イヤイヤ期のサラマ君
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「ゲッ!? ゲーーーーーーッ!」
「ダァメ、壁に頭をコツコツするのはダァメ。離したらまたやりそうだから、サラマ君はしばらく俺の膝の上」
「ゲッ!? ゲゲゲゲゲゲーーーッ!?」
「イヤイヤじゃない。ほらー、コツコツしすぎておでこの鱗にヒビが入ってるじゃないかー、あれ? ヒビは入ってるけど、今入ったいうよりすでに治りかけてる感じ? もー、俺が寝てる間もコツコツしてたのか? どうして? どこで? そんな変なこと覚えちゃったの? ほら、クッキーをあげるから頭コツコツはやめるんだ」
「あーーーーっ! それは俺が食べようと思ってたクッキーなのにぃ。どうせ頭をぶつけたくらい平気なんだから、そんなトカゲのことなんて心配しなくていいよ。むしろ改装が終わったばかりの家の壁に傷か付かないか心配した方が……あつっ! こんの、火属性のくせに湿度の高いトカゲめえええええ!! あつっ!!!」
「ゲーーーーーーーッ!!」
「こら! アベルのうざ絡みがうざいのはわかるけど、家の中で火の玉はダメだからそこは反省するんだぞう。じゃあヒビ割れた鱗に、俺特製の薬を塗っとこうかー」
「ゲッ!? ゲ……ゲ……ゲ……ゲ……」
「キッ! グランは俺に厳しくて、見た目小動物に甘すぎだよ!」
「ンゲッ!?」
後ろ足で立ち上がり壁にコツコツと額をぶつける遊びをしているサラマ君の両脇に手を入れてブラーンと持ち上げ、自分の膝の上に乗せながらソファーに腰を下ろした。
俺に捕まったサラマ君は猛烈にイヤイヤをしているが、イヤイヤをする猫ちゃんをホールドするような気分になりながら膝の上でがっちりホールド。
あれ? サラマ君ちょっと痩せた? 脇腹の方とか結構プニプニしてたと思うんだけど?
ほらほら、クッキーをあげるから機嫌を直して。ついでにたくさん食べてもとのプニプニに戻ろうね。
でもアベルがケチで細かいことに煩いからって、うちの中で火の玉は吹くのはダメ。
そうそうアベルが言うようにせっかく改装した壁に傷が付いてもいけないし、それよりサラマ君のおでこにたんこぶができたらいけないからね。
うんうん、ヒビが入っている鱗には薬を塗っておくかい? いらない?
ま、元気そうならいいか。
でもイヤイヤしてもしばらくは捕まえておくよ、離したらまたおでこコツコツしそうだからね。
何でそんなにションボリした顔でコツコツしているのかわからないけれど、いつまでもションボリしているとこれから訪れるかもしれない楽しいことを逃しちゃうぞ。
イヤイヤしているサラマ君の口の中にクッキーを突っ込むと少し大人しくなったので、顔の縁にたくさん生えているトゲトゲすきまからピョコッと飛びだしている耳の鱗の後ろコチョコチョと指先で掻いてやる。
それはほぼ無意識。
前世の実家で飼っていた猫が膝の上にきた時に耳の後ろをこうやってやると、気持ち良さそうな顔になってそのまま寝てしまっていたのを思い出して懐かしい気分になりながら。
すごく、懐かしいな。
いや、それだけじゃなくてもっと古い記憶の中にもこの懐かしさが眠っているな。
そうそう、つい猫の耳の後ろをついコチョコチョしたくなっていたのは、きっとあの頃の癖を覚えていなくて心に染みついていたのかもしれない。
シュペが俺の――リリトの肩に乗るために化けていた子竜も、ちょうどこの辺りをコチョコチョされるのが好きだったから。
そのせいで懐っこい動物が寄ってくると耳の後ろをコチョコチョしちゃうんだよな。
ほら、サラマ君もここをコチョコチョされるのは嫌いじゃないみたいで、俺の膝の上で大人しく口に突っ込まれたクッキーをボリボリし始めた。
その姿もまた、リリトとシュペルノーヴァが一緒になってやらかしてあの神にめちゃくちゃ怒られて一緒になってヘコんで、でも美味しいものを食べたら元気になってまた調子に乗ってやらかして怒られた遠い遠い昔の記憶をほんのりと蘇らせ無意識に目が細くなった。
おっと、あんまり思い出すと懐かしさに浸ってしまいそうだし、思い出しすぎてしまうと俺からリリトの気配が滲み出てしまうかもしれないから。
その気配に気付かれてしまっては困るから、思い出しすぎないでおこう。全て忘れたふりをしておこう、俺と俺を取り巻く者の平穏のためにも。
まだまだ、俺は力不足――。
「カメカメカメカメカメーーーーッ!!」
「キエエエエエエエエエーーーーッ!!」
「ゴモゴモゴモオオオオーーーーッ!!」
「ゲッ!? ゲーーーーッ!!」
「ぐえっ!?」
サラマ君をコチョコチョしながら湧いてきた懐かしさを記憶の奥底へと追い返していたら、突然カメ君がサラマ君に体当たりをしながら俺の膝の上に乗っかってきた。
カメ君に続いて苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんも。
が、彼らの体当たりが決まる前に尻尾をブルンと振るってそれを華麗に阻止するサラマ君。
一方、体当たりを阻止されたカメ君達もサラマ君の尻尾をヒョイッと躱して俺の膝の上に着地。
そして俺のこの変な声。
こらーーーー!! 病み上がりの俺の上に大集合するんじゃなーーーーい!
