白くて甘い
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プルン。
スプーンの上で揺れる純白に輝くゼリーからは爽やかな甘味を連想する香りと共に薬のような香りがするが、それもまたそういうアクセントだと思わせる調和が癖になる。
そして口に入れれば上品なミルクの味と予想していた爽やかな甘さが、よく冷めたゼリーの心地良い食感と共に口の中に広がり、長時間の睡眠でガラガラになった喉を優しく潤してくれる。
その味も、真っ白なゼリーの上に真っ赤な木の実の乾物を載せた高級感のある見た目も、前世で好きだったスイーツを思い出させ俺を懐かしい気分にさせる。
本来は薬だが飲みやすくするために甘いゼリー状のデザートにしてあるところまで、前世のそれとそっくりである。
もちろん原材料は前世のものとは似て非なるものなのだが。
「リッコ独特の薬っぽいにおいもするし、それっぽい味もするのに……くやしっ! ただ濃厚なミルクの味と甘味料でリッコの苦みを誤魔化してるんじゃなくて、仄かに残りリッコの薬っぽい風味がアクセントになって甘味を爽やかなものにして斬新な調和と作り出してるのがくやしっ! 薬のくせにデザートだなんてくやしっ! これが人間よりも遥かに長い歴史を持ち、人間よりもずっとずっと長い時を生きるハイエルフの技術……っ! くやしっ! おかわりっ!」
「こいつは薬嫌いのガキに薬を飲ませるためのデザートで、ハイエルフのガキが魔力過多で体調を崩す度に食うことになるやつだから、今のグランとアベルみたいな高濃度の魔力の影響で体調を崩した時にはちょうどいいやつだな。まぁ、ハイエルフの伝統料理ではあるな。親父からレシピとフンババミルクとエンシェント・リッコの実とクッコの実を預かってるからグランが元気になったら作ってもらえばいいさ」
「え? マジ? めっちゃ作る! 俺、このアン……リコゼリーってやつのめっちゃ好き! 薬なのに美味いって最高じゃないか! ハイエルフの伝統料理最高!!」
「う……僕はグランさんやアベルさんみたいに病み上がりじゃないけど、この杏仁豆腐みたいなゼリーは美味しいからおかわりしたいです」
「エンシェント・リッコの木の実ですかぁ。あの木は森の奥深くまでいかないと生えてないですからねぇ。森の奥に住む皆さんには身近な食べ物ですけど、この辺りには全く生えてませんねぇ」
「そうそう、リッコはアンズの仲間だけど、実を付けるほど育つには森の奥で充ちる魔力が必要なのよね。だから森の奥にしか生えてないの。しかもエンシェント・リッコはリッコの中のリッコ。特定の場所でしか育たないすごいリッコなのよ」
「リッコの実の中――特にその核にあたる種子の中には、木を通して取り込まれ凝縮された森を源とする魔力が凝縮されていて、それは生命力を溢れさせ魔力の乱れを整える効果がありますの。でもやはりエンシェント・リッコともなると濃厚な魔力を含むものですから、あまり食べすぎると人間には中毒症状が出るかもしれないのでほどほどがよろしいかと思いますわ」
「種は薬となるが、実も食えば美味いし、実を漬け込んだ酒も悪くない。実の方ならば多少量を食うても平気だろう、実を漬けただけの酒なら尚更。グランよ、エンシェント・リッコの実を漬けた酒を造るなら森の奥からリッコの実を毟ってくるぞ?」
「キッ!!」
「カメッ!? カメメメメ……ッ!!」
「ゲレゲレゲレゲレ……」
「モ…………」
あぁー……コレだよコレコレ。
賑やかで思い思いに喋っている賑やかな食卓。これが俺の大好きな日常。
少し薬っぽい味がするゼリーにアベルが謎のツンデレを発揮し、カリュオンからは確実にハイエルフ感覚の常識で人間感覚では非常識な話が飛び出し、ジュストが異世界用語をポロリして、三姉妹が可愛いと思ったらちょっぴり恐い話が混ざっていて、ラトが病み上がりの俺達に酒を勧めようとして、苔玉ちゃんとカメ君が競うように何か不思議な素材を出してきて、サラマ君がそれに何かを言っている陰で焦げ茶ちゃんが俺の皿に石ころを載せようとしている混沌とした空間。
混沌としすぎているけど賑やかで楽しい日常だからこそ、帰ってきたという気持ちになれる――ただいま、みんな。
あの王都上空で巻き起こったトンチキ古代竜二隻による空中大プロレス大会の日、なんとなく一段落つきそうなところで緊張が解けてしまいシュペルノーヴァの鼻先で意識をすっ飛ばしてしまった俺。
体がグラッとして空中に投げ出されたところでやばいと思った時には、すぐに体を動かすほどの体力も気力も残っておらず意識が遠ざかるのを止めることができなかった。
