シイタケさんは突然に
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「カメカメカメカメカメカメカメカメ……」
「ケレケレケレケレケレケレケレケレ……」
「まっことに申し訳ありませんでした。いやでもさ、天才は一のひらめきと九十九のやらかしっていうじゃん!? うるせぇ! ナナシは呆れたようにカタカタすんじゃねぇ!」
「カメーッ!」
「ケーーッ!」
「こらああああああ! 反省してるんだから、水鉄砲や火の玉をぶつけるのはやめろおおおおおお!! 熱湯の火傷に回復魔法をたくさんかけてくれたのは感謝してるけど、水鉄砲と火の玉はやめろおおおおお!! ぬわああああああああ……またそれで、プチ水蒸気爆発が起こって火傷をするじゃないかーー! その火傷にまた回復魔法をかけてくれるのはありがたいけど、火傷と回復繰り返して俺が変な性癖に目覚めたらどうするつもりなんだああああ!! つめたっ! あちっ!」
炎と水と俺の合体技で格好良い水蒸気爆発斬りを思い付いたと思ったのだが、結果は大失敗で熱湯を浴びてちょっぴり火傷をすることになった俺は、カメ君とチュペに回復魔法を大量に浴びせられた後カメカメケレケレと説教をされている。
説教に反論をすると、水鉄砲と火の玉が飛んできて、ちっこい爆発が起こりまた蒸気と熱湯の飛沫で軽い火傷をしてしまうのだが、それをカメ君とチュペがカメカメケレケレ言いながらすぐに回復魔法で直してくれる――が、俺が反論するとまた水鉄砲と火の玉が飛んできてループ状態。
火傷と回復を繰り返し、うっかり変な性癖に目覚めたらどうするつもりなんだ! この仲良し青赤コンビめえええええええ!!
「そうだぞぉ、特殊な好みというものはいつどんなきっかけで芽生えるかわからないぞぉ。我の兄弟にも突如被加虐趣味に目覚めた者もそれなりにいるからなぁ、お主も気を付けた方がよいぞ。それから安易に爆発に走る癖もやめた方がよいと思うぞ。爆発はよぉく考えて用量と用法を守って正しくやった方が美しさがあると思うぞぉ。それと夜中の森で爆発音は近所迷惑だから控えるように」
「そうそう、そういう特殊性癖には目覚めたくないから、回復をすればいいからって水や火の玉を俺にぶつけない! ああ、そうだよなぁ~どうせなら格好良くて美学のある爆発がいいよなぁ~って、うおあ!?」
「カメッ!?」
「ゲエエエエエッ!?」
カメ君とチュペの仲良し攻撃と回復に翻弄されていると、いつのまにか会話に混ざっていた声があまりにナチュラルすぎて、それがそこにいることにすぐには気付かなかった。
気付いたらびっくりして痛いほど心臓が跳ねた。
俺だけではなくカメ君もチュペも。そしてナナシも驚きのガタン。
チュペなんか驚きすぎて、サラマ君みたいな声になっている。
もぉ……相変わらず周囲と馴染むのが上手いなぁ。
今の俺はただの人間なのだから、そんな人外レベルのナチュラルな気配同化に気付くわけがないじゃないか。
振り返るとリリトにとってはとても懐かしく、俺にとってはつい先日知り合ったばかりの――俺よりもずっとずっと鮮やかな赤毛の男が、湖の水辺に転がる程よい大きさの石の上に腰掛け人懐っこいニコニコとした表情でこちらを見ていた。
その表情に今すぐ駆け寄りたい気持ちが込み上げてきたのはリリトの感情。そしてそれをすぐに抑え込んだのもまたリリトの感情。
後に残ったのは泣き出しそうなほどの寂しさの余韻。
わかってる。俺が戻ってきていることを勘付かれるわけにはいかないから。
今の俺はリリトじゃなくてグランだから。
ちょっぴり寂しいけれど、俺はグランとして反応するよ。兄さんもきっとそれをわかっていて、それを望んでいるはずだから。
「シイタケさん!? いつからそこに!?」
「ははは、こんなすぐ傍にいるのに我に気付いておらぬとは、まだまだよの……いや、新たな趣味の芽生えに夢中だったか。それと我はシイタケさんではない、我の名はベルゼ……そうだな、この森の者にはバァル様と崇められておるからバァルお兄ちゃんと呼ぶがよい」
