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冷酷勇者と獣人少女。  作者: いぬはしり
二章 王都奪還
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十七 冷酷勇者の叛逆②

 場面は移り変わり、ここは王室。

 玉座に君臨するははダッカール王。両脇には精兵が立っている。


 王は分厚い本を読んでは、ペンで何かを記すや、何やら難しい顔を浮かべては小さく溜息をついていた。

 堀が深い顔に、陰りが見える。


 勇者パーティが凱旋したここの所の日々は今まで以上に忙しい。


(これ以上多忙な日々もそうそうあるまい)


 そう思ったのも束の間、突如この部屋に息子の声が響いた。


「国王!」


 そう言いながら、大門とは別の所からドールトーン王子は現れた。

 それを見た王の眉間にシワが寄った。


 王子の後を、数人の男達が付いてきていた。

 その男達に縛られるように、一人の獣人の小娘がいたからだ。

 

「何事だ、騒々しい」


 王は片眉をひそめてそう言った。

 連れてこられた少女は、怯えた眼で王を見た。

 見るからに弱気な……取るに足らない少女だった。


 王子は声に熱を込めて言った。


「この野良犬が王族を侮辱した。故に、誅を下す。殺処分の場をいただきたい」


「なんと」


 王は静かに驚いた。

 このような少女にそんな度胸があるのかと思った。


 そんな王の驚きを見てか、王子は口汚く散々と言葉を紡いだ。


「こいつ、王族であるこの俺を突き飛ばしやがったんだ。リンゴーンの馬鹿が無断でこいつを連れ込みやがって、薄汚い足跡を王城に残しやがったんだ」


 言葉にはあからさまな憎しみが籠っていた。

 それを見かねて、王の顔が強張った。


「ドールトーンよ、言葉使いを正せ。自分が王族だと理解しているなら、それ相応の身振りをするがいい」


 王子は何か言いたそうにしていたが、なんとか口を閉し、頭を下げた。


「して、そこの小娘よ。今の話、真か?」


 王の眼光がラヴラを貫いた。

 心臓が冷たい手で鷲掴みにされたような気分に陥った。今にも泣き出して逃げたくなった。


(どうして僕がこんな目に)


 ラヴラの心中をこの言葉が支配していた。

 今まで平穏に暮らしてきたはずだ。のんびりと、森の中で、孤独に。


 それが今はどうだろう? 勇者パーティの一員と行動を共にし、ダッカール王国の城に入り、王女と友達になって、王子によって処刑寸前。

 こんな並外れた現実があるものか。だが、嘘ではない。


 やはり僕みたいな獣人が人間と関わり合うなんて、間違っていたんだろうか。

 そんな事を後悔し始めていた時。


「娘よ。今の話は真かと訊いているんだ」


 王の厳格な声がラヴラの思考を吹き飛ばした。


「あ……う……」


 もはや彼女は怯えた子犬だ。

 やがて王は顔色ひとつ変えずに、質問を変えた。


「何故ドールトーン王子を突き飛ばしたのだ」


 隣で王子が、眉をひそめた。


「そ、それは……」


 ちらりと王子の顔を伺って、やがて重い口を開いた。


「彼が……リンゴーン、王女様を叩こうとしていたから……」


「なんだと」


 王はまた驚いた。

 隣で王子が面倒臭そうな顔を浮かべた。

 その際、唇の内で小さく舌打つのを獣人ラヴラの耳を聞き逃しはしなかった。


「しつけだよ。この神聖な王城に勝手に野良犬を対等な友人として連れてきたもんだからしつけただけだ。あいつも王族ならば、それなりの意識を持ってもらわねばと思ったんだ」


(そんなのっ)


 ラヴラは心の中で喚いた。

 リンゴーン王女は人の温もりに飢えていた。

 彼女の自由意志は尊重せず、縛られたまま生きていけと言っているようなものだ。

 そんなの、空っぽの心に王族という鎖に縛られた、生きた屍だ。

 王族に生まれただけで、人の心を無くせと言うのか。


 王は王子を鋭い目で睨んだ。


「だとしても身勝手な粛清は控えろ。それもよりにもよって大衆の前で兄弟喧嘩をするなどと、醜いにも程がある。……あまり私を失望させるなよ、お前が民からどのように言われているか、知っておろう」


 声を荒げはしないものの、核心をぐさりと突く言葉の数々が、ドールトーン王子の顔を曇らせた。


「して、そうだな。娘よ」


 呼びかける声に、ラヴラは顔を上げた。


「何にせよ、王族を侮辱した罪は重い。親の教育が足りなかったな」


 薄暗い瞳の奥から、殺意とはまた違う、処刑心のような光が見えた。


「この者を処刑せよ」


 心臓がドクリと波打った。


 処刑……? 処刑ってなんだ?

 いや、そうだ。殺すのだ、殺されるのだ。……殺される、僕が!?


 ラヴラの心中を冷たい渦がよどめいた。

 まるで理解し難い現実を受け止めきれずにいた。


 何故だ。間違った行動をしていたからか?