それはきっとシュペが、カメ君が、チュペが、もしかするとチビッ子達が助けてくれるだろうという確信があったから。
だけど助けてくれたのはアベルで、そこで完全に安心してプツンと意識が途切れ後は今日目覚めるまで全く記憶がない。
おそらく眠っている間も頭の中で膨大な記憶が蘇り続けていて、それを夢として見続けていたのだろうと思うが、目が覚めたら眠っている間に見た夢なんて綺麗さっぱり忘れていた。
ただ頭が妙にすっきりしていて、蘇って再び頭に収まった記憶は前のように思い出そうと意識しなくてもすんなりと出てくるようになっていた。
しかしそれは以前の俺が恐れたように俺の人格に大きな干渉はなかったようで、ただの経験と記憶という形で頭の中に収まっているような感じ。
たぶんそれは深く思い出そうとしなければ、記憶に紐付いた感情が強く出てこないからだろう。
感情というものは時間の流れで風化していき、憤りもわだかまりも現在の感情に比べれば取るに足らないものになってしまうから。
そして気付けば現実に起こったことより綺麗なものとなり、心の奥底にしまわれる――それが思い出。そして思い出補正。
あの日、一時的に現在の俺よりも前に出てきてたリリトの記憶も、今は俺の奥底で思い出として大人しくなっている。
だってリリトも俺の一部で、俺の経験の一つだから。
俺がリリトなんじゃなくて、リリトが俺なんだ。
結局俺が一番恐れていた俺が俺じゃなくって、大切な友人達に俺が俺じゃないと言われるなんて心配はなかった。
目が覚めてみんなに囲まれてもみくちゃにされていると、俺と同じようにあの日あの後力尽きて眠っていたアベルもフラフラと起きてきて、俺とアベルの腹が同時に大きな音を立てたのでとりあえずご飯の時間。
そろそろ俺達が起きてくると予想していた三姉妹達が、ジュストと一緒にたくさん用意してくれていた病み上がりでも食べやすい料理で。
三姉妹達だけじゃなく、カリュオンも俺達のために苔玉ちゃんと一緒にハイエルフの里までいって、体力を回復して体内の魔力を整える薬の入ったリコゼリーというデザートを貰ってきてくれていた。
三姉妹とジュストが作ってくれた料理を一通り味わったしめに、カリュオンが持ってきたハイエルフ秘伝のリコゼリーを食べているのがナウ。
成長に良質で濃い魔力を大量に必要とするため魔力が非常に濃い場所でしか育たないリッコというアンズによく似た植物は、葉や根から取り込んだ魔力を実の中にある種子に凝縮するように蓄積し、その種は体力や魔力回復の最高級の調合素材として取引されている。
しかもその特性上、ランクの高いダンジョンや人が踏み込むには困難な深い森の奥でしか手に入らないため値段は青天井。
ただしあまりに高濃度な魔力が凝縮されているため、魔力抵抗の低い者には逆効果になることも。
そして濃すぎる魔力の影響か、実の部分はともかく種の中身は苦みが強く、リッコの種で作ったポーションは非常に飲みにくいと聞いている。
聞いているというのは、リッコの実も種も非常に珍しく市場に出回らない上に、出回っても庶民の俺が手を出せるような価格でもなく、またリッコの種で作るポーションは俺の調合スキルでは全然足らなそうだから、実物は実も種もシルエットに見せてもらったものしか見たことがないからだ。
今食べているのがそのリッコ――どころか間違いなくリッコよりも更に手に入りにくく、完全なるリッコの上位互換だと思われるエンシェント・リッコの種の中身を使った、フンババミルクのゼリー。その上には乾燥させたクッコの実。
デザートで出てきたそれを見て、思わずポカーンとなってしまった。つい鑑定してしまった結果にも、その見た目にも。
そして食べれば、美味しさに対する感動と共に懐かしい気持ちが溢れることになった。
カリュオン曰く、ハイエルフの子供は己の魔力の多さ故に己の魔力に当てられ体調を崩すことが多く、魔力を整え己の魔力に耐えるだけの生命力を付けるためにエンシェント・リッコの種の中をおやつ感覚で食べることになるらしいが、そのままだと苦みがあって食べづらいのであの手この手で食べやすく調理するらしい。
その一つがこのリコゼリー。
ハイエルフ数万年の歴史を物語るような調和の取れた味、そしてぐっすり寝てすっかり落ち着いた転生開花を刺激する味にリコゼリーを口に運ぶ手が止まらなくなり、本当は俺が気を失った後のことを聞かなければならないのだが、今は食欲に勝つことができず――。
「俺もおかわり!」
食べすぎは良くないらしいけど、今はハラペコだからとりあえず美味しいものをたくさん食べさせてくれ!
お読みいただき、ありがとうございました。