いくらチビッ子でも全員集合は重たいだろう!!
もしかして、俺が寝ていた時もこんな感じで俺の上に大集合して、目覚めた時のあの状況か!?
サラマ君が気持ち良さそうにしているから、他のチビッ子達もコチョコチョしてほしくなったのかな?
チビッ子達が俺のことを大好きなのはわかったから、病み上がりの今はもう少し手加減をしてくれ。
だって俺があんなに寝込むハメになったのは、人間には過ぎたる力を借りて偉大な彼らに近付き、桁違いに絶大な魔力に晒され続け体が限界を超えたからなのだから。
ほら……俺の所に集まってくるのは嬉しいんだけど、君達が無意識に垂れ流している魔力は今の俺にはちょっときついかもしれない。
「あらぁ、抜け駆けはダメみたいですねぇ。でも手加減をしないとダメですよぉ、人間は結構か弱いのですからぁ」
「グランとアベルが眠っている間は静かで少しもの足りなかったですからはしゃぎたくなるのもわかりますけど、グラン達が元気になってからにして差し上げて」
「そうよ、あんまり絡みすぎるとまた寝込んじゃうわよ……ほらぁ、グランの目から光が消えかかってるわ。グランだけじゃなくてアベルもまだ休んでいた方が良さそうね」
さすが三姉妹は優しいなぁ。
どんなに記憶が戻ってきても、遙か昔は人間よりもずっと強靭な体を持つ者だったとしても、転生を繰り返してたくさんの経験を積み上げていたとしても、今の体は普通の人間だから。
起きてすぐたくさん食べてはしゃいだから、ちょっと眠くてクラクラしてきてだんだん眠たくなってきている。
向かいのソファーでだらけているアベルだってまだ騒ぎに加わる程の元気がないのか、目をショボショボさせながら何か言いたそうにこちらを見ているだけだ。
そうだな、もう少し休んだ方がいいな、俺もアベルも。
王都の竜性植物は気になるし、せっかく目が覚めたのだからみんなともっと騒いでいたいけど今はもう少し休むことにするよ。
早く元気になってやりたいことがたくさんあるから。
やりたいこと――早く元気になって、またみんなと思う存分楽しいことをしたいから。
それと戻ってきた記憶の中に蓄積されていたたくさんの経験が、俺をどう変えたのか早く、だけどこっそりと確認したいから。
あの後、俺の膝の上を取り合うチビッ子達の耳の後ろを順番にコチョコチョしているうち眠くなってしまい、チビッ子達もコチョコチョが気に入ったのかそのままみんな俺の膝の上で大人しくなって、気付けば俺もチビッ子達もウトウトとしていた。
アベルもいつの間にか静かになっていたので、寝落ちしてしまったのかもしれない。
カリュオンに促されてムニャムニャいいながら部屋に戻って爆睡。
そして目が覚めたのは――真夜中。
自分でもこのくらいの時間に目覚めたいと思っていた時間。
深夜に毎日コソ練をしているカリュオンも部屋に帰っているはずの時間。
目覚めてすぐには体を起こさず、目と耳だけで周囲の様子を探る。
スースーという小さな呼吸音がベッドのすぐ近くから聞こえるのは、ベッド横のチェストの上に置いてある籠ベッドで寝ているカメ君で間違いない。
窓の外からは風が木々を揺らす音と秋の気配を感じさせる虫の音が聞こえるが、部屋の中で聞こえる音はそれだけ。
カメ君以外のチビッ子、それぞれの寝床で寝ているのかな?
魔力は使わず己の集中力だけで耳を澄ますが、それでも聞こえるのは建物の外の音ばかり。
どうやらみんな寝ているようだ。
じゃあちょっとだけ夜のお散歩をしてこようかな。
ちょっとだけちょっとだけだから――。
と体を起こすと、ベッド脇に置かれていたナナシがシュルッ形を変えて、俺の寝間着のズボン紐と同化した。
ま、ナナシがついてくるくらいならいいか。
いや、ナナシだけじゃないな。
ソウル・オブ・クリムゾンの中にいるチュペも当然のように俺の目覚めに気付いて、ほんのりと耳飾りから熱を発し始めている。
馬鹿野郎、こっそり夜の散歩にいくんだからもう少し大人しくしとけよ。
じゃないと勘のいいカメ君に――。
「カーーーーーーッ!!」
「つべたああああ!!」
気付かれるだろって思った時には、つい一瞬前までスースーという寝起きが聞こえていた籠ベッドの方から勢いよく氷が飛んできた。
あ、カメ君にもバレちゃった。
ま、カメ君がついて来てくれるなら、何があっても安心かもな。
「おはようって時間でもないけど、寝過ぎて目が冴えちゃったからちょっとだけ散歩に行こうか」
バレちゃったなら仕方ない、だったらカメ君も一緒に夜のお散歩だ。
お読みいただき、ありがとうございました。