二 酒場にて
空は曇り、早朝。場所は城下町の酒場。
俺は出来る限りフードで顔を隠しながら、酒を飲んでいた。
本来であれば、俺を勇者に選んでくれたあの王に、ボクが勇者パーティから外されました~、とでも報告に行くべきなんだろうが、どうにも気が乗らない。
行ったところで、何になる。
何の成果なしに帰ったって、これでは王の面子に泥を塗るだけだ。
見せしめに殺されるか、また再び魔王討伐に向かわされるだけだ。いずれにせよ、恥になる。
俺は安酒を口に含め、これからどうするか、考えていた。
いや、どうするかなんてすでに決まっていた。
(再び、魔王討伐に向かう)
俺の仕事は魔王を殺す事。
仲間の一人や二人いなくなろうが、まあ構いやしない。
いた方がいいのは確かだが、それは後に考えるとしよう。
再びパーティを作るとしても、俺の顔は有名すぎるし、何より王が許してはくれないだろう。
今はまだ、その時じゃない。
今は陰ながら活動しなきゃいけない時だ。
(さて、どこに向かうか)
元いたパーティでは基本的な指揮は俺が取っていた。
故に、次に向かう場所も既に決まっていたのだが。
このまま計画通りに行けば、恐らくあいつらと鉢合わせになるだろう。
故に、少しばかり計画を練り直さなければいけない。
俺は机に古びた地図を広げた。
(この世界は、なんとも小さい)
俺は地図を見る度に思う。
こんな紙一枚に乗っけられるほど、世界は矮小な物でしかない。
その癖に、いざ自分の足で歩き回るとなれば、一生をかけても無理なんだから、おかしな話だ。
俺は目を閉じ、地図に手をかざし、息を止める。
神経を尖らせ、呼吸ひとつにも気を使う。
あちらこちらに手を配らせ、やがてひとつのポイントで手が熱くなった。
俺は目を開けた。
(ここか……)
手が指していたのは、獣人が住む森。名は、モフィラ。
ここの禍脈の力が強くなっている。
(ここに、魔界のありかがあればいいが)
そう思い、俺は地図をしまい身を整えた。
残った酒を飲み干して、俺は酒場を後にしようとした。
と、その時。
「帰れ! 冷やかしが!」
店主が何やら子供ともめている。
俺は椅子に座ったまま、それを見る。
「お願いします! もう三日も何も食べてないんです!」
「ふざけんな、金を払わずに飯を食らおうなんて図々しいにも程があるぞ!」
ただの物乞いか。
「ただで食わしてやる飯はねえ。ただでさえ勇者様とやらが頑張ってくれねえから最近景気がわりぃんだ」
……なるほど、俺達のせいか。
表では勇者を賛美していても、裏ではこれか。
いまさら悲観することもないが。
いずれにせよ、見ていていい気はしない。
すっと、椅子から立ち上がる。
すたすたと店主の元に歩みより、じろりとフードの影から視線を伸ばす。
「分かったらとっと帰り……!?」
俺は店主の前に金貨の山を置いた。
店主は驚いたようにそれを見る。
……。
「ごちそうさん。これで酒代と、ついでにこのガキの飯代。足りるか」
子供は目を丸くして俺を見た。
情に流された訳でもないが、気紛れだ。
俺は店主をじろりと睨むと、店主はこくこくと頷いた。
「そうか」
俺は踵を返し、玄関に向かった。
とりあえずの目的はできた。獣人の住む森モフィラに向かおう。