少し早い秋の味
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程よい加減の炭火で焼き上がったサンマの表面のデコボコと程よく付いた焦げ目とサンマから滲み出した脂が食欲を誘い、箸を入れるまでもなく視覚だけでそのパリパリ食感を容易に想像させられる。
実際に箸を入れればパリッと小さく響く音だけで、魚の皮という部分さえも食欲を刺激するものとなる。
そして香り。
チュペの偉大な火加減の炭火で程よく焼き上がった魚が、香ばしく罪深い香りを深夜の森に垂れ流しており、なんとなぁく森に棲む者の視線のようなものをチラチラと感じる。
それでもそれらが寄ってこないのは、きっとシイタケさんという存在が香りの発生地点にいるからだろう。
ま、チラチラされてもお裾分けできるのは香りだけだけどなぁ~。
でもな、香りと見た目だけでもこんなに美味そうだけど、サンマはこれを添えると更に美味くなるんだ。
サンマとそれがセットで記憶に刷り込まれている俺は、それをサンマの横に添えた瞬間からお腹が空腹を訴える音を鳴らしまくっている。
そうだな、病み上がりで今日はあっさりしたものしか食べてなかったからな。
それじゃ、サンマをいっただきま――。
「カメ……ッ!」
「ケレ……ッ!」
「おっとぉ、カメ君もチュペもちょっと待ったぁ! サンマって奴は焼くだけでも美味いけど、サンマの横に添えてあるこの白いやつを一緒に食べると更に美味いんだよ」
「む? これはマンドレイクの亜種を摺り下ろしたものだな。しかし其奴の根の部分は辛すぎる故に、あまり好んで食う者もいない種だと思うが?」
「だと思うだろ? これにシイタケさんが持ってきてくれたこの柑橘類の果汁を搾って――俺はこれに更に醤油を少々垂らすのが好みだ。それをサンマの身に添えて一緒に口の中に……はーーーーーーー、これだよこれこれ! これが俺のお勧めするサンマの最強の食べ方だよ!!」
湖の畔にセッティングしたテーブルの上に並ぶサンマの載った皿。
テーブルの上では箸を握ったカメ君とチュペが、サンマの横に添えてあるそれを無視してサンマだけを食べようとしたのでちょっと待ったーーーー!!
食事の好みは自由、食べ合わせも自由だと思うが、でもやっぱりサンマといえばこれと一緒に食べてほしい。
カメ君達を同じくサンマだけで食べようとしていたシイタケさんも一度手を止めそれを注視する。
さすが元は豊作を司る神様、やはりそれが何か知っていたな。
でもこの辛みの強さこそが、サンマを更に美味くすることは知らなかったようだ。
フフン! 強さでは遠く及ばないが、サンマの美味しい食べ方は俺の方が詳しかったようだな!
そう、俺が勧めるサンマの最強の食べ方はこれ! 大根おろし!!
大根おろしと一緒に食べるんだよおおおおおおお!!!
正確には大根ではなく、大根にそっくりな味がするララパラゴラというマンドレイクの亜種。
その中でも硬い大地にしか生えない根性ララパラゴラというやつ。
根性ララパラゴラは通常のララパラゴラに比べて辛みが強く、食材としてはあまり好まれないのだが前世の記憶がある俺は、いつかサンマに出逢う日がくるかもしれないと大事に大事に収納の中に溜め込んでいたのだ。
そしてついに今日という日に、その出番がやってきた。
やっぱり、いつかきっともしかしたら必要になる日がくるかもしれないから、素材は残しておくのが正解なのだ。
大根おろし……ララパラゴラおろしに、シイタケさんが持ち出してきた野菜や果物の中に混ざっていた鮮やかな緑色したちっこい柑橘類の果汁を搾り、俺はそこに醤油も少々垂らす。
サンマの最もふっくらしていそうな部分にサックリと箸を刺し、身を掬い上げララパラゴラおろしを載せて口へシュートッ!!
その先はもう、予想をしていた味。実際は予想以上のもの。
サンマの旬にはまだ少し早い夏の終わりという季節、だがカメ君のくれたサンマは脂が乗りまくっており、チュペの完璧な火加減で焼き上げられたそれはふっくらとしてしっとりほくほく、そして滲み出した脂でツヤツヤ。
箸を入れるだけでコロッとほぐれる身は口の中でもホロッと崩れて、口の中を一足早い秋色に染めていく。
そこに根性ララパラゴラおろしのキリッとした辛みと、ふりかけた柑橘類の果汁の爽やかな酸味と、醤油の風味が加わり、乗りまくっている脂と見事に調和し皮の上にテカテカと滲み出すほどの脂の味を上品な深みのあるものへと消化していく。
それは懐かしい思い出の味――いや、それを越えるほどの味わいで、俺に新しい思い出を作り出してくれた。
ああ、この世界でもサンマを大根おろしとスダチと醤油で食べられるんだな。
この記憶は絶対に転生開花に残して、いつまでもいつまでも俺に受け継いでいこう。
楽しい食卓の記憶と共に。
「カッ!? カメッ!?」
「ケッ!? ケレッ!?」
「ほう……なるほど根性ララパラゴラの辛みをアクセントとするか。これは陸と海の見事な共演よの。しかしこれは、キリッとした飲み口の酒が欲しくなるな――む、そこで温まっておるのがそれか?」
サンマはやっぱり箸の方が食べやすいだろうという俺の勝手な押しつけで箸での食事を勧めたが、俺が使い方を教える必要もなく箸をあっさり使いこなすカメ君にシイタケさん、そしてチュペまでも。
そうだな、彼らは俺が思っている以上にたくさんのことを知っていて、たくさんのことができるのだろう。
でもやっぱりサンマの最高の食べ方は知らなかったようで、揃って不思議そうな顔をしながら俺の真似をしながらスダチと醤油を掛けたララパラゴラおろしをサンマの身に載せて口に運び、揃って驚き、揃って表情を緩ませ、そこから先は箸の動きを加速させた。
その中でのシイタケさんのこの発言。
やっぱそうなるよなぁああ!? そうなると思って、できる男の俺はちゃああああああんと酒も用意しておいたよ!!
