十三 災の前兆②
「王都に禍脈が……?」
センオウは眉を潜ませて、そう訊いた。
「ああ、それもこれは自然に漏れだした普遍的な禍脈の流れとは格が違う。工作的な……災害級の禍脈の流れだ」
「なんだって!?」
センオウは声を荒らげ驚いた。
いつもの禍脈の流れはちょっとした魔物を産み出したり、植物を枯らしたり、体調を悪くさせる程度の物だった。
しかし、災害級ともなれば格が違う。少なくとも、都市ひとつは危険に晒される。加えて何が起こるかも分かりづらい。嵐を呼ぶか、大地震が起きるか、強大な魔物を発生させるか……それとも。
……ふと、かつての思い出が。ドラゴン討伐の記憶が蘇った。
まだ俺達勇者パーティが新人の頃。兵団を連れてドラゴン討伐に向かった時の事である。
そこで俺達が出くわしたのは、一体や二体のドラゴンではない。空をも覆い尽くすドラゴンの群れであった。
あの状況では流石の俺でも、切り札を使わざるを得なかった。あれこそが災害級とも言えよう。
センオウはうつむき何かを考える仕草をして、静かに俺に向いた。
「しかし、そこまでの大規模な禍脈の流れなら……流石に誰かが気付くはずだ」
その全うな意見を俺は否定した。
「だから工作的なと言っただろう。この禍脈の流れは王都全体に必ず存在しているが、隠蔽されている。俺のような禍脈に慣れた者でなければ……いや、下手すれば俺ですら気づけなかっただろう。これほどまでに強大な禍脈の流れを発生させ隠し通せる等、巧妙な輩もいたものだ」
そう言葉を紡ぐと、センオウはますます苦い顔をした。
「そんな大規模な工作、誰にも知られずに仕掛けられる者がいるのか。……待てよ、嫌な推測が思い浮かんだぞ」
俺は少し愉快気な顔をしてこう言った。
「聞かせてくれ」
センオウは指を三つ立てる。
「三つ候補がある。まずひとつめは、仕掛けた者は正体不明の実力者だ。得体の知れない誰かが何かしらの目的の為に王都に禍脈を展開した。だがまあ、こんなのは机上の空論。思考放棄の論外だな」
要はそれを成し得る力を持つ謎の人物がやった。……あまりにも漠然としすぎているが、一種の選択肢としてはありだろう。
相手が魔王軍でもない自分達の知らない新たな刺客ならば、考えたって仕方がない。
「続いてふたつめ。エルフの輩だ。近頃エルフの国と一悶着あってな、もしかしたら恨まれているかもしれない。魔法に長けたエルフ一族が纏まれば、あるいは可能だろう」
「……しかし、それは考えにくいぞ。今戦争を起こすメリットなど無いし、仮にここまでの禍脈を操れる力があると知れれば他の国家から敵視されかねん。仮に戦争を起こすとして、奴らならやるならもっと違う方法を取るだろう」
センオウは俺の言葉をすんなりと受け入れた。
端から前者ふたつは候補としてあげるには証拠が薄かった。
わざと避けるようにしていた三つめがーー恐らく。
センオウは重い声を発した。
「そして三つめ。これはあまり想像したくない事だが……」
「魔王軍の仕業。それも四天王級の、だろう?」
台詞を先読みして言うと、センオウは少し驚き、すぐに暗い顔になった。
「……チッ。分かっていたなら最初から言え。ーーで、やはりそうなのか」
俺は頷いた。
「ああ。そこ可能性が高い。この禍脈の流れは……四天王と対峙したあの時を思い出す。一見穏やかで……それでいて内なる禍々しさが渦巻いている……なんとも不愉快なあれだ」
体験しているからこそ分かる。意識を澄ませば、流れ込んでくる邪悪。四天王がそこにいるだけで、漂う邪悪。
まったくこんなドス黒い禍脈、いつ頃から仕掛けたのか。少なくとも、パーティ追放後に訪れた時には、こんな気配など感じなかった。
(……いや。もしかしたら)
俺は心に濁りを感じて、眉根を歪ませた。
もしかしたら、魔王軍の連中がこそこそと事前に仕掛けていた物などではないのかもしれない。
ーー四天王がその場にいるだけで、辺りには強大な禍脈が発生する。もしや、敵はすぐそばまで……?
(……考えすぎか)
心の曇りは晴れないまま、俺はセンオウを見た。
「悪いがこれは俺の力でも、解決できそうにない。だが、なんにせよ対策は打っておいた方がいいだろう。都合上俺は手出しが出来ない故、センオウが代わりにやってくれ。その詳細を話し合いに、あんたに会いに来たのが今日の本懐だ」
ーーそうして、しばしの話し声がこの部屋に響いた。