 それは……違うはずだ。


 ラヴラはおずおずと、なんとか絞り出すように言葉を吐いた。


「ぼ、僕が……えっと、無礼な事をしたのは分かってる。だけれど、それは……リンゴーン王女様を助けるためだった」


 言いたい事ならたくさんあったが、うまく言葉は出なかった。


「貴様が関わっていい問題ではなかった事だ。()れ《・》も王族なら、道理は分かっていたはずだ」


 王はラヴラを縛るように下知を出した。

 ラヴラの頭から言葉が失われた。

 とうとう、処刑が始まるのだ。


 ふと、脳裏についさっきの出来事が思い浮かんだ。

 僕が王子を跳ね飛ばした時、リンゴーン王女は自分の心配でも感謝でもなく、ただ僕の身を心配していた。

 こうなると分かっていたのだ。僕とそんなに変わらない歳で、そんな事が。


 ーー冷たい。

 今の目の前にいる者らに、人の情を感じなかった。


 そして、やがてラヴラは男達に縛られた。

 目の前で王子が刀を見せびらかす。


 手取りは驚く程に潤滑的だった。

 こんなにも王の独断で人の処刑を行える物なのか。もっと段取りを刻む物ではないのか。

 そんな疑問ばっかりがラヴラの胸中を支配した。


 ラヴラは何一つとして知らない田舎者だった。


 王子の眼光がこちらを向いた。


「……っ!」


 これから想像できる事態に、その無知な少女の顔が悲痛に歪んだ。





 その時だった。


 ドン! と、門が強引に開かれる音がこの部屋にはじけた。

 その音に、誰もがその方を向いた。


 向こうから差す逆光に、その者は包まれていた。


「ぁ……ああ」


 ふと、ラヴラの瞳から涙が溢れ出た。


 そこにいたのは、リリィだった。勇者パーティの一員、勇者リリィ。

 城の者にとっては、本来この場にはいないはずの人物だろう。

 何故なら、この者は失踪していたはずと、()()()以外の者はそう思っているのだから。


「なんと……」


 王が冷たい息と共に言った。

 王子は勇者の姿を見るや、睨みを効かせた。


「お前は確か……勇者パーティの一人、名無しの勇者だな? あの迷子になってたとか言う。やっと戻ってきたのかよ」


 相も変わらず王子は見下すような言い方でそう言った。


 勇者は無表情のまま、何を言うでもなく辺りを見渡した。

 そして、ラヴラに目をつけると、壁一枚隔てたような低い声でこう言った。


「……その小娘はなんだ」


 そう言いながら、でかい図体を揺らしながらこちらに歩いてくる勇者に、ラヴラは心中戸惑った。

 王子は礼儀もない勇者の発言に眉を潜めたが、やがてラヴラに指差した。


「ああ、これか? ちょうどいい、手伝え。こいつは王族に無礼を働いた咎人だ。お前の力なら、これにもっとも残酷な処罰を与えられる事も可能だろう」


 王族の言葉に返答しない勇者にムカッと来たが、どんどんと歩みを進めるその姿を肯定と見なしてニヤリと笑った。

 縛られたラヴラに、歪な笑みを見せる。


「よかったなあ。あいつを誰だか知っているか? 王国が誇る、勇者パーティの一員だ。その中でもあいつは最も冷酷で残酷な奴でな、自分の名前すら捨てた生まれつきの殺戮機械なのさ」


 楽しそうに、邪悪な笑みを浮かべながらうんちくを語る王子。


「楽しみだなあ、一体どんな目に合わされるかな? 獣のふりした耳をちぎられるか、小枝のような四肢を折られるか、もしかしたらその顔面がぐちゃぐちゃにされるかもなあ。俺を侮辱した罪、死んでも後悔させてやる」


 やがて、勇者は王子のそばに立った。

 王子はそれを見るや、大袈裟に両腕を広げて気分上々にこう言った。


「さあ、やれ! 俺が許可する、お前の新たな餌だ! 残虐に貪ってしまえ!」


「……」


 しかし、返ってくるのはただの無視だった。

 期待していた展開との相違に、王子の眉間が寄る。


「あれ、何をしている?」


 何時ものごとく読めない顔をして、勇者は黙ってこちらを見ていた。


 何故だ? こいつは獲物を見るや無惨に食い殺す怪物では無かったのか。

 そんな事を思っていると、勇者は一切の表情を感じさせない口振りに口を開いた。


「お前はふたつ間違えている」


 その掴み所のない空声に王子は、ぞくりと、背筋が凍る感覚がした。

 勇者は眉間に影を垂らして、野獣のような冷たい眼光はじっとこちらを睨んでいた。


「俺は趣味で人を惨たらしく殺す事などしない。そして、だ」


 がしりと、王子の胸ぐらを掴んだ。


「え」


 咄嗟の事に間抜けな声をあげる王子に、勇者は事実上の叛逆を布告する。


「こいつは俺の仲間だ」


 勇者は鉄のような拳を握りしめるや、王子の前に振り上げた。


「っ!?!?」

 

 罠にかかった獲物をほふるように、流星のような鉄拳は王子の顔面をえぐり飛ばした。

 鈍い殴打音が鳴り、王子は勢いよく吹っ飛んでいった。


「……やってくれおったな」


 やっと王が反応した。

 その瞳からは、怒りだとか悲しみだとかは無く、曇り空のような冷たい色を浮かべていた。


「まあ、なんだ。良い機会だし、これを機に勇者パーティという首輪を外させてもらおう」


 元勇者は淡々とそう告げた。

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