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遺産相続人 〜猫たちの時間7〜  作者: segakiyui
2.屋敷
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2

 黒塗りの車、ゆったりとした後部座席に座った鈴音は、時々俺を見つめてはくすくす笑っている。

「…」

「ごめんなさい」

 恥ずかしさにますます顔が熱くなる俺に、口元に指を当ててそっと謝ってくれる。

「お義父さまは石蕗でも変わり者で知られていましたけれど、あなたを見込んだというのが本当にお義父さまらしい」

 また笑う。

 ああ、ああ、どうせ俺は場違いだよ。

 いじけた気持ちを察したのか、鈴音は笑うのを止めて慰めるように言った。

「本当、お義父さまは良い御方を選ばれましたわ。あなたのような方が石蕗家には必要なのかも知れません」

 声に漂った憂いに鈴音を見返すと、彼女はふと目を逸らせ、自動車の窓越しに遠くを指し示した。

「あそこが石蕗の屋敷です」

 白い指の先を辿って、緑濃い山の中腹あたりにある、純和風の屋敷を見つける。かなり大きな平屋の建物、屋根瓦は年月を経ているが丁寧に手入れされているらしく鈍い灰色に輝き、壁は薄茶がかった白い漆喰、立派な木造の堅固な屋敷は、広い庭を取り囲む塀と合わせて、昔の武家屋敷のようだ。

 その屋敷の門へ細い地道を辿って数十分、山を登るに従ってぽつりぽつりと、時に肩を寄せ合うような村の家々を眼下に、まず大仰な木造の門を一つ潜り、車を降りたのは更に十数分後だった。

「塀を二重にするのは、この地方の風習なんですのよ」

 着物の裾を乱すことさえなく車から降りた鈴音は、静かに説明してくれた。

「さっき通った門が一の門と言って外からの『魔』を防ぐ門、内側のこの門を二の門と言って内からの『魔』を外に出さぬ門」

「内からの『魔』?」

 問い返す俺に、鈴音は淡い笑みを浮かべた。

「人は誰も己の心の中に『魔』を持っていると言います。それを出さぬことこそ、人が人としてある『証』である……と、昔、この地に立ち寄られたお上人様が説かれたそうです」

 開け放った門を潜ると、屋敷の入り口までずらりと人が並んでいた。

「戻りました」

「お帰りなさいませ!」

 鈴音の声に一斉に声が返され、思わずたじろいだ俺と対照的に彼女は落ち着き払って頷き、振り返って促した。

「こちらへ」

「は…あ…」

 圧倒される。

 門をくぐると途端に威厳が増したような鈴音の後に、おどおどと従う。

 敷き詰められた玉砂利、整った前栽、静かに頭を下げ続ける男女の間を通り抜け、玄関で出迎えた1人の男の前で立ち止まる。

 恰幅の良い、艶のある灰色の着物を身に着けた50前後の男、黒い髪の下には怖そうな眉と濁ったような目がある。たぶん、これが石蕗久、伸次の一人息子で鈴音の夫だろう。

 その後ろに小柄な老婆が白い着物に灰色の帯を締め、眼光鋭くこちらを見つめている。これが久の母親、伸次の妻である『さく』だろうが、とても70過ぎには見えない、ぴんと一本きついものが通っている容姿だ。

「かあさま!」

「母さま!」

 突然はしゃいだ声が響き、驚いて振り返った。人垣の後ろから突進してきた2人の子どもが、崩れた人垣を押しのけるように飛び出してきて、笑顔一杯に鈴音に飛びつく。

「お帰り!」

「お帰りさない、かあさま!」

 11、2歳ぐらいの男の子2人、口々に叫んで鈴音にしがみつく。甘える瞳で鈴音を見つめ、抱き返してくれないのをじれったがるように体を押しつける。

「聞いてよ、亘ったらねえ…」

「皖ちゃんだってねえ…」

「亘! 皖!」

 突如雷のような声が鳴り響いて、俺はひやっと首を竦めた。

「お客様の前だ。控えなさい」

 久が険しい目で2人を睨んでいる。1人が強張り身を竦めて母親の手にすがり、もう1人が負けず劣らず険しい目で父親を振り返って睨み返す。

(うわ、そっくり)

