ただいまとおかえり
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人間には過ぎた力をチュペから借りて、人間にとって強大すぎる存在に近付いて、偉大すぎる魔力に晒され続けていつ体の限界がきてもおかしくないところに、たくさんの記憶が一気に流れ込んできて頭の中まで限界に。
それでも俺はアベルと一緒に元の場所に戻らないといけないし、そのためには大騒ぎしている非常識古代竜二隻にお引き取り願わないといけなかったし、泣き虫シュペルノーヴァにもちょこっと声をかけてやらないといけなかった。
黒竜――リーベルタースはガーランドと仲の良かった俺のことを、敵視というかライバル視していたから触らないでおこう。
お子ちゃまも返せたみたいだし、後はシュペルノーヴァに何とかしてもらおう。今度こそ常識的に、そして穏便に。
創世の時代から小さき生き物を見守ってきたシュペルノーヴァならきっと、悪いのは子供を攫った奴らで全ての人間が悪いわけではないとわかっているはずだから。
いや、シュペルノーヴァに限らず全ての古代竜は賢い。ちっぽけな人間なんかよりもずっとずっと。
当たり前だ。人間なんかよりもずっとずっと長い時間、人間を見てきているのだから。
きっと人間なんかより、人間のことをよく知っているはずだ。人間のダメなところも、人間の良いところも。
だからあのお子ちゃまも、無防備なくらい人懐っこかったんだ。
美味しいものをくれる人は悪い人じゃない――子供にそう教えた父親は、きっと人間に美味しいものをたくさん貰ったんだろうな。
大丈夫、だったらきっとわかってくれるはず。
きっと攫われた子供を助けにきてカッとなっていただけで、子供が返ってきたことにより冷静さを取り戻せば、悪いは人間全てではなく子供を利用しようとした奴らだと。
だから後は任せたぞ、シュペルノーヴァ!
報復は子供を利用しようとした奴らだけに留めてくれって、リーベルタースを説得しておいてくれ。
そいつらになら何をやってもいいから。
あ、やっぱ思い出したら色々混ざってきちゃったな。
シュペ……シュペルノーヴァにやたら親しみを感じてしまうし、シュペルノーヴァならきっと俺の頼みを聞いてくれる気がしてしまう。
いけない、いけない。
今の俺はリリトじゃなくてグランだった。
俺が怒濤の記憶に翻弄されている間に俺の中のリリトが出てきて、俺の体でシュペルノーヴァに話し掛けていたから気付かれてしまったと思うけれど、今の俺はちっぽけな普通の人間なので偉大なシュペルノーヴァと関わると周囲が大混乱になってしまうから忘れたふりをしておこうかな。
うん、その方がいい。
その方が父さんに勘付かれない。
そうだ。俺の過去の部分はしっかりしまって、俺はグランとして振る舞わないと。
限界が近付いて吹き飛んでいく意識の中でそう考えていた。
俺はまだまだグランでいる方がいい――違う、俺はグランでいたい。
グラッときて意識が飛ぶ寸前の俺の視界に、必死な表情でこちらに手を伸ばすアベルが見えた。
昔も楽しくてそのたくさんの想い出は大切だけど、今も楽しくて大切なんだ。
そして俺を大切に思ってくれる人がたくさんいるんだ。
アベルが俺の手をガッシリと掴む感覚に安心した直後、緊張感が安心感に変わり、意識がそこでプツンと途切れた。
その後はたくさんたくさん夢を見た。
それはいつ終わるかわからない長い長い夢。
もしかすると俺は心の中のどこかで、この懐かしい夢の中にいたいと思っていたかもしれない。
夢というか、正しくは戻ってきた記憶。
本当にたくさんの夢を見て、たくさんすぎて全て記憶の片隅に追いやられて、起きたら忘れているやつだという確信があった。
忘れたくなくて、起きるのがもったいない気がしたから。
だけど今の俺も好きだから、ちょっと眠ったらちゃんと起きるよ。
起きた時には忘れているとしても、夢の中で覚えた胸が震えるような懐かしさだけは忘れないから。
過去の俺が大好きだった者達と過ごした大好きだった日々。波乱に充ちた時も、平穏な日々――それらを懐かしく思うこの気持ちだけは忘れないよ。
どれだけ眠ることになったのだろうってくらい長い夢だった気がする。
その夢を見ているうちに、今という時を大事にしようという気持ちがどんどん大きくなっていった。
本当に平和で平穏な今世。
俺が勇者としての使命を持たなくてもいい今世。
その穏やかな日々に感謝して大切にしようと思ったら急に家が恋しくなってきて、やりたいことがたくさん思い浮かんできた。
本当にしょうもなくて緊急性は全くない、ただただのんびりとやりたいことばかりが。
そうだな、まずはいつものようにみんなと美味しいもの食べながらしょうもない話がしたい。
懐かしい夢の中でもっと微睡んでいたい気持ちもあるけれど、今は早く我が家に帰りたい。
だから帰ろう、俺の家へ。
だだいま、俺。そしておかえり、過去の俺。
長い夢を見すぎて、自分でもすごく長い時間眠っていたのだろうというのが、目が覚める直前のまだ動きの鈍い頭でも理解できた。
長い夢を見ていたという自覚もそうだが、何より長く眠りすぎて動かしていない体がガチガチなのが、覚醒直前の鈍い感覚でもよぉくわかった。
ギシギリと体が痛い。
ああ……ずっと寝ていたから筋肉がガッチガチだな。
目が覚めたら少しずつ体を動かして、元の状態に戻してやらないとな。
これは眠っている間にそうとう体が鈍ってしまったようだ。まだ目が覚めていないのに体が重いのがわかる。
そう、重い。すごく重い。
特に胸の辺りがずっしりと。まるで漬物石が胸の上に乗っているように。
やばいくらいの胸の重さと息苦しさなんだけど、もしかしてこれは心臓病!?
