表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷酷勇者と獣人少女。  作者: いぬはしり
二章 王都奪還
18/67

二 リリィとラヴラ

 辺りはモフィラと呼ばれる森の中。

 さんさんと木漏れ日が大地に降り注ぎ、辺りには優しい光を浮かべる光の塊(精霊)が宙に浮かんでは消えていく。


 木々が開けたある場所に、ひとつテントが立っていた。

 そこがかつて勇者パーティに所属していた俺の現拠点だ。


「ほら、行ってこい」


 そう言って、俺は足に手紙を縛り付けた鳥を羽ばたかせた。

 近い内に王都に行くかもしれない。これはとある知人に向けた手紙だ。


 フードを深く被り、俺は再び朝の運動に剣を振る。

 いたはずのパーティ(仲間)はもういない。勇者パーティから追放を喰らったからだ。


 勇者パーティから追放されたとはいえ、俺の目的に変わりはない。

 俺の目的は魔王討伐。その為に、まずはモフィラに存在する禍脈を探さねばならない。


 禍脈とは魔王の拠点がある『魔界』のあるべき流れを言う。それがこの俺達の世界に漏れ出てしまった物だから、この世界は拒絶反応を起こし、結果魔物が生まれたりと破滅を呼び起こした。

 逆に言えば、禍脈の発生源を探し当てる事が出来れば、もしかしたら魔界のありかを特定する事ができるかもしれない。


 そういう訳で、俺は手始めにこの森にある禍脈を探し続けていた。

 それだけが俺のやるべき事だったんだが……。


「リリィ! 来たよー!」


 遠くから女の子の声が聞こえ、俺は剣を止めた。

 てくてくと健気に駆け寄ってくるのは、獣人の少女ラヴラ。

 犬のような耳と尻尾を風に揺らしながら、俺の前にやって来た。


 どういう訳か、俺はこいつに好かれてしまったらしい。

 そのまま成り行きで朝限定でこいつに修行をつける事になったのだ。


「まさか本当に来るとはな。まったく酔狂な奴だ」


「うぅ……ごめん」


 別に怒っているわけでもないが、俺に対する怯えが抜けきってはいないのか、それとも彼女の性格故か。彼女はそう言うと、へなりと耳をしならせた。


 強くなりたいと申し出られた物の、さてこの気弱な少女にはどうような力がお似合いか。


「……まあいい。力を授ける前に、ひとつ言っておかねばならない」


 俺はそう言うと、彼女は眉を八の字にさせたまま、聞き耳をピンと立てた。


「力と言うのは常に責任と畏怖が伴う。あまり調子に乗り馬鹿みたいに力を披露すれば、当然周りの人間からは悪として見られるだろう」


 彼女の無力な体を見渡す。

 細い足に細い腕、汚れを知らぬ大きな瞳。どこをどう取っても平凡なただ一人の少女だ。


「そして、お前は俺が育てるんだ。力を授ける俺にも責任が生まれる」


 ラヴラはただ黙って聞いている。

 まあ、この少女にそんな道を歩む度胸なんて無いだろうけどーー。


「何が言いたいかって言うと、もしお前がその力を悪しき事に使えばその時は俺が殺しに行くから覚悟するように」


 彼女の瞳に怯えの色が浮かび上がった。

 俺の言った事が冗談ではないと、昨日の経験から分かったのだろう。


 そもそも彼女は恐らく自分の戦い方さえ分かっていない筈。

 そして、俺と彼女は正反対の気質を持っている。さて、いつまで俺のやり方に付いてこられるか。


「力を得る権利ってのはなすべき目的がある事だ。力ってのはあればある程いいもんでもなくてな、目的に必要な力を追い越した力などとても人の身には操れまい。力に飲まれず、力を使いこなすんだ」


 そう言いながら、俺はそこら辺の木に近づいた。

 葉も枝分かれも少ない手頃な枝を見つけ、パキッと折る。


「お前の目的は自分なりの勇者になる事。大変だぞ」


 言いつつ、俺はそれをラヴラに渡した。

 彼女はそれを訳も分からずに見回し、匂いを嗅ぐ。その後に、俺に疑問の顔を向けた。


「これは……?」


「見てなかったのか? そこら辺の枝だ」


「えぇ……と。そうじゃなくて」


「冗談だ。これを使って今からお前に霊脈の流れの乗り方を教える」


 その言葉にラヴラは首をかしげた。


「霊脈ってのはこの世界のあるべき姿。平たく言えば、世界中に流れるエネルギーみたいな物だ。意識してないだけで、この世の生命体は、つまりお前もこの霊脈の元に生かされているんだ。そして、俺らは霊脈を利用して魔法やらを使っている」


