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冷酷勇者と獣人少女。  作者: いぬはしり
二章 王都奪還
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九 勇者ラヴラ②

 ラヴラは主催者に金を払い、剣の前に立った。その様子を俺は人混みの中から見る。

 よくもまあ、こんなくだらない事に金を使えるもんだと感心するが、ラヴラにとっては真新しい体験なのだろう。


 ラヴラはちらっと俺を見て、ひとつ深呼吸をした。

 あんな大男が抜けなかったんだから、どうせ何かしらのタネがあるに決まっているのに、やけに自信満々だ。


 単純な力勝負じゃああれは抜けないだろう。


 そしてとうとうラヴラは剣に手をかけ、引っ張り始めた。

 その様子を主催者の男は微笑みを浮かべて見る。


 ……やはり剣はびくともしない。よっぽど頑丈に作られているらしい。


(いや……)


 何かがおかしい。

 あの剣にかかる力の向きが台座に分散されているように感じる。


 これはもしや、と思った。


(……《空間把握》)


 そしてあの剣の構造を覗き見てやろうと、静かに魔法を使う。

 辺り一面の情報が頭の中に流れ込んでくる。


(やはりか)


 あの剣と台座は一体化している。剣と台座が別々に別れているわけじゃない。

 なるほど、そりゃそうだ。刺さっていないんじゃ抜けるはずがない。どんな怪力男が来ても、せいぜい台座ごと持ち上げるのが関の山だ。それでは剣ではなくまるでハンマーだけれども。


(中々に面白い事を考えやがったな)


 ラヴラの横で笑みを浮かべる詐欺師に目を向ける。


 ラヴラはまるでこれを勇者の選抜みたいだと言っていた。

 ならば、俺がラヴラを勇者にしてやろう。

 未だに剣を抜こうと必死なラヴラをちらりと見て。


 ーー《錬金》。


 心の中でそう呟き、あの剣に目を向ける。

 意識を凝らす。頭の中で形を作る。正確に、鮮明に、手に取れるくらいに。

 その意識を、霊脈の糸を通し、剣に送り込む。


 そしてーー形は作られた。


 ……ふぅ、と声に出さずに溜め息を吐く。

 《錬金》、ある物質を別の物質に作り替える力。

 原理的に言えば、空間術の範疇にある。


 いつ使うんだと思いながら覚えた技だが、まあ、覚えておいて損は無かったか。


 と、その時、ラヴラは目を丸くさせた。

 引っ張る剣に手応えがある。かなり重いが、これはもしかしたら、頑張れば!


 そう思い、勢いよく剣を引っ張った。


 ギギ……ときしめき、徐々に、その姿があらわになる。


「は?」


 横の主催者が、まるで想定外とでも言いたげな声を漏らす。

 そして、ついに。


 スポッと、その剣は、丸裸にその刀身をさらけ出した。



 自分が成し遂げた事なのに剣を見て呆然とするラヴラに、同じく目を丸くして言葉を喋れないでいる主催者。

 対して観客は称賛の声や拍手をラヴラに絶え間なく贈った。


「すげぇ! どうやったんだ!」


「あんな少女が、まさか! 何者なんだ!」


「さすが獣人、力持ちだな」


 その称賛に、思わずラヴラは顔を赤らめうつむいた。


 この様子は……何故だか懐かしい。


(……そうだ)


 勇者パーティを結成した日の、人々の称賛を思い出した。

 魔王を打ち倒すと宣言し、人々の一方的な希望を背負った、あの日の事を。

 何故今その記憶を思い出すのか。それは分からなかった。


 主催者達は戸惑ったように話し合いをする。

 その話し合いはしばらく続き、やがてその中の一人の男が、観客にも聞こえるような声でラヴラに話しかけた。


「彼女こそがこの剣に選ばれし真の勇者! 今一度、彼女に拍手と喝采を!」


 男の声に観客はよりいっそう騒ぎ立てる。

 こんな物で勇者になれるものか、と内心思った。

 ラヴラはこんな喝采を受けるのは初めてなのか、すっかりうつむいたままだ。


「そして彼女に、約束通り、賞金を授けよう!!」


 その男の声は、この広場全体に響いて消えなかった。



 やがて先程の騒ぎが嘘のように、その場には後片付けをする主催者だけが残っていた。

 一人の男が、引き抜かれた剣を手に持ち、確認するように見回して舌をうつ。


「どういう事だ、あれは抜けねーはずだろ」


 カンカンと地面に剣を叩きつけた。


「何を仕組みやがったんだ、あのガキ。くそ、せっかく小遣い稼ぎの為に馬鹿共から金を巻き上げていたのによ。これじゃ水の泡だ」


 また一人の男が、硬貨袋の中身を数えながら愚痴を言う。

 参加料として集めた銅貨の数々。これら全てがちっぽけに見えるくらいの賞金を持っていかれてしまった。

 絶対に抜けないと分かっていたから大金を賭けたのに、これでは大赤字だ。


 せっかく勇者凱旋祭が開かれると聞き付け、それに応じてバカ共が集まりやすそうな催し物を作ってきたと言うのに。


 男達の鬱憤ははち切れんばかりに昂っていた。

 そんな中、ある男が声を発した。


「構いやしねぇ。取られたんなら取り返せばいいだけの事」


 男達はみなその者に向いた。


「兄貴」


 その兄貴と呼ばれる大男は、この詐欺の主犯者だ。名は、グレインと言った。

 スラム育ちのそのグレインは、裏の世界じゃそれなりに名の通った悪名高いチンピラだった。


「どうせ相手は小娘一匹。おまけに獣人だ。殺したって、おとがめはねぇ」


 その言葉に、男達は下衆な笑みを浮かべた。

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