閑話:王の戦場
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僕には、すぐ下の弟のような武術に特化したギフトがあるわけではなく、その下の弟のように魔法に特化したギフトがあるわけでもない。
さすがにその下の双子の弟と妹には物理的なケンカをしてもまだ負ける気はしないが、彼らもいずれ持てる才能を開花すれば僕よりも強くなるだろう。
僕は兄弟の中で誰よりも弱い。
今だって僕にできるのは見ているだけ。
ノワがもどかしげに見上げる空を、ノワ以上にもどかしい気持ちで執務室から見ているだけ。
いつも自分が耐えればいいと一人で抱え込むエクシィが、今日もまた自分だけで何とかしようと飛び立った後ろ姿を、ノワの視界ごしに見送るしかできない僕。
引き止めたいと思う気持ちでいっぱいでも、手を伸ばすことすらできずに。
伸ばすことができたとしても、それ以上は何もできないけれど。
いつの間にか僕よりもずっと強くなってしまった弟達が、僕の手の届かない危険な場所にいってしまうのを見送るしかなく、無事に帰ってくることを信じることしかできない。
それでも僕は一番上のお兄ちゃんだから、僕が兄弟を守りたい。守らなければいけない。
僕の家族は彼らだけだから。
家族すら守れない者に国なんて守れるわけがないから。
だから弱い僕は弱い僕なりに、己の使える力を容赦なく使う。
僕自身が持っているギフトの力だけではなく、権力という力も――。
僕にできるのは見ることと考えること、そして権力を振りかざすこと。
僕はディオラシス・エルアン・ディオス・ユーラティア――この国で最も高い地位にある者。
竜が創ったという伝説があるユーラティア王国、その歴史は千年を超える。
長い時の中で建国時期の記録のほとんどは失われてしまったが、その伝説を裏付けるようにユーラティア王国やその周辺には、シュペルノーヴァを始めとした古代竜の存在が複数確認されており、また竜に纏わる伝承やその痕跡が多く残っている。
それらの伝承に混ざり、ユーラティア王国の王族には国の建国に携わった竜の血が流れているなどと囁かれることもある。
それらの話は時を超えるうちに大袈裟に脚色さながら語り継がれているが、だいたい事実である。
竜が創った国ということも、王家には竜の血が流れているということも。
千を超える歴史の中で代を重ねすっかり薄れてしまってはいるが、王家及び王家の血に連なる者には建国の竜――古代竜の血が流れており、その血の影響故に古代竜の片鱗を思わせる特異で強力なギフトやユニークスキルが発現しやすく、直系に近いほどその確率は高い。
そして今代――僕と僕の弟妹の有するギフトは、ここ数代で特に強力なものだといわれている。
それがまた、僕ら兄弟が望まぬ火種になってしまったのだが。
同腹ですぐ下の弟ノワゼットは”騎士の心”という武術に特化したギフトを、その下の腹違いの弟エスクレントゥスは”黄金の棺”と”森羅万象”という魔法に特化したギフトを二つも、更にその下の双子の弟と妹も現在は未熟だが将来確実に開花し才能を大いに発揮するであろうと思われるギフトを持っている。
そして彼らの一番上の兄である僕が持つギフトは”金碧輝煌の玉座”といい、その力がユニークスキルとして発揮される僕の左眼は”帝王眼”という魔眼である。
金碧輝煌の玉座――表向きは記憶力や理解力、他者に対する影響力や支配力に特化したギフト、その影響を受けるユニークスキル”帝王眼”は強烈な威圧効果と超人的な速読能力だということになっており、その方が都合がいいので僕もそれを否定していない。
生まれつき飛び抜けて頭が良いのはギフトや先祖の影響であっても、超速読は僕自身が幼い頃より沢山のことを知ろうとしそのために本を読むことを効率化した成果で、僕と対峙した者が勝手に威圧されて頭を垂れてしまうのは僕の中に流れる先祖の血――古代竜の血を相手が本能的に感じとった結果なだけだ。
実際のところは僕もこのギフトの全てを理解しているわけではない。
ただ所持者の直感としてわかるのは、これは確実に僕の中に流れる先祖の血の力――古代竜の力の片鱗。
僕が未熟故にほんの一部しか使いこなせていない能力。だけど僕を助け導いてくれる力。
そのほんの一部が帝王眼であり、それは僕と同じ竜の血が流れる者の視界を共有……いや、覗き見る能力である。
それは血が近い者の視界ほど鮮明に見ることができる。
ただし僕が未熟故にそれは僕の意思でコントロールできず、帝王眼により不意に見せられるという形になる。
そう、不意に見せられるのだ――僕が望まないものも、相手が見せたくないものも、僕の意思も相手の意思も関係なく。
ただそれは僕にとって重要な起点になる場面が多く、まるでその後のヒントを見せてくれているよう。
帝王眼の有用性と危険性に気付き、その本当の力を実の両親にすら隠すことを決意させたのも、発現したばかりの帝王眼が不意に見せたもののせい。
