ぬるま湯のような時
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真剣でやっていいってシイタケさんが言うから。
カメ君とチュペも周囲に迷惑をかけない程度に本気を出していいって言うから。
俺はめちゃくちゃ全力で、カメ君とチュペも途中からはかなりヒートアップしてやってたんだけどなぁ。
「ヒ……さすがです……参りました……でも、悔しいいいいいいいい!! 俺が人間だってことを差し引いても、もっといけると思ったんだけどなあああああああ!! くっそおおおおおおおお、シイタケさん強すぎいいいいいいいいい!! きょっ今日の俺は病み上がりだから本調子じゃないんだあああああ!! ホントはもっともっと強くてかっこいいんだ!! うわあああああああああん!! 俺のかっこいいところをシイタケさんに見せたかったのにいいいいい!!」
「カメーーーーーーッ!! カメカメカメカメカメカメカメーーーーッ!!」
「ケーーーーーーーッ!! ケレケレレレレレレレケエエエエエエエッ!!」
最初はちょっと遠慮がちだったけれど途中からホットになってきてめちゃくちゃ本気だったし、思い出した前世の戦い方もだんだん体に馴染んできて確実に動きは良くなっていたと思うのに、ニコニコ笑いながら躱されたり受け止められたりして全く通じなかった。
敵うわけがないことはわかりきっていて、シイタケさんの胸を借りるつもりでやっていたけれど、それでもやっぱりリリトが転生を繰り返し蓄積してきた経験と技術を使えば多少は良い勝負ができると思ったのに!!
カメ君とチュペもいるから、もしかしたら少しくらい怯ませたり、驚かせたり、頑張れば地に膝を付けるくらいまでいけるかなーって思っていたのに!!
やっぱシイタケさんは格が違いすぎた。
さすがリリトの兄弟の中でも自称一番上の兄で、自称最強のお兄ちゃん。
絶対に敵わなくて当たり前で、そんな存在に稽古を付けてもらえるのは光栄すぎることで、実際シイタケさんに相手をしてもらったことにより記憶にある戦い方を全力で試すことができ、短時間で過去の感覚を取り戻すことができた。
めちゃくちゃ効率的で俺のためになる時間だったのは間違いないのだが――。
やっぱり悔しいいいいいいいいいいい!!!
カメ君とチュペと連携した大技をあっさり受け止められたところで集中力が切れて、地面に大の字で倒れ駄々っ子のように声に出して悔しがってしまった。
カメ君とチュペも悔しかったようで、カメカメケレケレと猛烈な勢いで巻くし立てている。カメ語もトカゲ語もわからないけれどこれは、間違いなく俺と同じように駄々っ子みたいになっていると思われる。
だって本当に悔しかったんだもん。
転生開花を理解して、強くなったと思ったのにシイタケさんに全然歯が立たなくて、もっとやれると思ったのに全然届かなくて、カメ君とチュペの力を借りてもまだまだ遠い存在で。
――でもきっとそれでよかったんだ。
ここで何か上手くいっていたら、そのまま自信が肥大していたから。
転生開花はただの記憶、決して俺自身の身体能力が上がったわけではない。記憶にある経験で、俺の身体能力を以前より効率よく発揮できるようになっただけ。
危ない。
過去の記憶にある過去の自分の強さを現在の自分の強さと勘違いして、自分の能力を高く評価しすぎるところだった。
すごく悔しいけれど、シイタケさんに全く歯が立たなかったおかげで、この世には今の俺では敵わない存在の方が多いのだと思い出せた。
シイタケさんが俺の前に現れたのも、きっとそれを俺に教えるため。
俺が思い出したことを全力で試させてくれただけではなく、全力でも敵わない相手がこの世にはいるということを教えるため。
俺が自分の実力を見誤って暴走して失敗しないように。俺だけではなく、俺の失敗に俺の大切な人達を巻き込まないように。
やっぱり兄さんは何でもお見通しだな。
でもいつかは越えたい、越えなければいけない。
俺が……リリトが最終目的はその先にある存在だから。
