遥かな影-最終話
「…元木君も?」
「俺?俺は、どうでもいいよ。ただ、あいつらが楽しんでくれりゃ、俺は何でもやる。金だって欲しい。当たり前さ。お菓子のひとつでも買ってやれるんだからな。バイトでもヤバイ仕事でもやってやるさ。ジャッカルとでも、ハイエナとでも、呼びたい奴はそう呼べばいい」
「カッコイイね」
「よせよ」
「んん、カッコイイ」
「へん。それよりも、ありがとうよ。ヤな顔しないで遊んでくれて」
「楽しかったもん」
「最近のガキは生意気だからな、結構、腹も立つんだけど、あいつらが卑屈になるよりはましだろうと思ってそうさせてる」
「ぅん」
「ま、面倒掛けて悪かったな。割に合わない報酬だと思ってるかもしんないけどな、ま、我慢してくれ」
「んん。それより、また、来てもいい?」
「え?」
「楽しかった。子供たちと遊ぶなんて、ほとんどないから。それに…」
「何だ?」
「元木君の楽しそうな顔が、可愛かった」
「よせよ」
「んん、初めね、怖い人かと思ったんだけど…、今日の元木君、可愛かった」
「バカ」
駅に近づいた。
「ね、また来てもいい?」
元木はニヤリと微笑んだ。バサバサの髪の間の瞳はもう怖くはない。
「あぁ。でも、あんた受験生だろ」
「いいの。時々だし。それに…。来年、合格してからも、いい?」
「いつでも、いいよ」
「指切り」
美加の差し出した指に元木は少し怯んだ。そしてゆっくりと、手を出した。指切りを交わして、別れた。
* * *
電車に揺られながら、美加は思い出した。元木のまわりを楽しそうにまとわりつく子供たち。そして、同じように自分に甘えてくる子供たち。そんな光景は、ドラマの中でしか見たことがない。
座席に座った膝の上で指を動かしてみる。久しぶりのオルガンはあまり上手くは弾けなかった。もう少し練習しておこう、次行くまでに。それに、クッキーでも作ってあげようか。家庭科の本を読みなおしておこう。
電車の振動は、美加の気持ちを浮き立たせるように規則正しく揺れた。