六 ラヴラを救え②
時は同じく、モフィラ。
馬車を引き連れ、いかにも怪しげな集団が森の中をさ迷っていた。
「親方ァ」
一人の男が、この集団の一人、親方に声をかける。
親方は小太りの、醜い男だった。
「こんな奴が釣れましたぜ」
そう言って、男は瓶を差し出した。
その瓶の中には、蝶のような美しい羽を持つ、小さな少女が不安気に怯えていた。
親方はその瓶を持って、睨みを効かせる。
「ほう、これは大精霊か。よぅく捕まえた。こいつは物好きに高値で売れる」
にやりと、薄汚い笑みを浮かべる。
親方は瓶を従者に預け、馬車の荷台にしまうよう指示した。
「しかしですねぇ、親方。あんなちっぽけな大精霊ならともかく、今回の狙いは獣人ですぜ。こんな少人数じゃ返り討ちに合いそうじゃないっすか?」
「何、心配は無用。目には目を、だ」
と、その時、森の奥から二人の女が来るのが見えた。
一人は首輪をかけた死んだ目の女。もう一人はその女に手縄で縛られて連れられていた。
どちらも獣人だった。
「これはこれはリチャルド、よくやったなぁ」
親方は両手を広げ、首輪の女を歓迎した。
その女は至る所に傷があり、すでにその目は光を諦めていた。服従の証の首輪がその女の身分を表している。名をリチャルドと言った。
「はい、周囲に人はいません。命令通り、彼女一人だけを連れてきました」
リチャルドは抑揚無き声でそう言い、縛られた獣人を突き出した。
その獣人は怒りを剥き出しに親方を睨む。
「あんたね……村の人達の失踪事件の犯人は……!」
その女の瞳は少しの恐怖と悲しみ、そして何よりもドス黒い怒りが支配していた。
親方はそれを見てにやりと笑い無言の肯定を示す。
女はリチャルドに振り向き、怒声をあげた。
「なんで……なんでよ! あんたも私と同じ種族でしょ!? どうしてこんな人間共の味方をするの!?」
その声には戸惑いがあった。
彼女はリチャルドの口車に乗せられてここに連れてこられたのだ。
「何を言っても無駄だよ、彼女は私の傀儡だ。もはや君の事を同族とすら見ていないだろうな」
親方は実に愉快そうに言葉を連ねる。
その男の一言一言に、女は腹の底からふつふつとマグマのような怒りが沸き上がった。
それを見て、親方は脂肪にまみれた指で彼女の頬を優しく触る。
「なぁに、そんな目で私を見るな。じきに君も、こういう風になるのだから……がっ!」
突如女は親方の指をがぶりと深く噛んだ。
獣人の牙は易々とその男の肉を貫いた。
親方は急いで彼女の口から指を離し、血まみれの手を見る。
手がぷるぷると震え、男は怒りが爆発した。
「……ッのクソメスがァッ!!」
バグァッ! と、容赦無しの拳を彼女の顔面に殴り付けた。
鼻が折れる鈍い音がし、彼女は地面に転がった。
その頭を親方は全体重を込めて踏みつけた。
頭蓋骨が圧縮される嫌な感覚がし、彼女は苦痛の声をあげた。
「図に乗るなよ、人間のなり損ないが!!」
ぐりぐりと感情のままに踏みにじる。
「手が出せねぇと思ったかゴルァ!! あぁ!? どうなんだなんとか言ってみろ!!」
彼女の顔面は既に血と涙でぐちゃぐちゃになっていた。
そんな中でも、彼女は笑った。
「耳無しめ、図に乗っているのは貴様の方だ……! いずれ貴様の悪行には裁きが下る!」
その瞬間、親方の何かが切れた。
「おい、何か武器持ってこい。もうこいつ殺すわ」
静かに、しかしドス黒い怒りがこもった命令を下した。
ざわり、と、男達の空気が一変した。
貴重な商品を殺してしまってもいいのだろうか、と。
しかし、今の彼にそんな事を言える者はいなかった。
リチャルドは斧を持ってきて、親方に渡した。
血まみれの女は思った。今、私は死ぬんだと。
その事実がどうしようもなく怖く思えた、なんで私なんだと泣き叫びたくなった。
しかし、ぐっとその理不尽に蓋をして、怒りのままに笑って見せた。
「今に見ていろ! 恨んでやる、呪ってやる、貴様達の全てを、私の血で!! 見ていろよ、貴様は必ず地獄を見る! 絶望の淵に追いやられながら、悪魔に殺されろ下衆共がーーーッ!!!」
ずしゃりと、彼女の顔に斧が振りかざされ、言葉は途絶えた。
しんと静まり返った。この場を包んだのは静寂だった。
親方の舌打ちがそれを破る。
「……いや、取り乱してしまったね。すまないな、リチャルド。お前が持ってきた物を壊してしまった」
「いいえ、気にしないでください。獣人など、腐るほどいますから」
親方は女の死体を見る。
「そうだね、腐るほどいるね……」
親方はこわばった顔を表情を拭い捨て、明るい口調で、両手を広げ大げさにこう言った。
「さあさ、嫌な雰囲気になっちゃった。気を取りなして、商品を探そうか」
そう言って、この集団はまた森の奥へと進んでいった。
ただそこに残されたのは頭が潰れた女の死体だけだった。