自転車日和
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ユーラティア王国の王都ロンブスブルクはなだらかで広大な丘の上にあり、その頂上付近には王族の暮らす白く美しい城がある。
王城の敷地内には、王族の居住区や行政のための施設以外にも王城で働くための者の施設や居住区もあり、王城の中だけで一つの町のようになっていると聞く。
聞く――王城の敷地内は許可のある者しか入られないので、極めて一般的で普通で平凡な庶民の俺は王城の中のことなんて伝え聞いたことしかしらないから。
実際すっごく広くて、城の周辺だけでちょっとした町規模だし、王城に続く大通りはいつも多くの馬車や人が行き交っているし、朝夕の交通量は前世の通勤と帰宅のラッシュ時を思い出さされる。
今の王様になってからは平民からの雇用も増えたため、庶民が暮らす城下町でも王城方面へ向かう道が賑わうようになった。
王城の外側――丘の中腹辺りには貴族達の居住区があり、王城に近い場所ほどそして南側の日当たりの良い場所ほど高階級の貴族が住んでいるらしい。
そして貴族の居住区から更に丘を下ると、平民が暮らす城下町が丘の裾野からその麓へかけて広がり、その更に外側に耕作地帯が広がっている。
そう、なだらかな丘。
王都で暮らしている頃は緩ぅ~い坂道が多く、歩いているとじわっと疲れがたまるのがどうも苦手だったのだが、今この時は王都しかないと思った。
俺が王都に出てきた頃はまだ先代の王様で、平民の暮らす城下町には長い歴史を感じる箇所が多く残っていたが、今代の王様に変わってからは歴史的文化として価値があるものは残しつつも人々の暮らしに関わる場所はどんどん整備され、道は事故防止のため馬車や馬や騎獣が走る道と歩道が分けられ、現在ではそれが城に続く大通りだけではなくその周辺の生活道まで広がりつつある。
人とそれ以外は通る場所が分けられているため比較的安全で、道の表面も前世のアスファルトの道路とまではいかないが、地面剥き出しの俺の家周辺や多少整備されているが王都の道ほど整っていないピエモンよりは自転車で走るに向いた道である。
というわけで王都へやって来た。
最初はものすごぉーーーーーく嫌な顔をしたアベルだが、アベルを自転車の後ろに乗せて二人乗りで走ろうと言うと好奇心に負けて王都にピューッとしてくれた。
チョロッ! お前、そんなチョロくて危機管理は大丈夫か!?
もちろんカリュオンとジュストも一緒に。
タルバは明るい所も人間がたくさんいる所も苦手なので、俺達が王都に行くことになるとできあがった三輪車に乗って地下道から集落へと帰っていって、チビッ子達も今日はどこかへ出かけていないので俺達だけで王都へ。
そしてアベルの転移魔法で飛んだ先は――。
「んあ!? ここって王城のすぐ近くじゃないか!? こんなとこでやっていいのかよ!!」
アベルの魔法でピューッと転移してきた場所は、王都の頂点にそびえ立つ王城がいつもよりも近くに見える場所。
城下町から見てもバカでかいのはわかる王城だが、こんな近くで見ることなんて庶民の俺にはほとんどない。
貴族の仕事を受けることもあったが、俺のようの一般的な平民冒険者に舞い込んでくるような仕事には階級の高い貴族からの依頼はほとんどないうえに、俺自身がお貴族様に苦手意識があり貴族系の依頼は極力避けていたから。
貴族街でも階級の低い貴族達のタウンハウスが立ち並ぶ辺りにはちょいちょい行ったことはあるが、今いるような高位貴族の大豪邸が並ぶ辺りにはほとんど近寄ったことがなかった。
見渡せば大きなお屋敷――がある中にあると思われるたっかい塀とその向こうに見える手入れの行き届いた庭木。
敷地がでかすぎて角度的に奥にあると思われる豪邸なんか見えないし、道なんか広すぎてお隣さんが遠すぎる。
もちろん道は庶民が暮らすエリアの道よりもずっと整っているし広い。
広くて整った道だが城門正面に続く王都一の大通りではなく、貴族街の中のどこか別の通り。
確かにびっくりするほど道は綺麗で広くて自転車に乗るはちょうど良さそうだけれど、こんなとこで自転車に乗っていいの?
