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遺産相続人 〜猫たちの時間7〜  作者: segakiyui
4.女達

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14/31

3

「眠そうね」

 俺のあくびにお由宇はいたずらっぽく笑った。見事に似合った白のツーピースは現代的なデザインだったが、周囲の古びた様相の建物に不思議と溶け込むように調和している。

「ああ…また周一郎のやつが謎々遊びを始めてな」

「どんな?」

「えーと…」

 周一郎とのやりとりの一部始終を聞き終わったお由宇は、めったに見せない甘い微笑を浮かべた。

「そう…欲しかったから、と言ったの」

 興味深そうに頷く。

「? なにか意味があるのか?」

「あると言えば、ね」

 ふいと朝日の中で輝く鮮やかな山の緑の方へ目を向ける。

「無限の信頼ね」

 低い呟きが聞こえた。

「へ?」

「あなたが『わからなくても』、自分を好きだと言ってくれるだろうという安心感だわ」

 きょとんとしている俺を振り返る。

「それを『最近』気づいた、としか言えないのも、あなたに『わかっていなくてもいい』と言ったのも、本当に周一郎らしいけど」

「お由宇」

 膨れ上がってきた悩みを訴える。

「俺は言語学者でも心理学者でもないんだが」

「当たり前よ。そうでなきゃ、周一郎が心を許すはずないでしょ、あの性分からいっても」

「??」

「…それはともかく、私と周一郎はどうやら同じ人物に引っ掛かっているみたいね」

 セミロングの髪をそっと指先で払う。さりげない仕草も美人は得だ、まるで磁石みたいに魅きつけられる。

「同じ人物?」

「そ。石蕗…鈴音」

「鈴音さんが?」 

 ぎょっとして思わず聞き返す。

「彼女がさくを殺したって言うのか!」

「その可能性もあるっていうこと」

 お由宇は俺を伴って(決して『俺が』お由宇を伴って、ではない)、ぶらぶらと屋敷を囲む内側の門を出、振り返って屋敷を見つめた。

「内からの『魔』を防ぐ、か…」

「それが何か関係があるのか?」

 問いかけに、今度は頭を反らせて二の門を見ていたお由宇は、ゆっくりと視線を一の門へと転じながら答えた。

「この辺りのことをちょっと調べるとね、面白い昔話に出くわしたのよ」

「昔話?」

 今度は民俗学か、と溜息をついた。

 一度お由宇の頭の中を見てやりたい。きっと500階ぐらいのマンションで、各部屋で専門家がそれぞれ研究しているのだろう。

「陽子伝説と言ってね。そう古い話じゃないみたいだけど…」

 前置きして、お由宇は話し出した。

 昔、と言ってもどの程度昔かはわからないが、この地方の名家に陽子という娘が居たそうだ。

 娘は昔話の例に漏れず、すくすくと美しく育ってゆき、咲き誇る美貌には、野辺の花も天空の虹も恥じずにはおるまいという噂だった。しかも陽子は、年齢を重ねても盛りの色香を失わず、それどころか年老いても容姿に加齢の跡は見られなかった。

 あまりの美貌に、ある夜、1人の若者が秘密を探ろうと陽子の家に忍び込み、世にもおぞましい光景を目にした。紅の血潮の湯船に白い肌を浸し、満足げに笑い叫ぶ陽子の姿。

 その血は行方知れずになっていた子ども達のものだとすぐ知れた。

 幼い子どもの血に身を浸すことが、彼女に永遠の若さと色香を与えてくれていたのだった……。

「ひえ」

 思わずぞくりと身をすくめた俺に、お由宇は苦々しい笑みを浮かべた。

「これが伝説で済んでいるうちは良かったんだけどね、この辺りの記録を調べて行くうちに、ある事件に突き当たったの」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 嫌な予感に辺りを見回す。早めにトイレへ行っておこうと考えたのだが、もう一の門と二の門の半ばまできている。

 仕方なしに俺はお由宇に引きつった笑みを返した。

「お待たせしました」

「はい。で、その事件というのが、第二次世界大戦終戦ぐらいのこと。この辺りは比較的空襲もほとんどなくてね、名家が残っていたわけだけど、その中の一つ、北岡家に朱音あかねと言う娘がいたの。当時12歳。この子が出くわしたのが一般的に陽子伝説事件と呼ばれている事件なのよ。幼児誘拐殺害事件なんだけど、犯人は陽子伝説になぞらえたのか、殺した子ども達を次々近くの池に放り込んでいたの。その池に、たまたま遊びに来ていた朱音が落ちた」

 お由宇の声が寒々しいものになり、背筋を氷塊が転げ落ちて行く感じがした。12歳の女の子が腐りかけた死体の浮き沈みする血の池に転げ落ちた。その悲鳴はどんなものだっただろう。


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