僕と同じ血が流れる大人達のあまりにも汚くあまりにも残酷な会話や所業が、帝王眼の発現と同時まだ子供だった僕の目に映された。
その時まだ子供だった僕が、不意に見せられた場面の意味を理解できたのはきっとギフトのおかげ。
僕の持つギフトが、僕が選択を誤らぬよう僕の心を急速に大人にした結果。
金碧輝煌の玉座――そのギフトは、僕に決断を促し、そのための力を僕に貸してくれるもの。僕を国で最高峰の玉座に導き、そこに縛り付けるために。
僕は血筋も才能も、王となるべくして産まれてきた者。
僕のギフトはかつてこの国を築いた王たる竜の力の片鱗。
本来なら全てを見通すといわれる古代竜の眼。
帝王眼はそのほんの片鱗――血の繋がりのある者の視界を僕に不意に見せる眼。
そしてそれは今、金色の魔法の翼で飛び立ったエクシィの姿がすでに見えなくなった空を見上げるノワの視界を映している。
僕と両親を同じくするノワの視界は非常に鮮明で、なんならやかましい声まで聞こえてくる。
まさに今現在がそれ。エクシィに対する粘着質で湿度の高い心配がそのまま言葉となって休みなく紡ぎ出されているものが、視界と一緒に僕の頭の中に届いていた。
ついでに赤毛君に対するネトネトジメジメした嫉妬の言葉も。
それがあまりに煩くて、思わず仕事を中断することになったのだが。
その前は従兄弟のアルベルトの視界も見えていた。
僕と両親を同じくし僕と最も血が近いノワの視界は頻繁に見えるが、母方の従兄弟であるアルベルトの視界もノワや両親の次くらいに頻繁に見える。
ふふふふ、ゴミ屋敷かと思ったらとんでもないことをやらかしてくれていたね。
そのせいで王都どころが国が危機的な状況になるところだったし、エクシィが危険を顧みず突っ込んでいってしまったし、僕の仕事がめちゃくちゃ増えた。
その件はアルベルトの眼を通して全て見ていたから、証拠を固めて絶対に追い詰めて力をどんどん削いであげるからね。
あー……シュペルノーヴァが来ちゃって大暴れしてくれてるから、どさくさであの公爵家一族を燃やして貰えないか、僕の最側近であるプルミリエ侯爵家長男のリュンクスに頼んでみようかなぁ。
赤毛君がちょっと燃やしてくれたみたいだけど、完全燃焼じゃないからね。
うんうん、決定的証拠を回収したら完全燃焼でもいいよね。
もう一回くらい赤毛君を巻き込んでもいいかなー? エクシィが嫌がるかなー?
エクシィは赤毛君のことがお気に入りだから、身分がバレて変な距離感ができることを恐れているんだろうねぇ。
立場上どうしても身分とセットで見られてしまう自分ではなく、自分自身を見てその自分と親しくしてくれるからだろうね。
肩書きを抜きにして付き合える友達は僕も欲しかったから、エクシィの気持ちはよくわかるよ。
僕は威厳がありすぎて、そういう関係の者を傍に置くのは無理みたいだから、ちょっと……すごくエクシィが羨ましくて、ついつい意地悪をしちゃうけど。
今日だってほら、危険を顧みずエクシィを追いかけていった。
燃えさかる炎の翼なんてどういうトリックなのかわからないけれど、きっと危険を伴う行為に違いない。
そしてそれを迷いなく実行する友が、エクシィにいることがとても喜ばしい。
きっと彼はエクシィがどういう者であっても、エクシィの友達でいてくれるだろうと僕は確信している。
そういう者だからこそエクシィの傍に置いておきたいし、弟の友達とは僕だって仲良くしたい。
見えているのはノワの視界だけで、飛んでいったエクシィがどうなっているかわからなくて心配だけれど、今まで何度も赤毛君と一緒に無事に帰ってきたから今回もきっとそう。
ほら、王都の空を覆っていた二隻の巨竜が双方後ろに下がり始め、彼らに遮られていた空が再び地上からも見えるようになってきた。
そしてその空から、金色の光がだんだんとノワの視界に近付いてくるのが見えた。
それは、先ほど魔法の翼で羽ばたいていったエクシィ。その肩には気を失っていると思われる赤毛君がぶら下がっている。
赤毛君は結構ガッチリとして逞しい体型だったはずだけど、ヒョロヒョロでガリガリのエクシィもそんな彼を支えるだけの力があったんだね。
支えられるだけではなく、互いに支え合う関係であることを嬉しく思う。
お帰り、エクシィと赤毛君。
事後処理はたくさん残っていて、現場で頑張った君達の次は僕達が大忙しになるけど、それが僕の仕事だからね。
後は僕に任せてね。
拳力でぶん殴るのは苦手だけれど権力でぶん殴るのは得意だからね。
ふふ……もし面倒くさくなったら、巻き込んじゃうかもしれないけど。
君達のように現場に立つことのない僕だけど、むしろ現場にいっても邪魔になるだけの僕だから、僕は僕の戦場で戦うよ――政という思惑の戦場で。
頭脳と権力という武器を持って、僕は僕の守りたいものを守るために。
お読みいただき、ありがとうございました。