「高階級の貴族街なら裏通りまで道が整備されているし、高階級の奴らはまず歩いて移動なんかしないから、町の方で乗るよりこの辺りの方が安全だと思ったんだよ。王都の騎士団に見つかると注意くらいはされそうだけど騎士団なんて城の周りと城下町が中心で、貴族街の裏通りは各家門所属の私兵くらいしかいないから、そこの家の害がなければ怒られることもないよ。それにこの辺りだと道も広くて視界もいいから、ジテンシャで坂を下ると景色が綺麗かなって。ほら、もう夕方が近い時間だし西側を選んだよ」
なるほどさすがアベル、王都と貴族の事情には詳しい。そして気が利く。
広い道から見える景色は長く続く緩い下り坂、その先には庶民が暮らす城下町も見え、城下町にいるとあまり実感することのないロンブスブルクの勾配が目に入ってくる。
そしてそこから視線を正面に向ければ、まだまだ日没までには時間があるが赤みを帯び始めた晩夏の日の光が眩しく俺達を照らしていた。
確かにこれは気持ちいいかもしれない。
暑い夏が終わりに近付き、夕方はもうカラリと気持ちの良い秋の気配。
しかしまだ王城に勤めるものが仕事を終え帰路に就く時間ではなく道に人や馬車の姿はまばら。
間違いなく自転車日和。
「ああ、確かにもうすぐ夕日が綺麗な時間になりそうだな」
「だが夕日まで待っちまうと城で働いてる奴らが帰る時間になって道が混み合うからやるなら今だなぁ。帰ったら苔玉に自慢してやるかなー、こんな日にチビッ子ども揃って出かけた奴らが悪いなぁ」
なんだかんだでカリュオンも自転車に興味があるようで二人乗りなら乗ってみるつもりなのか、重量のあるプレートを着ないでやってきている。
そして悪い顔。
あんまり自慢すると苔玉ちゃんに木の実を投げつけられるのでは?
ま、いつものことか。俺もカメ君にうっかり自慢して水鉄砲を撃たれないようにしないと。
アベルは――自慢して自分から水鉄砲を撃たれにいきそうだな。
「アベルさんはグランさんの後ろですよね、じゃあカリュオンさんは僕の後ろで。僕、こう見えて学校の友達をいつも自転車の後ろに乗せていたので二人乗りは得意なんです!」
ジュストオオオオオオ!! ポロリがすぎるぞおおおおお!!
鋭い俺はアベルの目がスッと細まったことに気付いたぞおおおおおお!!
それに真面目そうな顔をして二人乗りをしていたのか!? この悪い子さんめーーーー!!
ちっこいのに後ろじゃなくて前だなんてジュストはパワフルだな! でもあっちの国は二人乗りは危ないから、もしまたあっちで自転車に乗るような時がきたら二人乗りはやめるんだ!!
この世界は――……まだ禁止されていないのでやったもん勝ちだな!!
って、ジュストの体型でカリュオンを後ろに乗せるとか大丈夫か!? 危なかったらすぐにカリュオンを振り落として自分は逃げるんだぞ!
「それじゃ後ろの車輪にコイツを付けるから、そこに足をかけて乗っかって立った体勢で俺の肩をしっかり掴んでおくんだ」
後輪には持ってきた棒状の金具を少し懐かしい気分になりながら嵌めた。
前世でもこういうのを使って荷台のない自転車で二人乗りしていたよな。
手作りの少し不格好な自転車には荷台はまだ付けていない。
スポーティーでかっこいい形ではなく、ママチャリって奴を思い出す垢抜けないフォルム。
だけど自転車に跨がりアベルに後ろに乗るように促すしていると懐かしさで胸の中がくすぐったくなり無意識に目が細まる。
「乗ったらいくぞ。走り出したら頑張ってバランスを取れよ、そしてあとは俺を信じるだけでいい。それじゃいくぞおおおおおおお!!」
後ろの車輪が重さで沈み、アベルの手が俺の肩を握る感触で振り返らずともアベルが後ろに乗ったことはわかる。
冒険者活動中はもっと痛いことだって当たり前だから、少々スッ転んでも大丈夫だからびびらずにいくぞおおお!!
強気で漕ぎだした俺の視界には西へと傾いている大きな夕日が映っていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
すみません、書くの忘れてました。
今週は仕事の都合で火曜日の更新お休みさせていただきます。
次の更新は木曜日になります。