サンマといえばやっぱこれ! 秋といえばやっぱこれ!!
秋じゃなくてまだ夏の終わりだけど、深夜はちょっぴり肌寒く、夜空に瞬く星も秋を思わせるから、気分は秋でヨッシ!!
バーベキューコンロの隅っこに置かれた金属製の深さのある器。
器の中に張られた湯はコンロの炭火でじんわりと沸き上がり、その湯の中には独特の形をした陶器が浸けられており、陶器の中に溢れんばかりに満たされた酒が出番を待っている。
注ぎ口の少し下がキュッと細くなった独特の形の陶器、それは以前シランドルの東端の町オーバロにいった時に買ってきたもの。前世の記憶にある徳利とお猪口にそっくりな食器セットの、徳利の方。
湯の中浸けられた徳利の中で温められ膨張し、注ぎ口から溢れそうになっているのは、徳利とお猪口と同じくオーバロで買ってきたササ酒。
晩秋や冬というほど寒くはなく、夏というには肌寒い秋の気配がすっかり強くなった夏の終わりの夜。
熱い酒を飲むには気温が高いが、キンキンに冷えた酒は鳥肌がたちそう。
そんな夜には温い酒――ササ酒のぬる燗だあああああ!!
「そう。寒いってほどじゃないけど、風がちょっとひんやりしてきてるからこれかなって。フーフーするほどでもなく、かといって体が冷えるほどでもなく、そしてササ酒の香りも強くならない程度の温度。湯に浸けてじんわりと温めたササ酒独特の風味を楽しんでくれ」
シイタケさんならきっとこのくらい酒の楽しみ方は知っているだろう。もしかするとカメ君もチュペも。
彼らは間違いなく俺よりもずっとずっと物知りだろうけれど、俺のお気に入りの美味しいを彼らにも知ってほしい。
だからお気に入りを更に追加していく。
「おっと、こっちもそろそろいいな。これにちょっとだけ醤油を垂らして……あっつぅ!!」
サンマをいっきに食べてしまいたいくらい最初の一口で体中の感覚がサンマを欲している状態なのだが、サンマとは別に焼いていた野菜達も焼き上がってきた。
その中でも俺の一推しは、白ネギ!! 荒目の塩にまぶして炭火で焼いただけのシンプルな焼きネギ!!
香ばしく焼き上がったのはネギだけでなく、周りにまぶされた塩も。
これに少しだけ醤油を垂らしてパクッといくと、白ネギのネギの中心部分とその周囲のネギ汁が口の中でピュッと飛びだしてあっつうう!!
だがそれでこそ白ネギ。それは白ネギ焼きの醍醐味。この塩味が利いただけのシンプルなネギの味と醤油の調和が最高なのだ!!
ここにぬる燗ササ酒をクイッといった後に、次はサンマ。
必殺、三角食べ!!
「うむ、人間は熱さに弱い故、食事とて油断するでないぞ。だがそれすらも食事の醍醐味と思えば、それが楽しめぬ身なのは些か残念ではなるな。それでもやはり、素材の味を活かすシンプルな味付けでの食い合わせというのもは良いな。そしてそのシンプルさが自然の中での食事にはよく合う――が、いちいちそんなことを考えながら食べるというのはナンセンスだな。美味い、美しい、楽しい、好き――己の感情を揺さぶるものに、また揺さぶられることに理由などいらない。つまりこれは我の好みだということだ」
「カメェ?」
「ケッ!」
シイタケさんがネギ焼きを口に運びながら突然小難しいこと言い出すから、ネギ焼きをシャクシャクしながらカメ君は首を傾げているしチュペは呆れた顔になっている。
でもわかるよ、美味しいも美しいも楽しいも好きも、自分を心地良くする感情に理由なんていらないんだ。
そう、俺がこういう穏やかな時間が大好きなことにも理由なんていらない。
過去にリリトと転生を繰り返してきた俺がどうであったとしても、俺や過去の俺達が穏やかな時間が好きでそれを望むことに理由なんていらない。
いいんだよ、リリト。これでいいんだよ、俺。
いつかそのうち時が来たら果たさなければならない目的があったとしても、それはそれこれはこれ。
好きなものを好きでいることに理由なんていらない。
そして好きなことができるのなら、好きなことをしていていいんだ。
目標への道半ばで立ち止まることに、後ろめたさを感じることなんてない。
うん、俺は今の俺も今の俺を取り巻くものも大好きだ。
だから今は、難しいことなんて考えないでこの好きなものにドップリ浸かっていよう。
なんて小難しいことを考え始めたのは、クイッと煽ったササ酒の酒精が病み上がりの体には思ったよりも強かったからだろうか。
真夜中のサンマと白ネギパーティー、気付いたら酔っ払って寝落ちをしていた。
お読みいただき、ありがとうございました。