「どういう流れでお兄ちゃん!? というか新たな趣味には芽生えてない! 決して芽生えてないから!! それと夜中の爆発音はごめんなさい!」
俺が――リリトが必死で感情を抑え込んでいるというのに、なんだよそのガバガバな態度は。
真っ先に目がいく真紅の髪の毛、その次に目がいくのは右腕。そこにはあるべきものがなく代わりにそこで白く光沢のある骨っぽい素材でできた格好良い義手。
身長は俺よりも高く、体格は俺よりもガッチリとして筋肉質、顔は――リリトにそっくり。いや、正確にはリリトが彼にそっくりなのである。
シイタケさん――この元神の名はベルゼブブ。リリトの一番上の兄であり、義手になる前のその右腕はリリトの体のベースである。
故にリリトは顔だけならベルゼブブと瓜二つ。
そして己の右腕を奪った弟であるリリトを、恨むことなく嫌うこともなく鬱陶しいほどに可愛がってくれていた兄。
その鬱陶しいほどの優しさは、あれから何万の時を超えても健在のようだ。
「うむ、元気なのはよいことだが近所の者が困惑してる故、騒ぐのもほどほどにな。それで、一人で鍛錬……いや、色々試しておったのか」
ただ甘いだけではなく、悪いことは悪いとちゃんとお説教もする。お説教をしながら、ちゃんと話も聞いてくれる。
それが神を辞めてからも、ベル兄さんがたくさんの者に慕われ続ける所以。
ちょっぴり暑苦しくて鬱陶しいのが玉に瑕だけど。
「うん、でもカカシが壊れたからもう終わりかな。夜中にお騒がせしました」
目を細め苦笑いをするシイタケさんにペコリと頭を下げ、その動作でさりげなく視線を外した。
ずっと目を合わせていると懐かしさでだんだんと目頭が熱くなって視界が滲みそうだったから、それに気付かれないように。
本当はもっと話したいし、この間のように一緒にシイタケを焼いて食べながら酒を飲みたいしとも思うのだが、そんなことをしたら色々ポロリをして誤魔化しきれなくなりそうだから。
そうなる前に帰ろう――。
「む、もう終わるのか? せっかくだから我が少し稽古を付けてやろうと思ったのだが。どうだ、カカシではもの足りなかっただろう? お兄ちゃんと少し手合わせをしてみないか?」
「え!?」
「カメッ!?」
「ケッ!?」
だから今の俺はグランなのだから、お兄ちゃん面はやめろよぉ……えっ!? 稽古!? ベル……シイタケさんが!?
唐突の申し出に俺も変な声が出たし、カメ君とチュペも変な声が漏れている。
え? え? 手合わせて?
そんなのやりたい……やりたいに決まってるじゃん!
俺の中のリリトがすごくソワソワしているし、俺自身もシイタケさんのような存在に稽古を付けてもらえる機会を逃したくないという欲が一瞬で肥大した。
でもあまりシイタケさんと一緒にいると感情が溢れてきそうだし、そうなると知られてはいけない者にリリトの存在が知られてしまうかもしれない。
だからシイタケさん――ベル兄さんにはあまり近付かない方がいいんだ。
その決意も、ニコニコと穏やかに笑うリリトと同じ顔を見ると簡単に揺らいでしまう。
ダメだ、俺のためにも。兄さんのためにも。
リリトが考えていることに兄さんを巻き込まないためにも――。
――――――と思ったのだが。
「これならどうだ!」
「カメーッ!」
「ケーーッ!」
「ははは、随分連携が取れるようになってきたではないか! よいぞよいぞ! 我の魔法で音も衝撃も結界外に伝わらないようにしてあるから、思う存分暴れてよいぞ!」
カメ君がシイタケさんの頭上に水球を出し、俺が収納から取り出した槍にチュペが炎を纏わせる、そしてその槍を水球に向けてぶん投げると槍の纏う炎の熱で水球が一瞬で沸騰し弾けて飛び散りベル兄さんの上に降り注ぐが、薄い光のヴェールで防がれて熱湯は水となり地面に落ちて消えていく。
誘惑に勝てなかった俺は、シイタケさんことベル兄さんに稽古を付けてもらっていた。
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