 2人は髪の分け方、服の趣味が微妙に違うぐらいで、顔つき体つきはほぼ同一人物と言っていいほど似通っていた。

(双子か)

「亘!」

 鈴音の手にすがった方がびくりと震える。

「皖!」

 久を睨みつけていた方が唇を噛む。頬を真っ赤にして、もう1人を庇うように久に向き直った。

「あなた…」

 柔らかな鈴音の声が、場の緊張を解いた。

「わたくしから言い聞かせますから、怒らないでやって下さいまし」

 ほっとした顔で亘が吐息をつき、続いて素っ頓狂な声を上げる。

「あれえ! かあさま、ここ、どうしたの?!」

「っ!」

 皖が身を翻し、鈴音の手の甲の痣に気づく。

「あ…それは…」

 困った顔で鈴音が眉を寄せ、応えに困って俺の方を盗み見た。視線を敏感に感じ取った2人が同時に俺を振り向く。

「あ、あの、それは、俺が」

 弁解しようと口を開いた俺は、次の瞬間、突っ込んできた2人に突き飛ばされた。

「へ……どわっ!」

 何が起こったかわからぬままに、後ろに吹っ飛び玉砂利に叩きつけられる。

「亘! 皖!」

 鈴音が慌てたように声を上げる、その前で、2人は俺に向かっ同時にべえっと舌を出した。

「母さまに怪我させる奴なんか大っ嫌いだ!!」「大っ嫌いだ!」

 異口同音に叫んで、うろたえる周囲をよそにばたばたと庭の奥へ駆け込んでいく。

「亘! 皖! 待ちなさい!」

 鈴音が急いで駆け寄ってきてくれ、俺はのろのろと体を起こした。

「あつつっ」

「大丈夫ですか、滝様」

 不安そうな声で覗き込む。長い髪がさらさらと甘い香りで降り落ちてくる。

「ごめんなさい、一体どうしたのかしら、普段はとてもいい子達なのですけど…」

「ああ、たぶん俺が石を蹴ったのが悪いんです全部ええ」

「どこかお怪我されませんでした、本当に…」

「鈴音」

 でれでれと応える俺に白い手を伸ばしてくれていた鈴音が、古ぼけた木が裂けるような声に動きを止めた。

「はい」

 俺も同時に声の方を振り返ると、身動き一つせずに見守っていたらしいさくが冷ややかに命じた。

「お召し物を替えて差し上げなさい。その方は、どうであれ、この石蕗家の跡取りになられる方です」

「はい」

「わたくし達は雀王の間に居ます。すぐに来なさい」

 歓迎のことば一つ、労りの声一つかけることもなく、鈴音が従うのを見届けもせずに、さくはくるりと向きを変えて屋敷の中に入っていく。同じように俺を冷たく眺めていた久も同様、じろりと母親を見送った後、屋敷の中で姿を消す。

(何だ、あいつら)

 こんなでかい屋敷の住人が、突然涌いたような後継者を喜ぶとは思えなかったが、予想以上に居辛そうだ。

 何となく、朝倉家で初めて食べた夕食を思い出した。あの時は、形なりとも歓迎しようという様子はあったが、ここはとにかく俺の存在を迷惑だとしか考えていない気がする。

「では、滝様、こちらへ」

「はぁ、どうも」

 促す鈴音の前でいつまでもふて腐れているのも嫌で、俺はのそのそ立ち上がった。どう見ても魔窟にしかみえない入り口の前で溜め息を一つ、鈴音の可憐な笑顔に促され、もう一つ溜め息をついて、石蕗家の中へ足を踏み入れていった。



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