃん」
いつか別々の道を歩む日がくるかもしれないから。
俺もいつまで冒険者を続けられるかわからないから。
冒険者を終える時、もしかするとその前に、アベルやカリュオンとは別々の道を歩むことになる可能性だってあるから。
ジュストだって学校を出て自立したら、なかなか会えなくなるだろうから。
ラトや三姉妹もチビッ子達も、もしかすると俺の寿命が尽きる前に何かの理由で別々の道を歩むことになるかもしれないから。
それでもこの家に帰りたいと思ってくれるのなら、その時はいつでも帰ってきてほしい。むしろ帰ってきてくれ。
もう一人で暮らすなんて考えられないほど、この賑やかな暮らしに慣れてしまったから。
改装して広くなった家に独りぼっちは寂しいから。
「俺もちゃんとここに帰ってくるから。それじゃあ、出発しようか!! いってきます!!」
夏休みの終わりの日、それは新しい日々の始まりでもある。
いってきますと言った後、見上げた空には新たな季節――秋の気配のする黄金の太陽が輝いていた。
お読みいただき、ありがとうございました。