俺は――グランは、その通過地点にすぎない。
「ははは、そう簡単に揺るがされたらお兄ちゃんの立場がない故。焦ることはない、じっくりゆっくり自分を磨けばよい。焦りすぎて今という時を疎かにしてしまっては、本当に大切なものを見落としてしまうぞ。考えすぎなくてよい、焦らなくてよい、好きなように楽しみ、好きなように自分を磨けばよい。その全てがお前という存在の糧となるのだから」
地面に転がる俺を、すぐ横にしゃがみ込んで見下ろすシイタケさん。
くっそ、俺が思わず考えたこともお見通しかよ。
そうだな、通過地点というにはもったいないくらいに俺は今の生活が気に入っている。
願わくば、この生活がずっと続いて欲しいと思うほどに。
リリトが目指しているものなど忘れてしまった方がいいと思うほどに。
「それでいいのかな?」
ぬるま湯のような生活で、何もかも投げ出して面白楽しい日々を続けていても。
「構わないぞ。いいじゃないか、勇者に使命がないというのは世界が平和な証拠なのだ」
「くっそー、使命のない勇者なんて無職みたいなもんじゃないかー」
「ははは、安心せぇ。我もかつて就いていた座を辞めてからは、ただの偉大な無職だ」
シイタケさんの言葉で、グランでいる間くらいなら何もかも投げ出して、このぬるま湯のような優しい日々にどっぷりと浸かっていても許される気がした。
今は世界はだいたい平和で、勇者が勇者として活躍する必要のない世界だから。
ごめんな、リリト。
やっぱ俺はグランであって、リリトである前にグランとして今を生きたいよ。
その憤りも使命も忘れて、好きなことを好きなだけやりたいよ。
な? 今まで残酷な人生の繰り返しだったから、穏やかで平凡な人生があってもいいじゃないか。
だって穏やかで平凡な人生は、リリトが最も望んでいたものだから。
転生開花から記憶が溢れ、俺の中で燻って焦りとなっていた感情がスッと落ち着いていくような気がした。
俺の悪い癖だけれどたまにはいいじゃないか、嫌なことを後回しにしても。
夏休みの宿題は、最終日にやればいいんだよ。
今は秋の足音が聞こえる季節、真夜中をとっくに過ぎた空には冬を象徴する星が東に見え始めていた。
グウウウウウウウウウウウ……。
と、ちょっぴりセンチメンタルな気分になったところで、緊張感のない音が真夜中の森の静寂に響いた。
そうだな、病み上がりであまり食べてないところで体を動かせば腹も減るってものだ。
「うむ、体を動かせば腹が減る。それは自然の摂理、健康な証拠。激しい運動で疲れた体には褒美を与えねばならぬというもの。というわけで、どうだ?」
俺の腹の音は当然のようにシイタケさんにも届いており、しゃがみ込んで俺を見下ろしシイタケさんがかっこいい義手の右手でクイッと酒を呷るような仕草をして見せた。
そして左手にはザルにこんもりと盛られた様々な野菜が見え、その中からピヨンと飛び出す、先端が緑の白くなっがぁーい野菜に俺の目が釘付けになり懐かしいという感情が湧き上がってくる。
「ちょうど、森の者に色々貰ってきたところでの。どうじゃ、これでクイッと――」
「カッ!? カメーーーーーーーーッ!!」
「うおおっ!?」
懐かしいという感情で頬が緩みそうになった時、カメ君の声と共に俺の上に長細くギラギラした魚がバラバラと降ってきて、反射的に収納からボウルを出してそれを受け止めた。
突然魚を降らしたカメ君には驚いたが、その魚が何かわかると懐かしい気持ちでいっぱいになり緩んだ頬が更に緩んだ。
俺の頬を緩ませた先端が緑で白くなっがぁーい野菜とギラギラした長細い魚とは――白ネギとサンマだあああああああ!!
え……病み上がりの深夜にそんなもの出しちゃうの!?
そんなの全力で誘惑されるしかないじゃん!!
「ケッ!」
チュペはダンジョンで生まれて、その後はソウル・オブ・クリムゾンの中にいたから食材なんて溜め込んでいないのは仕方ないから、そんなに拗ねないでくれよ。
チュペには、白ネギとサンマを焼く火の管理で大活躍してもらうことになるからさ。
お読みいただき、ありがとうございました。