「よくわかんないけど……これで何をするの?」


 ラヴラはそう言って枝を向けた。

 彼女の無知の頭に収まりきるかは分からないが。


「言わばそれは魔法を使う為の杖だな。この森ってのはな、霊脈が豊富でな、そんな所で育った木の枝だから魔道具としては申し分ないだろう」


「つまり今から魔法を教えてくれるの?」


「そうではない。あくまでそれは霊脈を理解するための補助器だ。霊脈を理解し、最大限に活用できれば、様々な能力が一段階上がるからな」


 彼女は俺が何を言っているかあまり理解できずにいるようだった。


「分からないか。まあ、最初はそんな物だ。感覚で分かっていけばそれでいい」


 俺はそう言うと、彼女の耳はぴこんと動いた。

 そして、俺はこれからやる事を言う。


「まず最初の課題は、この枝を光らせる事だ」


「枝を光らせる……?」


 彼女はオウム返しをする。

 そんな事魔法の類いではないかと混乱しているようだ。


 俺は彼女から枝を取る。

 それを上にかざして淡々と説明する。


「霊脈の力を体に通して自分の力へと変換し、その枝にありったけのその力を込めるんだ。ただ馬鹿みたいに力をぶつけるだけだから複雑な知識を必要としない。これが出来れば、ある程度は霊脈を操れる様になったと言っても過言ではないだろう」


 その最中、俺は「光れ」とも思わずに、ただ単純に霊脈の流れをそのまんま枝に流し込む。

 すると、この光放つ精霊湧き立つ朝の森の中ですら霞むほどの、強大な光が枝の先から放たれる。


 その光は彼女の大きな瞳をきらきらと輝かせる。


 やがて光を止め、俺は彼女に枝を返すと、眉を下げてしんみりとした表情を浮かべる。


「本当に出来るかな……? だって、いくら知識を必要としないでも、やっぱりそれって魔法だよね。僕には難しそう」


 視線を落とし、自信なさげにラヴラは言った。

 ……さて、どこから説明したらいいのか。


「霊脈を通じた魔法ってのは、どんな効果だろうと基本光を放つんだ。そこから色々と変換させて、やっとで魔法を発動させる。それに比べて、今からやるのはその変換をまるごと無視して、単純にこの森の霊脈エネルギーをそのまんま枝にぶつけるだけだから、そこまで考え込む必要はない」


 本当にそれだけなのだ。

 既に理解している俺から簡単だと言われても信用できないだろうが、こんなのまだ初歩中の初歩。これでつまずくのならそこまでだ。


 本当は俺のうんちく癖がもっと詳しく語りたいのだが、それを言った所で彼女が理解できるはずもない。


 そんなラヴラは頭にはてなを浮かべる。

 獣人ってのはこう、頭の出来がおざなりなのか。


「ま、習うより慣れろ、だ。要はこれを光らせればいいんだ。それで霊脈の流れの乗り方を感覚で掴めば、これからは無意識に霊脈を操れるようになるからな」



 そうしてやり方を雑に教えた後、用意した椅子の上に彼女は座り、しばらく枝とにらめっこを繰り返していた。

 「うぅ~」と呻きながら、枝をぷるぷると震わせる。

 しかし、枝は少しも光る事はなかった。


 俺は近くの岩に座って、じっと彼女を見る。

 時間が経つにつれて、段々と暗くなっていく彼女の顔を見て、俺は声をかけた。


「ま、簡単だと言っても一日二日で出来るような芸当でもない。あまり落ち込むなよ」


 そう言って、俺はすっと立ち上がった。

 ラヴラは小難しく絡まったような顔を緩めると、俺の方を見た。


「……もう行くの?」


 そう言うと、彼女は耳をしゅんと垂れさせた。


「ああ、この練習法なら俺がいない間にも出来るだろう」


 俺はそんな事を言いつつ、少し身支度を整えた。

 それをラヴラは黙って見つめていた。その視線が気になって、俺は目を合わせる。


「ほら、時間だ、帰れ。言っておくがテントを貸すつもりはないぞ」


 そんなラヴラは、椅子の上で器用に体育座りをすると、俺をじっと見た。


「大変なんだね、リリィも」


 何を思ってか、ラヴラは優しく静かにそう言った。

 それを聞いて、俺は一息置いてこう答えた。


「ああ、大変だな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