十二 冷酷勇者と獄鬼の目④
「……で、そのリンゴーンさまはまだ帰らないのか」
俺がそう言うと、王女は眉を八の字にさせた。
「ここにいてはだめですか?」
「ああ」
即答する俺に、王女は「う」と声を漏らした。
当然だ。こんな城の辺境にそもそも王族が一人でいるのがおかしいのだから。
それに、これからセンオウとの話は、この無垢な少女には聞かせられまい。
そう思っていると、王女はもじもじとしながらこう言った。
「折角新しいお友達が出来たんですもの。せめてラヴラさんと一緒にいる事は許してくれませんか?」
「え」
今度はラヴラが声を漏らした。
「ラヴラと?」
突拍子もない事を言い出したものだと思った。
……しかし丁度いい。
ラヴラにもあまり聞かれたくない話だった。何せ、これから話すのは俺の仲間殺しの件に追放の件……何かと暗い話が多い。俺を悪くない人と信じるラヴラにとっても都合がいい。
「……そうだな。王女様のお墨付きならいいだろう。今から俺とセンオウは話をするから、適当に遊んでいるといい」
しかし、ラヴラは慌てながら待てをいれた。
「ちょっ、ちょっと待って! そんな王女様と一緒になんて、なれないよ! 僕弱いし、頭も悪いから、いざという時に守る事も出来ないし!」
「そんな心配せずともいいのですよ。勇者様みたいに、命懸けの冒険をしようって訳でもないのですし」
「そ、そうでなくてもさ! なんていうか……身分の差……ってものが……」
徐々にラヴラの声は小さくなっていった。
まあ、流石にそこは気にする所か。庶民から見て王族と言うのは、言わば銃をぶら下げた権力者に近い。少し気を触れさせただけで、何をされるか分かったものじゃないだろう。出来れば関わりたくないのが、一般人だ。
……しかし、なんとも自分勝手な。リンゴーン王女はそういうのが気にくわなかったらしい。
「身分の差……ていうのは?」
そう問うと、ラヴラは少し言葉を詰まらせながら。
「その、僕……獣人だから」
と言った。
それを聞いた王女の目に……少し怒りが宿った。
「身分の差を気にするのはまだ分かります。私はそういう王族だからと特別扱いなどは好みませんが、そういう訳にはいかないのが事実ですし。……しかし、獣人だから何だと言うのですか」
「えっと……。だって、人間達って、僕達の事を良く思っていないんでしょ? そんな僕が一緒に歩いたら、王女様に迷惑がかかるよ」
面倒な問題だ。種族の違いによる問題というのは。
いっそ知的生物が一種だけなら、差別や争いなどは生まれないのだろうか。
「いいんです! 私がいいと言っているから、いいんです。どうか、自分に誇りを持って」
……ラヴラからすれば、リンゴーン王女は意外な人物なのかもしれない。
恐らくラヴラは、今まで虐げられながら生きてきたのだろう。そのせいで、ラヴラの心は必要以上に卑屈に染まってしまった。
その心を真っ向から否定してくれるリンゴーンが、ましてや王族である彼女が。ラヴラにとってはどう瞳に映るのか。
「僕……頭悪いから、あまり敬語とか喋れないよ?」
「構いません」
「後から無礼だ! ……だなんて言って、ひどい事したりしない?」
「私がそんな事する人に見えるのですか? だとしたら、私悲しいです。……それとも、私と一緒に遊ぶのは嫌ですか?」
「そうじゃないよ! えーっと。それじゃあ……よろしくね、リンゴーン王女様」
「はい。改めて、よろしくお願いします」
そう言って、王女はまた深々と頭を下げた。
ラヴラも同じように礼をすると、にへらと笑った。
「えへへ。同い年の友達なんて、初めてだよ」
そう言いながら、ラヴラは尻尾を振った。
前々から思っていたが……なんというか、チョロい奴だ。
人見知りの癖に、心を許した相手には胸元に容赦なく飛び込める。それが、ラヴラの魅力なのだろうが。
何はともあれ、丸く収まったようだ。
予想だにしていなかった展開だが、まあめでたい事なのだろう。
リンゴーンの存在が、俺では成し得ない成長をラヴラにもたらしてくれるかもしれない。
そんな事を思いながら、俺は初々しい二人を見ていた。