やだーーーー!! まだ二十にもなっていない今世だから、そんな病気はやだーーーーーー!!
前世、実家で飼っていたデブ猫が寝ている俺の胸の上にいつの間にか乗っかって寝ていた時の感覚を思い出す胸の重さ。
今世は猫なんて飼ってないから、やはりこれは何かの胸の病気か!?
やだーーー!! 前世ほど医療技術が進んでない今世で心臓病とかやだーーーー!!
しかもなんかほんのり熱い。
やだーーーー!! 変な病気やだーーーー!!
変な病気は嫌だから、起きて医者にいくーーーー!! アベルに腕のいい医者を紹介してもらうーーーー!!
起きる!! 俺は起きるぞおおおおおおお!!
「……ぅ……うぅ……ぉも……」
決意と共に瞼を持ち上げるが、目はシパシパとして視界はぼやけている。
そして起きようと思ったのに、体が重すぎて上半身を起こすことすらできない。
これってマジで重病? 偉大な魔力に当たりすぎて俺の体はどうかしちゃったのか!?
偉大で重苦しい魔力に――。
「カメ?」
「ゲッ!?」
「キエッ!」
「モ?」
最近すっかり聞き慣れたゆるぅ~い声がすぐ近くで聞こえた。
すぐ近く――俺の胸の辺りで。
ん? 胸?
「キエエエエエエエッ!!」
「ぐえっ!」
不安と疑問と答えが結びつきそうになった時、胸に少し強めの衝撃と苔玉ちゃんの高い鳴き声が聞こえて意識が完全に浮上した。
意識の浮上により急速にはっきりとしてきた視界に映ったのは、俺の胸の上に乗り俺の顔を覗き込むチビッ子達――カメ君とサラマ君に焦げ茶ちゃん。
そして少し強めの衝撃の原因だと思われる苔玉ちゃんが、ピョンと跳ね上がって緑色の葉っぱを舞い散らせながらポンと消えていく光景。
その背後に見えるのは、まだまだ馴染みの薄い先日改装が終わったばかりの俺の部屋。
ああ、みんな俺を心配して傍……というか胸の上に乗っかって俺が目覚めるのを待っていてくれたのか。
なるほど、これが胸の重さの原因。
俺が目覚めたから、苔玉ちゃんはそのことをカリュオンに伝えにいったのかな?
俺の周りにいるのはチビッ子達だけ。
こういう時に一番俺の心配をしそうなアベルの姿が見えないのは、おそらくアベルも無茶をして寝込んでいるのだろう。
きっと俺が意識を失った後、アベルだって限界が近かったくせに俺を地上まで連れていってくれて、家まで連れて帰ってくれたのかな?
途中で意識を飛ばしてしまったせいで、あの後どうなったのかがさっぱりわからないし、何よりあの状況で更に無茶を重ねたと思われるアベルのことが心配だ。
とりあえず起きて、まずアベルの無事を確認しにいかないと……それからずっと寝ていたせいか喉は渇いているしお腹も空いていて甘いものが食べたい。
甘くて、水分もあって、寝起きのお腹に優しそうな……そう、プリンとか――と思った俺の耳に。
「お? グランも起きたか? アベルもさっき起きてプリンプリンって言いながら台所にいって、そこでまた寝てたからベッドに戻したところだし、とりあえず二人共無事に目が覚めて良かったな」
「ふえええええ……グランさんもアベルさんも、目が覚めて良かったです」
「そろそろ、二人とも起きる頃だと思ってお食事もたくさん作ってありますよぉ」
「ふふ。彼らが眠っていた時間なんてほんの数日で、わたくし達にはほんの一瞬のはずなのに、その数日が待ち遠しくてたくさん料理を作りすぎてしまったかもしれませんね」
「ほんとね、作りすぎてラトがつまみ食いするのを阻止するのが大変だったわ」
「む? 私は料理に慣れない三姉妹の作ったものが安全であるか毒味をしていただけだ」
そこにあるのが当たり前のように思っていた騒がしい声が俺の部屋に近付いてきているのが聞こえた。
すっかり当たり前になっていたけれど、その当たり前は決して当たり前ではなく些細なことでなくなってしまうかもしれないもの。
そして、決して永遠ではないもの。
今しかないもの。
だから俺はこの当たり前の日常を何よりも大切にしたい。
カリュオン達がドアを開けて俺の部屋になだれ込んでくるのと、俺が体を起こして胸の上に乗っていたチビッ子達がコロコロと転がって膝の上に着地するのがほぼ同時だった。
「おはよう、そしてただいま」
ただいま、帰ってきたよ。
お読みいただき、ありがとうございました。