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遺産相続人 〜猫たちの時間7〜  作者: segakiyui
6.地底

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24/31

5

「それでも…」

 掠れた声が呟く。

「ぼくは……母さまが……好きだったんだ…」

 俺の着物の肩の辺りがじんわりと濡れて熱くなる。

「誰よりも……好きで……母さまが……好きで…」

 そして、皖は、母への思慕と母が人を殺している恐怖の間で板挟みになった。

 おそらくは。

 打ち明けられたあまりにも辛い話にぼんやりと考える。

 おそらくは、皖が亘に成り代わったのは、身を守るためだけでも、鈴音を止めるためだけでもないのだろう。素直に鈴音に甘えていられる亘が羨ましく、何も知らずに鈴音に跳びつける亘が妬ましかった。その死のレースの後では、鈴音が亘を殺したことにもなるのだとさえ思えて、もうどうにもしがみつけなくなったのだろうに。それでも、同じ姿を持つ分身として、亘になりたいと幾度も願ったのだろう、鈴音の愛をその手に受け止めるために。

 一体誰が、何の絆を求めていたのか。どうして、その絆はこんな風に繋がれなくてはならなかったのか。

 辛くて暗い想いが胸に詰まる。

「滝さん…」

「うん?」

「…なんだか……熱い…よ…」

 皖のことばにはっとした。

 そう言えば、ぐったりともたれかかっている皖の体が異常に熱い。単に興奮したせいじゃないのかもしれない。急いで体を起こしてやると、真っ赤になった顔に汗を伝わらせながら、荒い呼吸をしている。ぐずぐずと崩れ込んでくる額に手を当てると、あからさまに熱かった。

「あきっ……亘!」

 思わず本名を呼びかけて慌てて言い直す。どこで誰が聞いているかわからない。

「もう…皖でいいよ……もう…」

 淡い声で皖は呟いた。はあはあと息を荒げている。

「おい、しっかりしろ!」

「…」

「亘!」

 返答はなかった。急いで皖を抱き上げ、母屋に入ろうとして木立にふわりと舞う白い亡霊の影を見た。不思議と怖さはなかった。ただただ無性に腹が立った。

「この忙しいのに酔狂に出てくんな、ボケ!」

 思い切り怒鳴りつけて、俺は母屋へ駆け込んだ。


「厚木警部!」

 奥から出て来た相手の服装にぎょっとする。どう見ても帰り支度だ。

「どうしたんですか?」

「捜査は打ち切りだ」

 苦々しい顔で、ポン、ポン、と意気地なくポケットを叩き始める。数回叩いたところで内ポケットからハイライトを出し、振り出して咥え、背後へ顎をしゃくって見せた。

 いかめしい顔をした久と志垣が亡者の一族よろしくぬぼっと立っている。

「犯人が出た」

「え?」

 思わず久を見た俺に、厚木警部はじろりと迫力のある視線を投げて来た。

「志垣君のところに自首して来たのが居たんだ、幼児誘拐殺人事件の、ね」

 鬱陶しそうな声だった。

 久が薄く笑い、志垣がおもねるように追従笑いをする。

 こうなりゃ、いくら疎い俺でも良くわかる。

 おそらくは、その『犯人』とやらは、久に因果を含められた何某なのだろう。つまりは、これ以上ないほどあからさまな偽証……だが、証拠はない。

「それで、我々がここにいる必要はなくなった、という訳だ」

 厚木警部は咥えたハイライトを面倒臭そうに歯の間で上げ下げした。

「お由宇は?」

「一足先に帰った」

 ライターの音をこれ見よがしに響かせ、喫煙の許可を取ることもなく、厚木警部は煙草に火を点けた。紫煙が立ち上る暇さえ与えず、慌ただしく煙を吸い込み、見る間に半分近くを灰にしながら、

「解決した事件に興味はないそうだ。………それより、どうしたんだ?」

 俺の腕にぐったり抱かれている皖の事を聞かれ、我に返る。

「あ、そ、その」

 久を見ないようにするのが精一杯だ。

「亘が急に様子がおかしくなって……休ませたいんだけど…」

「わかった」

 久が頷いて手を叩くと、すぐに使用人の1人が姿を現した。

「こちらへどうぞ」

「あ、どうも」

 厚木警部の側を通り抜けながら、横目でむっつりしている相手を見やる。

「由宇子から」

 煙草を咥えたまま喋ったから、ばささっと灰が磨き込んだ廊下に落ちた。ひえ、と小さく声を漏らした志垣を楽しそうに眺め、警部は服に付いた灰を払って続ける。

「無茶はするなと伝言だ」

「無茶なんかしませんよ」

 答えて俺は使用人の後について行った。背中で、厚木警部の落した灰を慌てて拭こうとしているらしい志垣の気配と、久の刺すような視線を感じた。

「こちらへ」

「お願いします」

 亘のものらしい部屋に通され、使用人に皖のことを託して、寝起きしている部屋に戻る。

 さすがに俺1人では荷が重くなって来た。『専門家』にお出まし願おう。

 だが。

「周一郎?」

 部屋には周一郎はおろか、ルトも居ない。

「おかしいな」

 元々の周一郎の部屋かと思って訪ねたが、そこにも居ない。それどころか、人が使っていた気配さえなく、奇妙なほど綺麗に整頓されている。

 ふいと嫌な予感が胸の奥に染み込んで来た。


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